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拝啓、愛しの男装令嬢〜音楽少年の残念な恋愛奮闘記〜  作者: らめんま。
二章 騎士団生活の始まり
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13 地獄の整体マッサージと生命の音楽

 就業時間後。僕はいつもの地獄の体力作りが終わった後で三番隊を訪れていた。


『シーナさんは……と、居た居た』


 シーナさんはこちらに背を向けて弓矢の手入れをしていた。僕はそーっとシーナさんに近付く。抜き足差し足忍び足。歩く速さはアンダンテだ。


『しめしめ、気付いてないぞ……』


 父さんにバレないようにいつも戸棚からお菓子を拝借していたのだ、気配を消して移動するのはお手の物である。

 シーナさんの背後に立ち、僕はそっと声を掛けた。


「シーナさん、稽古……」

「誰だ!」

「ひぇっ!?」


 瞬間、僕の喉元に鋭いものが突き付けられた。矢じりである。それを理解した途端、僕の身体の全身の毛穴という毛穴から汗が吹き出した。


『こ、殺される……!』


 少しでも動いたらグサッ、である。僕は両手を頭の横に挙げて恐怖で恐れおののいた。


「ぼぼほぼ僕です、ルートでしゅ!おっ、お願いひてた稽古を受けに……!」

「はっきり喋れ」


 震えも気合いで止めた。


「何処から入った」

「ふ、普通に、ドアから……」


 微かな音さえ立てずにドアを開けるコツというものがある。日々の鍛錬(盗み食い)で鍛えられた僕の隠密テクニックは伊達じゃないのだ。


「音も無く忍び寄るな。死にたいのか」

「生きたいです!!!」

「そうか。ならばこれからは己の行動を改めるんだな」

「はい!!!」

「騒々しい。黙れ」

「すみませんでした!!!」


 どうやら僕は相当うるさいらしい。シーナさんの目が音量の下がらない蓄音機を見るようなものになっている。


「シーナさん僕は壊れた蓄音機では……!」

「叩けば直るか?」

『やだ、なんか怖い事言われた……!』


 直りませんと言ったら「それなら音源(息の根)を止めてやろう」とか言われかねないから僕は呼吸を浅くし、慎重に自分の声量を極限にまで下げた。


「シーナさん……まずは矢を下ろして頂けないでしょうか……。僕このままじゃ動けなくて……」

「何故私が貴様の話を聞かねばならない。貴様が私の話を聞くのだろう?動く必要が無いのに何故これを下ろす必要がある。そのまま黙って私の話を聞け」

『そんな殺生な』


 絶対何言われても頭に入って来ない気がする。


「まず最初に言っておくが、私は自分の集中を乱される事が何より嫌いだ。少しでも騒げば……どうなるか分かっているだろうな」


 そしてめちゃくちゃに脅されている。未だかつてこんなにも元気いっぱいな自分を呪った事があっただろうか。いや無い。

 そもそも家族の半分が声デカ族なのだから仕方がないんじゃないだろうか。父さんは僕と同じくらいだけど、兄さんと母さんの声のデカさとテンションの高さと総合的な喧しさに比べたら僕なんてめちゃくちゃ可愛い方である。小鳥が囀っている程度だと言ってもいい。でもお願いだから焼き鳥にするのだけは勘弁して頂きたい。


 僕はコクコクと何度も頷き……たかったが、依然喉元に矢じりが突き付けられているのでそれは叶わなかった。

 蚊の鳴くような声で「わかりましたぁぁ……」と言うしかない。無念だ。


「まず第一に、私の背後が取れたことは褒めてやる」

「えっ褒められた……!やったー!」

「串刺しにされたいようだな」

「すみません黙ります」


 驚いた、まさかシーナさんに褒められるなんて。殺人未遂、尋問、脅しときたものだからめちゃくちゃ身構えていたせいで驚きがまんま口から出てしまった。

 シーナさんの目が逆三角形になっている。僕は唇を口の中に収納した。


「貴様が何処でその技術を学んだのかは知らないが、私が気配を察知できず背後を取られるような真似をしたのは今日が初めてだ。そう易々とできる芸当ではない。胸を張って誇れ」

「…………」


 どうしよう、父さんの部屋からお菓子を盗み食いしてた事を誇ってもいいのだろうか。絶対褒められたことじゃないと思う。

 僕が何も言えないでいると、シーナさんがふっと笑って僕の頭に手を置いた。


「きっとここまでの境地に達するまでには涙ぐましい努力の数々があったのだろう。この若さで大したものだ。素直に賞賛に値する」

『出た、シーナさんの飴と鞭……!』


 叱るところはめちゃくちゃに叱るけど、褒めるところはきちんと褒めて認めてくれる。厳しいけどちゃんといい人だ。


『あと美人だから笑顔だと更に美しい』


 こんな顔で褒められたらみんな俄然やる気を出して訓練に励むことだろう。同期で別隊の人は憎まれ口を叩いてたけど、シーナさんの笑顔を見たことがないだけかもしれない。僕だってこれで2回目だし。


「貴様が三番隊に入らなかった事が悔やまれる。私がこの手で貴様を最強の弓士に鍛え上げてやりたかったのだが」

「すみません……」

「まあいい。弓士でなくとも私が貴様を1人前の騎士にしてやる。黙って私に付いて来い」

「………!」


 やっぱりシーナさん、超かっこいい。僕は拳をぐっと握り締めて元気よく返事した。


「はいっ!!!よろしくお願いします!!!」

「喧しい」

「すみません黙ります」



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



「まずは貴様のそのふざけた姿勢を治す。話はそれからだ」

「はい!よろしくお願いします!」

「黙っていろと言ったはずだ」

「ひぃん……ごめんなさいぃ……」


 訓練所にあるストレッチマットにうつ伏せで寝かされる。どうやらここで背筋やら何やらを矯正してくれるらしい。


『今までずっと変な体勢で作曲してたもんなぁ』


 常に五線譜とペンを手にして歩き、いいフレーズが頭に浮かんだら廊下でも庭でもところ構わずその場で音符や詞を書き込んでいた。

 テーブルを探すのも億劫で地べたで丸くなって書いていたし、筆が乗ってきた場合はそのまま寝そべって続きを書いていた。そして更に疲れたらその場でぐーすか寝ていた。そりゃ背骨も曲がるはずである。


「少し痛いだろうが耐えられる痛みだ。耐えてみせろ」

「はい!耐えます!」


 元気よく返事し、よーし頑張るぞと気合を入れる。喧しいなこいつ、という視線をひしひしと背中に感じていると。


 背後からポキポキッ、という音が聞こえて来た。


「ん?」

「どうした」

「シーナさん、何か変な音聞こえませんでした?なんか指の骨を鳴らしてるような……よーし今からこいつフルボッコにしてやるぞ、みたいな音が聞こえた気がして」

「気の所為だろう」

「ですよね!」


 安心して身体の力を抜く。

 僕の両肩がシーナさんに掴まれ、背中にグッと膝があてがわれた。


「シーナさん」

「なんだ」

「ほんとに痛みって少しですか?」

「指を切断するよりは痛くない。その程度の痛みだ」

「なるほど」


 シーナさん曰く訓練中の事故で指を全部無くしてしまった騎士が「この痛みに比べたらシーナの整体マッサージなんて屁でもねぇや」と言ったらしい。指の切断の痛さがどれほどなのかは知らないけれど、歴戦の騎士が言うくらいなのだからそこまで痛くはないのだろう。


「心の準備は出来たか」

「はい!いつでもオッケーです!」

「行くぞ」

「はい!」


 瞬間、僕の背中からゴキャッ!という聞いた事もない音がした。


「ーーーーーーーー!!!」


 日の落ちた訓練所。

 僕の断末魔のような叫びが響き渡った。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



「めっちゃ身体軽くなった……やっぱり凄いなシーナさん」


 三番隊の訓練所からの帰り道。施術前より明らかに伸びた背筋や可動域の広がった肩に感動しながら訓練所の廊下を歩く。シーナさんの整体マッサージの効果は絶大だったけどやっぱり死ぬほど痛かった。でも一周回って癖になる痛さだったと思う。是非またお願いしたい。


 と。


「ふっ……!やっ!」

「あれは……クラリスさんだ!」


 二番隊の訓練所でクラリスさんの姿を発見し、ガバッと身を乗り出す。どうやら就業時間後に一人で自主練していたらしい。クラリスさんの顎を伝う汗がぽたりと落ちた。僕はその光景を脳内に永久保存した。


「クラリスさ〜ん!」


 ぶんぶんと手を振りながら笑顔で駆け寄るとクラリスさんのハリボテに斬りかかっていた手が止まった。

 そして黄金色の瞳が僕を映す。


「ルート!久しぶり!」

「お久しぶりですこんな所で会えるなんて!」

「うふふ。ぼくも会えて嬉しい!」


 両手を繋いでぐるぐる回る。


「ルートはいつも元気そうだね」

「へへへ。クラリスさんと会えたらどんな疲れも吹き飛びますから!」

「んふふ、ぼくも。でもまずは一旦落ち着こうね。深呼吸〜」


 落ち着いてと言われたってクラリスさんと会った時点で僕の脳内には快楽物質がドバドバ出ているので興奮しっぱなしなわけで、落ち着くのは恐らく今後一生無理かと思われる。とりあえず僕は深呼吸した。ヒッヒッフーだ。


「クラリスさんはこんな時間まで自主練ですか?」

「うん。ルートも自主練してたの?」

「いえ、僕はシーナさんの整体マッサージを受けて来たところです!」

「えっ!」


 クラリスさんの顔がお化けを見てしまったような表情になった。後ろを振り向いてみるがお化けは居ない。ついでにグレンさんの姿も探したが見当たらなかった。多分今頃は訓練の時よりやる気に満ちた表情で食堂に向かっている頃だろう。僕の分も残っているといいけど。


「キートン隊長の整体マッサージ受けたの!?本当に!?」

「死ぬほど痛かったですけど身体が羽のように軽くなりました!」

「そっか……ルートがそれでいいなら別に良いか……」


 物凄く複雑そうな顔をしたクラリスさんも可愛い。僕はクラリスさんを無言でじっと見つめながらにこにこした。天使である。


「ルートが来てからずっと思ってたんだけど、なんだかルートってぼくが思ってたよりこの騎士団と相性が良かったのかもね。実は最初ルートがちゃんと騎士団に馴染めるかちょっと心配してたんだけど、毎日凄く楽しそうで安心したよ」

「はい!もうここに来てからすっごく充実してて!身体動かすのって疲れますけど、やっぱり楽しいんですよね」

「辛い思いはしてない?訓練が嫌になったりとか……」

「んー、もちろん全然ない、とは言い切れませんが……訓練が嫌になったりはしませんよ。だって……」


 僕は胸に手を当てた。ドクドクと、鼓動がリズムを紡いでいる。


「今まで僕の中に流れていたのは音だけで、音楽だけが僕を形作っていました。でもこの騎士団で身体を動かすようになって気付いたんです。僕の身体に流れていたのは真っ赤な血潮だったということに」


 痛いし辛いし苦しいけど、それ以上に僕の心を埋め尽くしているのはえも言われぬ喜びだった。


「肺いっぱいに息を吸い、血が巡り、そうして僕の心臓は動いている。そんな当たり前の事に気付かされたんです。こんなに早く心臓の音が高鳴ったのはいつぶりでしょう!そう、これはまさしく」


「僕が生きている音だ」と胸に手を当てる。夜の空気を吸い込むと、心臓がとくんとくんと血を送り出し、僕の身体の隅々まで酸素を行き渡らせていく。

 ああ、なんて幸せなんだろう。生きている喜びが全身を駆け巡り、そして僕の中からまた音が溢れ出すのだ。


「貴女を追い掛けてここまで来て良かった……!僕は今、すっごく幸せです!」


 吐き出した息が熱く空気に溶ける。彼女は驚いたように目を見開いた。


「クラリスさんが居る世界の音を聞いてしまった今、もう貴女なしでは考えられない。貴女という存在が僕の音楽をもっと輝かせてくれる。そんな気がするんです」


 夜空の星がきらきらと瞬いて地上を照らす。彼女の瞳に映る星が綺麗でずっと見つめていたくなる。僕の瞳にも同じように星が映っているのだろうか。


 彼女は暫く僕のことを見つめていたが、俯いた。そして次に顔を上げた時には困ったように眉を下げて、笑っていた。


「敵わないな、ルートには。キラキラして、かっこよくて」

「えっ、かっこいい……!?」

「かっこいいよ、ルートは。憧れる。ぼくもルートみたいになりたいって思うよ」


 クラリスさんは後ろで手を組み、僕の顔を覗き込むようにして悪戯っぽく笑った。


「ねえルート、良かったら明日から訓練が終わったらぼくと一緒に自主練しない?格闘ではぼくだって負けないからね」

「わぁ、体力持つかな……。最初はゆっくりめでお手柔らかにお願いします」

「あはは!そうだね、一緒に頑張ろう!」


 訓練所にはしゃいだ声が響く。空では星と並んだ三日月が楽しげに笑い合う2人の姿を見て微笑んでいた。


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