14 不穏な噂と兄の手紙
「気持ち悪い」
早朝のグレンさんは目付きが悪い。日中起きてる時も悪いが普段の5倍は目付きが悪い。そんなグレンさんに気持ち悪いと言い放たれ、僕は。
「清々しい朝で気持ち良いですねグレンさん!」
キラッキラの笑顔で返した。もうキラッキラだ。音が出るんじゃないかというくらいキラッキラの輝きに満ちた笑顔をグレンさんに向けると、グレンさんは苦虫を噛み潰したような顔でカロリーバーを齧った。
「その顔が気持ち悪いって言ってるんだ……」
「だって昨日、クラリスさんに就業時間が終わったら一緒に自主練しようって誘われたんですよ!」
「それもう昨日オマエが帰って来てから30回は聞いたぞ……」
「30回から先は数えてないね」
「これはもうデート……いや、逢い引きと言っても過言ではない!」
「過言だろ……」
「過言だねぇ」
どうしてこの2人は僕が熱くなればなるほど反比例式に冷めていくのだろうか。もしかしたらそのうち冷え過ぎて氷漬けになるんじゃないだろうか。頭から熱湯を掛ければ一緒に熱くなってくれるかもしれない。
「ふふふ、クラリスさんとデート……はっ!髪がボサボサだと不潔だと思われるかも……!せめて髪くらいは梳かして行かなきゃ」
「なんか女の子みたいなこと言い出した〜」
「多分オマエが期待してるような展開にはならないと思うぞ……。アイツとマンツーマンで特訓とか、俺だったら絶対にごめんだけどな……」
何か含みのある言い方をするグレンさんに首を傾げつつ、僕はごくりと水を飲んだ。
「グレンさんはクラリスさんと同じ二番隊所属ですよね。訓練中のクラリスさんってどんな感じなんですか?」
「あぁ?……少なくともオマエが前言ってた『ちょこまかと動き回る可愛いクラリスさん』なんてもんは存在しない。……あれは残像だ」
「はい?残像……ですか?」
「動きが速すぎて見えねぇんだよ……。攻撃が見えないから守りに入るしかない。あっという間にフルボッコだ。それに相手をボコしてる時の表情も……オレはあんな恐ろしい奴を好きになるオマエの気がしれない……」
こんなによく喋るグレンさんも珍しいが、彼の言った光景が全く想像出来ない。クラリスさんの動きが速すぎて見えない?恐ろしい表情でボコボコにしてくる?
「それって本当にクラリスさんなんですか?誰か別の人の話では……」
「まあ信じるか信じないかはオマエ次第だ……。せいぜい生きて部屋に帰って来るんだな……」
グレンさんはクククッと不気味に笑うと僕の皿から情報料とでも言わんばかりにバターをひょいと奪っていった。僕は何も付いていないパンをモサモサと口に入れる。水が欲しい。
『戦ってる時のクラリスさんってどんな感じなんだろう』
グレンさんは恐ろしいと言っていたけれど、僕のまだ見た事のない表情のクラリスさんが見られるなんて楽しみでしかない。
パンってこんなに美味しかったっけ。水ってこんなに冷たくて身体に染み渡るものだったっけ。
「あーご飯が美味しい!幸せ!生きてて良かった!!!」
「コイツ人生楽しそうでいいな」
「ほんとにね〜……なんか羨ましいよ、恋ひとつで世界が輝いて見えるなんて」
ノアさんがちらりとグレンさんの方を見た。グレンさんはスプーンも使わずにスープを直飲みし、ごくごくと喉を鳴らしている。
「……グレンくんには恋はまだ早そうだね」
「逢い引きより合い挽き肉の方が好きですもんね」
「色気より食い気〜」
グレンさんはごくんと喉を鳴らすと「食った」と言って席を立った。
「オレは飯が食えればそれでいい……。行くぞ。食った分は働くからな」
「あっ!待ってよグレンくん〜」
「しまった!クラリスさんについて語り過ぎて全然ご飯食べれてなかった!置いてかないで下さ〜い!」
今日も朝から慌ただしい。僕はご飯を口に詰め込むとガタガタと椅子を鳴らして立ち上がった。
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午前、午後の訓練はつつがなく終わった。途中昼休憩でシーナさんとすれ違った時にギロリと睨まれて「首と背中」と言われた時は肝が冷えたが、「はいっ!すみません!」と姿勢を正すと頭を軽く撫でて行ってくれた。今日もシーナさんはいい人だった。「喧しい」とは言われたが。
「デートデート!クラリスさんとデート!」
僕は光の速さで宿舎に戻って得意の水魔法で身体をぴっかぴかに磨いてから髪を整えた。今の僕は恐らくめちゃくちゃ清らかな存在になっている。
「念の為ミントの葉も噛みまくって飲み込んだし……どこも変なとこないよね……?」
まじまじと鏡と睨めっこして勝った。完璧だ。
「よーし……いざ!」
「ルート様」
「ひぇっ!?」
勢いつけて振り向いた先にマイロさんが立っていた。デジャヴだ。なんか昨日もこんな事あった気がする。僕はバクバクと鳴る鼓動をひーふー言いながら落ち着かせた。
「マイロさん……!どうしたんですか急に。僕ちょっとこれからクラリスさんと用事が……」
「セシル様からお手紙が届きました」
「えっ、兄さんから?」
マイロさんに手渡されたのはなるほどたしかに兄の字が書かれた封筒だった。相変わらず無駄に品の良い封筒に無駄に綺麗な字だ。とことん無駄でしかない。
「なんだろ……デキ婚しましたとかだったらやだな……兄さんコレットさんのこと丸呑みしそうなくらい好きだから……」
そんな事を言いながらべりっと封蝋を剥がして便箋を取り出すと。
『ルートへ
コレットが妊娠した!こっちは今お祭り状態で三日三晩担ぎ上げられてへとへとだよ。
そんでアンタは忘れてるかもしれないけど、3ヶ月後にボクとコレットの結婚式があるから面倒臭がらずに必ず出席すること。すっぽかしたりしたら承知しないからね!!!
あと、身体には気を付けなよ。
兄より』
「うわー!!?ほんとにやりやがった!!!」
デキ婚だった。薄々やりそうだなとは思っていたけどまさか本当にやるとは。
「ルート様、元々お2人は結婚のご予定がありましたのでデキ婚というわけでは……」
「え、でも婚前交渉……」
「……耐え切れなかったのでしょうねぇ」
ていうか兄さんの結婚式のことすっかり忘れてた。手紙送ってくれなかったら本当にすっぽかしてたかもしれない。
マイロさんはそんな僕の心を読んだらしく、「長期休暇と別に特別休暇の申請をしなければいけませんね」と手帳を取り出した。
「にしても、兄さんが結婚かー……」
侯爵家の跡取り息子として恥ずかしくないようにと毎日鼻血を出す程勉強して、気付いたら卒業時点で学園で出来た友達が外国から留学してきた双子の兄妹だけ、花の学園生活で友達100人どころか彼女1人すら出来なかったというあの超が付くほど間抜けでポンコツでそそっかしくて面倒臭い兄さんが結婚。
「コレットさんと出会ってなかったらあの人どうなってたんだろ……」
「私には想像出来かねます」
「僕も想像出来ない……。人生って分かんないもんですね、運命ってやっぱりあるんだろうなぁ」
兄さんはうちの領地で週末に開催しているマルシェへ焼き菓子のお店を出しに来たコレットさんと運命的な出会いをしたらしい。そして兄さんからの猛アタックの末婚約。その後すったもんだありつつも結婚まで漕ぎ着けたわけだから、やっぱり結ばれるべき運命の人って居るのかもしれない。本人の努力もあるだろうけど。
「僕の運命の人はクラリスさんに決まってるけどね!たとえそうでなくても力づくでねじ曲げてみせる!」
神様が降りて来てその人運命の人じゃないですよ〜って言われても、わぁそうなんですね〜ご親切にどうもありがとうございます〜と言いながら笑顔で白ひげをむしって脅す気でいる。誰であろうと僕の邪魔はさせない姿勢だ。
「そういえば、先程クラリス様とご予定があると……」
「あっ、そうだった!」
兄さんの事なんか考えてる暇は無いんだった。僕は「行ってきます!」と声を上げるとバタバタと部屋を飛び出した。
「……青春でございますねぇ……」
部屋の中からぽつりと呟く声が聞こえた。




