9 適性試験とルートの魔法
ローグさんは微笑むと「それじゃあまずはこの剣を持ってみてくれ」と片手で長剣を差し出した。
「はい!って重っ!え、これを振るんですか?」
両手で受け取ったがとんでもなく重い。今この人片手で渡して来たけど正気か。持ち切れなくてどうしてもずるずると引きずってしまう。
「ははは、最初はみんなそんなもんだよ」
「まずは構え方を教えよう」と簡単に数分程レクチャーして貰った後実際に振ってみる。しかしこれがめちゃくちゃ難しい。ただ振るだけなのに腕も肩も疲れるし、剣を構える事に慣れていないから身体の負担がかなり大きい。
でも慣れて来るとだんだんと分かって来た。
これ隠し通路を作ろうとして鍬で家の壁を壊してる時の腰の落とし方と一緒だ。
「中々上手いじゃないか」
どうやら当たりだったらしい。ポム爺と一緒にせっせと隠し通路を掘っていた甲斐があった。やっぱり小さい頃からの積み重ねって大事だなぁと思う。
満足気なローグさんが「それじゃあこれを斬ってみてくれ」とハリボテの人形を指差す。これに切り掛かればいいのだろうか。
「まずは俺が手本を見せよう」
隣に用意されたハリボテにローグさんが向かい合った。ローグさんの目が殺気立ち、「せいっ!」という掛け声と共に人形が肩から脇腹にかけて一刀両断される。
凄い、さすが隊長。全くブレのない完璧なお手本だった。
「よし……僕も……!やぁっ!」
剣を握り勢い良く切りかかる。しかし入ったのは極僅かな切れ込みだった。ローグさんも渋い顔だ。
「う〜ん……軸が安定していない。斬り掛かる時に迷いが見えるな」
その後も何度か挑戦してみるが結果は変わらず。一番隊の試験は残念な結果に終わった。
「次は私ね〜」
メルバさんがにっこりと微笑む。メルバさんに案内されたのは不思議な空間だった。大人の人間程の大きさの障害物が並び、それを避けながらゴールを目指すというものだ。
「ここからあそこの旗まで全速力で走ってみてね〜」
「よぉし、頑張るぞ……!」
走るだけなら僕にも出来るはず。障害物を避けながら旗を目指して懸命に足を動かし、息を切らしてゴールするとメルバさんが困ったように笑った。
「短距離走だけで息が切れてるわ〜……もっと体力を付けなきゃいけないわね〜」
「足の速さは結構良かったわよ〜」と言われてほっとする。昔から悪戯を繰り返してはカンカンに怒った父さんから逃げていたし、逃げ足の速さには自信があったから嬉しい。僕はゆっくり息を整えた。
「ルート大丈夫?今水取ってくるよ」
「あ、すみませんありがとうございます……」
アリアさんがこそっと耳打ちして水を取りに行ってくれた。優しい。
「何をグズグズしている!これより三番隊の適性を見極める。心してかかれ!」
「……はい」
どうしよう。既に全くやる気が出ない。シーナさんを前にして僕はめちゃくちゃにすくみ上がっていた。
三番隊の訓練所に連れられて歩き、「シーナちゃんは厳しいけど悪い人じゃないから大丈夫よぉ」とメルバさんに言われるが、悪い人じゃないにしても怖い人であることは間違いなさそうだ。せめて何も言われなければまだましかもしれないけど。
シーナさんが振り向いた。目付きが鋭い。ごめんなさい嘘吐きました。目が合うだけで怖いです。
「足を肩幅に開け。そして的を見ろ。違う、もっと身体を起こせ。そして自分の胸を中心とした円を意識し……」
教え方は丁寧だけど圧が凄い。緊張して足と手とあとついでに歯もガチガチ鳴っている。
「力を抜け」
いやいやそう言われたって無理ですって。
「あっ」
結局5本打った矢は全て外れてしまい、シーナさんに「ふん、こんなものか」と鼻で笑われてしまった。
「どれか1本位は当たると思ったのだが。期待外れだったようだ」
「すみません……」
こんな初夏なのに真冬同然にガッチガチに震えた身体じゃ狙いが定まるものも定まらないと思う。
取り敢えず弓を射る時の姿勢は身に付いたが、シーナさんに見られている限り的に当たる日は来ないのではないだろうか。
「あれ、アリアさんは……」
気付くとアリアさんの姿が見えなかった。ただアレクさんは変わらずその場で腕を組んでにかっと笑っている。情けないところを見られてしまった。
しゅんと肩を落とすと「最初は誰だってこんなもんだから気にすんなよな!」と励まされた。優しい。
「アリア様は貴様の散々な結果に見ていられないとお帰りになられたのだろう。貴様の三番隊の適性は無しだ」
「……はい」
と、全ての検査が終わったところで丁度アキドレア家の方から鐘が鳴った。鐘を鳴らしているのはガイオスさんだろうか。日々の積み重ねによって洗練された良い音だ。
「それじゃあルートが入るのは一番隊か二番隊だな!隊長達と話し合いするからルートはその間休憩取っててくれ!」
アレクさんの声に「はい!ありがとうございました!お疲れ様です!」と隊長3人に頭を下げる。
『疲れたなぁ……』
あまりいい出来ではなかったけれど、今の自分の全力を尽くせたと思う。
三番隊の適性が無かったことがせめてもの救いだ。威圧的な目や鋭い眼光があまりにも怖すぎる。1年間下で教えを乞うならローグさんかメルバさんが良い。
「あっ、居た居た。ルートくーん、適性検査どうだった〜?」
やれやれと一息ついていると、一番隊と二番隊の訓練所からノアさんとグレンさんが出て来た。中々ハードな訓練だったらしく、2人とも玉のような汗が額に滲んでいる。
「あっ……はい、今終わったところです」
「なんかあんまり上手くいかなかったって顔してるね?」
「もやしだもんな……」
「ていうか、あれ?ルートくんって……」
「そんなに身長低かったっけ?」というノアさんの言葉に、僕はハッと目を見開いた。
今は汗をかき、身体の水分が無くなっている。天気が良いので太陽に焼かれた肌が蒸発していた。
「そうか、僕……忘れてた……!」
「おーいルートくん、水持って来たよ〜」
アリアさんが樽を持って走って来た。えっいや樽!?とは思ったがナイスタイミングだ。
水は多ければ多いほど良い。
僕は去って行く3人の背中に向かって叫んだ。
「すみません!僕まだ本気出してなかったんでした!もう一度試験を受けさせて下さい!」
振り向いた隊長3人が怪訝な顔をする。アリアさんがぽかんと口を開けた。
「な、何言ってんの……本気出してなかった……?こんな大事な試験で何をふざけた事を……」
「すみません本当に忘れてたんです!お水貰います!」
「あっちょっと」
僕はアリアさんが持って来た樽の蓋を開けた。中には水がなみなみに入っていた。どうやってこんなの抱えて持って来たんだアリアさん。というツッコミは置いといて。
僕は樽の水に頭を突っ込んだ。
「えーーーーー!?」
「何してんのルートくん!」
「遂に頭が本格的におかしくなったか」
何やら失礼な言葉やざわめきが聞こえて来たが気にしない。僕は樽の水をごくごくと飲み干した。
「いてっ!げふっ」
樽がデカすぎて真っ逆さまに落ちた。そしてげっぷが出た。
「ルートー!」
「何やってんだアイツ!」
「ちょっと大丈……」
「大いなる水よ、我の身となれ糧となれ……ウォータートランスフォーメーション!」
僕は樽の中で呪文を唱えた。瞬間、お腹の中でちゃぽちゃぽしていた水がぐわぁっと全身に流れる感覚がした。
「よし、これで……あっしまった服が縮むのを失念していた」
「何さっきの呪文……!?ルートくん大丈……」
「あっ、どうも」
樽の中を覗き込んだアリアさんと目が合った。
スラリと伸びた手足に骨格。ついでに伸びた髪。そしてパッツパツのつんつるてんな服を着た成人男性が涙目で膝を抱えているのを見てシャンパンゴールドの瞳が驚いた猫のように丸くなった。
「アリアさんごめんなさい成人男性用の服って頂けますか……?服がパツパツで……」
「…………」
「僕水飲むと大きくなれるって、忘れてたんです……。普段肉体労働しないから滅多にこの姿にならなくて。仕切り直しお願いします……」
この後鐘が鳴ったので同室2人は訓練に戻りました。




