12 鉄壁の女騎士シーナ・キートン
「シーナさん!」
昼休憩開始の鐘が鳴り、お腹を空かせた騎士達が食堂の方へぞろぞろと歩いていく。僕は人の流れに逆らってシーナさんの目の前に横っ飛びで躍り出た。
「僕に稽古をつけてください!」
「騒々しい。出直せ」
「はい!すみませんでした!」
僕はバタンと扉を閉めた。
「うーん、追い出されてしまった」
どうやら一筋縄ではいかないらしい。訓練所の外でどうしたものかと考えていると、「あれっルートくんだ。おーい」とノアさんが手を振りながらやって来た。
「あっ、ノアさん。お疲れ様です」
「こんな所で何してるの?早くご飯食べに行こうよ」
「それが実はシーナさんに稽古をつけて貰おうと思ってお願いに来たんですけど入れて貰えなくてですね」
「わぁ、ルートくんって自殺願望があったの?」
自殺志願者扱いされた。
「違いますよ!体力はアレクさんのおかげで結構付いてきたので、実戦に向けてシーナさんに戦闘の基礎から教えて頂こうと思って」
「へぇ〜。ルートくんにしては珍しく真面目な理由だね」
「あとシーナさんに鍛えられた騎士はなんかモテるらしいです!」
「そっかぁ。絶対そっちのが本当の目的だよね?」
「ふっふっふ、バレました?」
不特定多数の女性に追い掛けられるのは勘弁したいけど、クラリスさん1人に追われるのなら大歓迎だ。そのまま永遠に追いかけっこしていたい。あわよくば振り向いて抱き締めたい。
「シーナさんに鍛えて貰えたら、クラリスさんに『あれっ。ルートってこんなにかっこよかったっけ。素敵!結婚して!』って思って貰えるかもしれない!!!」
「ルートくんのその自分の欲望に忠実なところ、俺好きだな。一周回って好感が持てるっていうか」
「いやぁ照れますね!」
「あんまり褒めてないんだけどね〜……」
僕は微妙な顔をしているノアさんをスルーした。
「そういえばノアさん、さっきシーナさんに稽古つけてください!って言ったら『騒々しい。出直せ』って言われたんですけどどうすればいいと思います?」
「静かに入ったらいいんじゃないか……?」
「どわーーーッ!?」
「うわっ!?」
にゅっ、とノアさんの背後からグレンさんが現れた。登場の仕方が一々心臓に悪い。白昼堂々出て来るオバケなんて居ない事は分かっているけれど本当に勘弁して欲しい。
「おおお驚かさないで下さいよグレンさん……!びっくりして心臓が口から飛び出るかと思いましたよ……!」
「俺は正直ルートくんの叫び声の方にびっくりしたけどね……!」
「ククク……やっぱりオマエは脅かし甲斐があるな……」
なんか本当のオバケみたいな事言ってるし。
最初は僕の事を変人扱いしていたグレンさんも、今やノリノリで物陰からよく飛び出してくる。僕はその度に心臓が止まりそうになるからかなり心臓が鍛えられていると思う。一向に強くなる気はしないけど。
「うるさいから出直せって言われたなら静かに入ればいい。そーっとな……」
「そういう意味じゃないと思うけどなぁ……。追い返されたなら今日はもうやめといた方がいいんじゃ……」
「分かりました!そーっと入って来ます!」
「ルートくんの精神って鋼なの?俺もうなんか怖くなってきちゃった。正直シーナ隊長より怖い」
「コイツの頭がおかしいのはいつもの事だろ。オレは腹が減った」
「えーっ。酷い言い方ですねぇ」
「その言い方はないと思うけどあながち間違いじゃないんだよね〜……俺達はちょっと付いて行けないかも〜」
「先に行っとくね」と去って行った2人に手を振り、僕はぐっと拳を握りしめた。
「よーし……いざ!」
「話は終わったか」
「ひぇっ!?」
振り向くと目の前にシーナさんが立っていた。腕組みして物凄く機嫌が悪そうに見える。いや、絶対機嫌悪い。不機嫌オーラ丸出しだ。
「し、シーナさん!出てこられてたんですか……」
「貴様らがあまりにも騒々しかったものでな」
ですよねとしか言えない。僕の精神が鋼で出来ているだの頭がおかしいだのと意味不明な事を散々喚いていたのだ。彼らももう少し口を謹んで静かにするべきだったと思う。
「シーナさん、それで稽古の方は……」
「私は今から昼休憩だ。貴様の為に割いている時間などない」
『手強いなぁ』
どうしたら稽古をつけて貰えるだろうか。そもそもシーナさんが頑固なのがいけないのだと思うけれど、よくよく思い返せば僕とシーナさんって挨拶以外で会話をする機会なんて無かったじゃないかと気付く。
「シーナさん」
「何だ、私は忙し……」
「ご飯、一緒に食べても良いですか?」
ご飯を一緒に食べて世間話で盛り上がり、「はっはっは、可愛いやつめ!ようし、私が貴様を一人前の立派な騎士にしてやろう!」と言わせる作戦だ。我ながら頭が良い。
「…………」
「あのー、シーナさん?」
何故かシーナさんが固まってしまった。じっと見つめていると、シーナさんは深い溜め息を吐き、額に手を当て、その後たっぷり時間を置いてから口を開いた。
「……好きにしろ」
「やった!ありがとうございます!」
ザッザッと大股歩きで歩き出したシーナさん。
僕は「シーナさんの好きな食べ物って何ですか?」とか「お腹空きましたねぇ」だとか話し掛けながらシーナさんと一緒に食堂に向かった。
全部無視された。
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「シーナさんシーナさん!これ美味しいですよ!」
「…………」
「シーナさんって目玉焼きにはソース派ですか?醤油派ですか?僕はあえての塩コショウ派です!」
食堂に着いてもシーナさんは黙ったままだった。
僕がめげることなくシーナさんの正面の席に座りペラペラと喋っていると、あちこちからコソコソと話し声が聞こえて来た。
「嘘だろ、あいつシーナ隊長にめちゃくちゃ話し掛けてるぞ……」
「おっかねぇ……俺なんかすれ違うだけで心臓止まりそうになるのに」
「シーナっていつも1人で飯食べてるよな」
「ぼっち飯卒業出来てよかったじゃねぇか、ははは」
『随分とよく聞こえるコソコソ話だなぁ』
若い騎士は怯え、ベテラン騎士は彼女を馬鹿にして下品な笑いを浮かべている。僕の耳が良いのもあるかもしれないけど絶対シーナさんにも聞こえる声量だ。
シーナさんは若い。多分隊長3人の中で1番年下だと思う。若い才能は上から妬まれる。この分だと普段から心無い言葉を掛けれられ続けているのではないだろうか。
『シーナさん……』
シーナさんの方を見ると、彼女は何も言わず黙々と蒸した芋を食べていた。
「シーナさん、怒らないんですか?」
彼女がコソコソと自分の悪口を言っている人に対して怒鳴ったり、殴り掛かったり、掴みかかったりしに行く気配が全く無いので思わず聞いてしまった。
シーナさんはごくんと芋を飲み込んだ。
「言いたい奴には言わせておけ。影でコソコソと人を笑うしか能のない軟弱な者に割いてやる時間は無い」
『かかか、かっこいい〜!』
なんだ今のセリフかっこよ過ぎないか。こんなセリフがサラッと言えるくらい僕も強くなりたい。いや既に精神鋼とかよく分からない事言われてるけどもっと強く。
『やっぱりシーナさんに稽古をつけて貰うしかないや』
こんな強くてかっこいい人他に居ないし。
僕は真剣な面持ちでシーナさんを見つめた。
「シーナさん、後で僕に稽古をつけてください!」
「断る」
スパッと断られた。一刀両断だ。シーナさん弓だけじゃなくて剣も扱えるんじゃないだろうか。
しかし僕はめげなかった。
「そこをなんとか!!!」
ネバギバである。僕はガン!とテーブルに額を擦り付けた。
さすがのシーナさんも驚いたらしく、「や、やめろ。頭を上げろ」と言う声に少し焦りが混じっている。
その言葉を聞き僕は「じゃあ稽古つけてくれるんですか!?」と勢い良く頭を上げた。
「私は最初から言っていたはずだ、今は忙しいと。やらないとは言っていない」
「あれ?でも出直せって……断るって……」
「あれは貴様があまりに喧しかったから咄嗟にだ」
なるほど咄嗟に。咄嗟になら仕方ない気がする。グレンさんの言う通りやはり静かに入るのが正解だったらしい。今度からは足音も立てないようにしてゆっくり忍び寄ろう。
「貴様は現在何処の部隊にも属していない状態だろう。私は隊長として三番隊を統率し、三番隊の隊員達の能力がより一層向上するよう導くという使命がある。しかし訓練時間中に貴様個人の相手をすると他の隊員の訓練が疎かになるのだ。よって、貴様に稽古をつけてやる時間などない」
「じゃあ就業時間後なら……!」
「訓練時間中と昼休憩以外の時間なら受け付ける。向上心があるのは良い事だ。私が責任をもって扱き上げてやろう」
「やった!ありがとうございます!」
「ただし」
「ふぐっ」
ガッ、と片手で頬を掴まれ、シーナさんの顔が眼前に迫った。
「貴様はあまりにもお喋りが過ぎる。三番隊は集中力が肝となるのだ。ピーチクパーチクと喧しい鳥は焼き鳥にして串刺しにしてやるからそのつもりでいろ」
「ふ、ふぁい……」
やっぱりおっかない。僕は「飯は黙って食え」というシーナさんのお叱りにしょぼくれながら芋を齧った。




