10 仕切り直しと団長の決断
三人称視点。
「なんだ、あれは……!」
目の前の光景を前にして、ローグは信じられないようなものを見るような面持ちで立ち尽くしていた。
ハリボテの人形だったものの首がドサリと地面に落ちる。
その残骸を前に長剣を鞘に納める人物は、先程とはまるで別人のようだった。
いや、実際には別人というかなんか成長していたのだが。
少年に呼び止められたと思ったら少年が樽の中に転がり落ち、樽を覗いた総司令官がこの樽開けるなかれ暫し待たれよとのお達しを出してどこかに走り去ったのだ。残された我らはぽかんとするしかない。
ものの数分で何やら服を抱えた総司令官が全力疾走で戻って着て樽の中に勢い良く投げ入れた。そしてゴソゴソという音が聞こえる中そのまま待っていると。
あら不思議、樽の中から美青年がいそいそと出てきたのである。
そのあまりの展開にさすがのシーナも開いた口が塞がらないでいた。
長剣を片手に持った青年が人形の首を真横に薙ぎ払う。
アリアは「おっと」とルートの剣を危なげなく避け、にやりと笑って言った。
「想像以上だったな。一番隊の適正は有りで良いよね。さ、次は二番隊の訓練所に行くよ」
アリアの声に唖然としていた隊長達もようやく足を動かしたのだった。
・・・・・・・・・・
障害物を乗り越えて旗を目指して走った記録を測る、二番隊の訓練所。
メルバは先程中々いい走りを見せたもののすぐに息を切らしてしまった少年の姿を思い浮かべた。
「旗に辿り着いても、戦は終わってはくれないのよね〜」
短剣使いに必要なのは持久力。どれだけ素早く戦場を駆け回り上手く立ち回ることが出来るかが重要視される。
このフィールドの場合置かれた障害物の大きさはほぼ成人男性と同じくらい。つまり敵や味方が入り乱れる戦場を想定している。この訓練所では人の波を避けて大将首を取るところまでを訓練していくのだけれど。
「これはちょっと予想外ね〜」
メルバはおっとりと微笑んだ。縦横無尽にコースの中を飛び回る青年。先程とはまるで動きが違う。
「一切無駄のない動きで障害物を避けてる……!」
「障害物を踏み台にして飛び越えた!?」
ルートは開始の合図と同時に走り出し、障害物にガッと手を掛けたかと思えばそのまま飛び上がり、障害物の上を陸と同じスピードで駆け出した。足を踏み外す危険をものともせず、最短距離で旗の元まで辿り着く。勿論息は上がっていない。
メルバはひょいと障害物から飛び降りたルートに歩み寄った。
「ルートくん、障害物はどうして登ろうと思ったの〜?」
彼は先程避けていた障害物を、今度はその上に登って走っていた。それによく見ると、彼は赤と青に色分けされた障害物のうちの赤のみを踏んでいた。
つまり赤が敵だとしたら敵の頭を踏み台にして大将の元まで行ったことになる。
「えっと……僕はまだ背が低いので、さっきは障害物が高くてゴールを見失ってしまったんです。でも今は身長が伸びたので、今度は障害物を登って高い位置からゴールを目指そうかと」
「なるほど〜。それにしても、よくこれを登れたわね〜」
「登る力は……小さい頃からピアノの椅子や庭の木によじ登ってたからですかね……」
ルートは幼い頃から自分の背ほどもある高さの椅子によじ登っていたらしい。そして今でもたまに木登りはするらしく。それでどこに足を掛けて体重移動させれば良いのかが体に染み付いているのだという。
高い分析能力と跳躍力、加えて俊敏さ。どれをとっても文句無しの合格だ。
大将首を取るために人の顔を踏み付ける事さえ躊躇わないその姿勢には恐れをなすが、味方にするなら誰よりも心強いだろう。
「うちに欲しいわ〜……ふふっ」
メルバはくすくすと笑うと三番隊訓練所に向かうアリアの後に続いた。
・・・・・・・・・・
「なんだ、これは……何が起きている」
スパァン!スパァン!と的の中央に矢が吸い込まれるように刺さっていく。
「私は夢でも見ているのか……?」
シーナが驚愕の視線を向ける先ではアリアが「ルートくん、ねえルートくん」と頻りに呼びかけていた。
「ルートくん、もう良いよ」
「…………」
「ルートくん、おーい終わり……」
「…………」
「ルート!おいこらちょっとどうなってんのこの子集中力凄まじいな!ねえ!終わりだってば!おい!!!」
「終わりだっつの!」とルートの腰から矢を奪い取り、替えの矢が無くなったのに気付いたルートが「あれっ」と目を瞬かせる。
「終わりだわ!」
「いつの間に」
「いつの間にじゃないよ見てあの的!矢がもうびっしり!しかも全部ど真ん中!気持ち悪いわ!」
「うわっ」
「うわって君ねぇ……」
「気付いてなかったの?」とドン引きするアリアにぽりぽりと頭を掻きながらルートが的を指差す。
「さっきはシーナさんの視線に怯えながら打ってたんですがちょっと違う事考えようと思って。あの的の中心をクラリスさんを狙う敵の心臓だと思って射ったらああなりました」
「人間の心臓はひとつしかないのに?」
心臓メッタメタである。こんなにも確実に相手の息の根を止めようとする人間が居るだろうか。
「取ってきます」とルートが矢を抜くために射場を離れる。深い溜息を吐いていたアリアだったが、くるりと振り向くとにやりとシーナに笑いかけた。
「どう?あの子強いよ。ちょっと変な子ではあるけどね。君、ああいう子好きでしょ」
「優しくしてあげてよ」というアリアにぐっと言葉を詰まらせる。
「……認めましょう。あの者には適正があると」
「お疲れ様です」という声にシーナが振り向くと、矢を抜いて抱えて来た青年がへにゃ、と情けない顔で笑っていた。シーナは青年に向き直り、尋ねた。
「……貴様はクラリス様の事が好きなのか」
「はい。会えない日には震えて泣くくらいには好きです」
「……そうか」
その熱意の強さには狂気に似た何かを感じる事もあるが。
「合格だ」と放った言葉に青年は驚いたようにぱちぱちと瞬きを繰り返し、「へ」と間抜けな声を出した。
「三番隊、適性は有りだ。先程の言葉は撤回する」
「あ……ありがとうございます……」
明らかに声のトーンが落ちた。びくびくと肩を揺らしている辺り、シーナに苦手意識を抱いているのだろう。
「まったく」
シーナは青年の頭に手を伸ばした。
「わっ!?」
「何事もメリハリが重要だ。試験は終わった。肩の力を抜け」
ふわふわとした白い髪は想像よりもずっと柔らかく。驚き、弾かれたように上げられた丸い瞳と視線がぶつかり、シーナはふっと微笑んだ。
「よく頑張ったな。後はゆっくり休むといい」
「…………!」
先程まで濁っていた青の瞳がキラキラと輝き出した。これは尊敬と憧れの目だろうか。男性からこんな視線を向けられた経験が無いため判断しかねるが、なんだか胸の辺りがソワソワして落ち着かない。
シーナは表情を変えず動揺を悟られないようにしつつ、すっとメルバの陰に隠れた。
「あらあら、珍しい。シーナちゃんが照れちゃったわ」
「照れてなどいない!」
「ムキになっているな。シーナも案外可愛いところが……」
「ふん!!!」
「ぐふっ……!なぜ……!?」
ローグの腹に拳をめり込ませ、その場に沈める。シーナは鼻を鳴らし、ふんと腕を組んだ。
腹を抱えたローグが顔を上げる。
「ルートくん……こんな体勢ですまないが、俺は君の一番隊の適性は有りだと思う。是非うちに来てくれないか?俺がきっちりと指導はさせて貰うから安心してくれ……」
「まあ、ずるいわ。私もうちに欲しいと思っていたのに。ルートくんの二番隊の適性は抜群。是非うちにいらっしゃい」
次いで、メルバがルートの手をぎゅっと握った。
ルートの適性は全てに当てはまっていた。つまり、全員が適性有りと判断したのだ。こんなことは初めてではないだろうか。
「どの隊がルートくんを招き入れるか、だな。彼は筋がいい。良ければうちに譲って欲しいんだが」
「うちにはクラリス様も居るから絶対二番隊の方が良いわよ〜。ルートくんはあげないわ〜」
「こいつは私が三番隊で徹底的に扱く。手を出すな」
やんややんやと言い合う隊長3人に「はいはい、ちょっと落ち着いて」とアリアが止めに入る。そしてにっと笑った。
「この子は一番隊にも、二番隊にも三番隊でもやっていけるって安心したよ。どの部隊に入ってもきっと活躍出来ると思う。でも私はその枠を超えて行って欲しいと思ってるんだ。そこでだね」
アリアが振り向く。その先でにかっと笑っていたのはアレクだった。
「俺がこいつを直接指導しようと思う!」
「だ……団長自ら!?」
ざわざわと隊長達の間に動揺が走る。団長が直接指導するなんて前代未聞だ。アレクは振り向いた。その視線の先にはルートが居る。
「ルート!」
「はっ、はい!?」
「俺に付いてこい!」
アレクは人の話を聞かない。そして決して立ち止まり、待ってはくれない。きっと彼に付いて行くのは茨の道だろう。
しかし、ルートはぐっと顔を上げた。
「はい!よろしくお願いします!!」
「決まりだな」とアレクが笑う。そしてルートの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「楽しくなりそうだ!」
こうして適性試験は驚きの結果で終わりを告げた。
そしてその後、ルートはアレクとの訓練で血反吐を吐く思いをする事になるのだった。




