2 即興演奏会とともだちの歌
帰って来たアキドレア辺境伯の隣には僕と同い年くらいの子が引っ付いていた。
「やあ、待たせてすまない!紹介するよ、うちの娘の……」
と、アキドレア辺境伯の陰から女の子がそっと顔を覗かせた。しかしすぐにまたサッと陰に隠れてしまう。
「ほら、クラリス。挨拶しなさい」
「うぅ……は、はい……」
恐る恐る、といった様子で出て来たのは顎の先で切り揃えられた、襟足が短めの燃えるような赤い髪をした女の子だった。
自己紹介される前に名前が分かってしまった。クラリスさんというらしい。
アキドレア辺境伯に似て少しつり目がちのゴールドの瞳は、初対面で緊張しているのか不安げに揺れている。
他の令嬢と違ってドレスではなく紺のスーツスタイルだが、袖から覗く細い手首が可憐だ。
「私の娘だ。我が家の風習によりあまり令嬢らしい格好はしていないが中々可愛いだろう。仲良くしてやって欲しい」
「お、お母さん……!」
「ははは。恥ずかしかったか。ごめんごめん」
羞恥に顔を真っ赤にして涙目で抗議するその表情は乙女そのもの。
父さんがコソコソと耳打ちしてくる。
「可愛い子だね。男装してるのが勿体ないくらい」
「たしかに……」
いずれ国内最大の騎士団の総司令官になる子だ。普段から鍛錬を積んでいるのだろう、少し焼けた肌がとても健康的に見える。
他の令嬢他の令嬢は大なり小なりメイクを施しているが彼女は何もしていない。しかし何も隠す必要が無いほど肌が綺麗だ。髪を伸ばしてドレスを着ても確実に似合うだろう。
「今まで僕の周りに居なかったタイプの子だ。可愛い」
「ルート女運悪いもんなぁ……。父さんが良かれと思って連れて来た取り引き先の令嬢がストーカー化したこと3回、婚約を条件に脅迫されたこと2回、その他諸々4回……」
「僕悪くなかったよね?」
「お前が悪いこともあった」
「そうかなぁ」
父さんから視線を戻すとバチッと目が合った。ヒャッと小さな悲鳴を上げて隠れられる。僕を見るやいなや一直線な子にしか会ったことがなかったのでこの反応は新鮮だ。
しかし自己紹介をしない事には何も始まらない。
「あの、初めまして。ルート・ローゼブルと申します」
「……!」
「……一応音楽家やってます……」
出て来ない。参った。
アキドレア辺境伯様も困った様子で苦笑いしている。
と、僕はアキドレア辺境伯様の服を握る小さな手が震えているのに気付いた。
「クラリス、ほら自己紹介しないと。……大丈夫、彼はクラリスを虐めたりなんかしないよ」
「でも、でも……!」
もしや僕は、怯えられているのかと考え。
「おりゃ」
僕はおもむろに傍に生えていた植木の葉っぱをむしった。
「ルート?何を……」
葉っぱに唇を押し当て、ぷぃーっと音を鳴らす。草笛である。
音階が出ることを確かめ、僕は演奏した。
アキドレア辺境伯様が言っていた、彼女が好きだという『花売り娘』を。
「おお」
「これは凄い」
「……!」
いつの間にか人が集まって来る。横でチャカチャカとリズムを取る音が聞こえて振り向くと父さんが石と石を擦り合わせて拍子を取っていた。にこにこで。
そうしていると、お茶会で音楽を演奏していた音楽団が一緒になって演奏し始めた。観客は大盛り上がりだ。
『出て来てくれるかな。楽しいって、怖くなさそうって思って貰えたら』
震えているあの手を、怖くないよと握ってあげられたら。
演奏が終わり、目を開くといつの間にか日が傾いていた。お茶会もそろそろお開きである。
「ちょっと演奏しすぎたな」
調子に乗って3曲も演奏してしまった。即興で合わせて演奏してくれた音楽団の皆さんに感謝である。
と、見るとアキドレア辺境伯様の隣に少女が立っていた。
もう隠れる必要は無いみたいだ。彼女のキラキラした瞳が僕を映す。
「……す、凄かった……!実はぼく、君の曲大好きで……」
一歩踏み出した彼女は恥じらうように俯いた。先程の自分の態度を思い出したのだろう。
「さっきは怖がったりしてごめんなさい。その、ぼくは……」
「あ」
雲の切れ間から赤い太陽が覗く。
夕日に照らされた彼女の瞳を見て、気付いた。
暖かな緋色の髪。溶けてしまいそうな、甘い蜂蜜色の瞳。
僕は思わず手を伸ばし、細い手首を掴んだ。
「ひっ」
「見つけた。やっと見つけた!」
「……えっ、何を……」
「ねえ、覚えてる?ともだちの歌」
「……もしかして」
蜂蜜色の瞳が揺れて、潤んだ。僕は笑って、頷く。
「クリスくん。ずっと君を探してたんだ」
「会いたかった」と手を握り直す。
その手はもう震えてはいなかった。
「ルーちゃん……ルーちゃんなの?」
「そうですふわふわドレスに巻き髪お姫様のルーちゃんです。ほらあの時の僕の方がずっと変な格好してたでしょう」
「ふ、ふふふ……。男の格好したぼくと女の子の格好したルーちゃん。ぼく達あべこべだったんだね。ぼくもずっと、きみに会いたかった」
ふわりとシャボンの爽やかな香りが僕を包んだ。僕もぎゅっと抱き締め返す。温かくて柔らかかった。女の子だった。
感動の友との再会に歓声が上がる。僕は心が舞い上がるような心地だった。
「クリスくん、じゃなくてえーと……」
「うーん、クリスっていうのはうちの伝統で……ちっちゃい時にだけ男の子の名前で呼ばれるんだ。今はもうクラリスで良いよ」
「なるほど。じゃあクラリス……さん?」
「ふふふ、なぁに。ルーちゃん」
「僕はそのままかぁ。あはは」
少しハスキーで柔らかな声が心地良い。静かに、ころころと笑う表情はたしかに昔一緒に遊んだあの頃の少年の顔と一致した。
別れを惜しみながら、また会おうと誓う。
そして僕は帰宅し……勢い良く頭を抱えた。
「可愛かったよ!好きになっちゃったよ!!!」
「おおお怒涛の告白」
「あっちにはほんとにただの友達だと思われてるよどうしよう父さん!?帰り際もぎゅってされたよ!?僕動揺しすぎて溶けたし!ねえどうしよう!?可愛い過ぎて心臓止まるかと思った!」
「どうしようっつったって、ええ!?そんなの、そんなのなぁ!今後も永続的に優先的にお取引をするためとか適当に理由でっち上げて婚約届送り付ければいいんだよ今すぐ手紙書いてやるから大人しく待ってな」
「さすが父さん!14年間生きてきて今が一番父さんのこと好きだよ!」
「はっはっは任せろ父さん本気出すから……ってちょっと待って14年で今?ねえちょっと」
僕は侯爵家の次男で兄さんが跡を継ぐので婿入りしてもなんら問題はない。家格も釣り合うしノープロブレム。
と思い掛けてはたと気付く。
「あれ、そういえばアキドレア辺境伯家の女は総司令官として戦場を後ろの方から見て指示するけど、男は……?」
騎士団と名が付くのだから婿入りした男も騎士になるのだろう。となると、僕は……
「うん、その先の事はあんまり考えないようにしよっと」
ひょろひょろともやしのような腕を後ろで組み、僕はにっこり笑った。
僕の小夜曲はまだ始まったばかりだ。




