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拝啓、愛しの男装令嬢〜音楽少年の残念な恋愛奮闘記〜  作者: らめんま。
二章 騎士団生活の始まり
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8 始めてのお願いと試験開始

 

「モグ……ムグ……!」

「ゆっくり噛んで食べなよ〜」

「ングッ!」

「ほーら、言わんこっちゃない」

「…………」


 僕は先程からグレンさんとノアさんのやり取りをぼんやり見つめていたのだけど。


『反抗期の子どもと保護者かな?』


 と、思ってしまった。それもまだ幼い5歳くらいの子どもだ。手のかかる子を育てているお母さんを見ているような気分になってくる。さしずめ僕は何も出来ずに見ているだけのお父さんといったところか。僕も手伝った方がいいのだろうか。


「オマエのも寄越せ……」

「こら、ダメでしょ。それルートくんのだよ」


 ほら、こらとか言っちゃってるし。完全に子どもを叱る時の言い方だ。ていうかぼーっとしてたらグレンさんにパン一個取られた。なんて事だ。


 ちらりと見るとグレンさんのプレートの上にはまだカロリーバーが残っている。僕はグレンさんのカロリーバーをすっと自分の方へ寄せた。


「あっそれオレのだぞ!返せ!」

「じゃあ僕のパン返して下さい」

「やなこった」

「じゃあ代わりに僕はこれをいただきます」

「ぬぐぅ……」


「仕方ねぇな……返してやるよ」と渋々パンを返されてこちらもカロリーバーを返す。しかしカロリーバーを食べながらもグレンさんの視線は僕のパンに釘付けだ。僕は溜め息を吐いた。


「欲しいなら勝手に人から奪うんじゃなくて、お腹が空いてるから下さいってちゃんとお願いしたら良いんですよ」

「……お願い?」

「そう、お願いです」

「……オレ、腹減ってる。それ貰え……マスカ」


 どこか片言だがちゃんと頼めたから良しとしよう。

「はいどうぞ」とパンを手渡すと、グレンさんはパンを両手に持ったままそれをじっと見つめていた。


「食べないんですか?」

「……オマエ、いいのか。オレにあげて」

「良いですよ、ちゃんとお願いされたので僕はそれを了承しました。だからこの場合僕は腹を立てませんし、グレンさんが何かを僕にあげなければならないということもありません」


「ね?お願いって簡単でしょう?」と笑うとグレンさんは面食らったようで暫く動かなかった。一連のやり取りを見ていたノアさんが「凄いねルートくん」と身を乗り出す。


「俺いつもそれはダメだって叱るばっかりでどうしたら良いかを教えてあげてなかったかも。……グレンくんはどうすればいいか分からないのに」


「ありがとね」と言われて目を瞬かせる。そんなに大層な事はしていないのだけど。

 そもそも何故グレンさんは他人にお願いをするという簡単な事も知らなかったのだろう。騎士団に居る人は平民出身が多いらしいけど、平民でもそれなりの教育は周囲の大人から受けているはずなのに、どうして。


「さて、ご飯も食べ終わった事だし訓練所に行こっか」というノアさんの声にハッとする。気付くと周りの人はもうほぼ残っておらず、集合時間まで残り僅かとなっていた。


「俺は長剣だから一番隊、グレンくんは短剣だから二番隊だよ。ルートくんはどれになるだろうね」

「三番隊はシーナさんが怖そうだからちょっと避けたいですね」

「あははっ、俺もそれ思ったけどあんまり人が居るとこで言っちゃダメだね」

「ですね」


 ノアさんと2人で笑い合っていると後ろからちょいちょいと肩を叩かれた。グレンさんだ。


「グレンさん。どうかしましたか?」

「……あー、その、なんだ」


「……パン、ありがとな」というグレンさんに「どういたしまして」と笑う。

 グレンさんがどこから来たのかは気になるけど、ぶっきらぼうな言動の中にちゃんと人に感謝する心を持っているという事が分かったから、今はそれでいいような気がする。


「さ、そろそろ時間が無いよ。急ごう!」


 今日から始まる訓練生活。空の青が清々しく3人を照らしていた。


 朝食後、バタバタと慌ただしく訓練所に向かうと既にアリアさんとアレクさん、そして隊長3人が待ち構えていた。


「おはようございます!すみません、時間は……」

「おはよう。時間はまだ大丈夫だ。よく眠れたかな?」

「あっはいお陰様で」


 公の場のアリアさんの態度にたじろぐ。

 普段の少し抜けた面を見てしまっているがためにちゃんとしたアリアさんを見ると普段との差が凄すぎて驚いてしまう。とても昨日鍵が無いからと家のドアをボコボコに殴りつけていた貴族女性と同一人物だとは思えない。


「ルート!今日はお前の適性を見極めるぞ!気を引き締めて取り組んでくれ!」


 アレクさんの笑顔に「はい!頑張ります!」と元気良く返事する。

「あらあら、元気が良いわね〜」と微笑むのはメルバさん、「やる気は十分だな」と頷くのはローグさん、「ふん」と鼻を鳴らすのはシーナさんだ。


「…………」


 弓矢の適性、ありませんように。


「あの……馬は……」


 恐る恐る、ここに来てからずっと気になっていた事を尋ねる。騎士というからには馬に乗らないといけないのだろうと思っていたのだけれど、不思議な事にここに来てから馬の鳴き声らしきものを一度も聞いたことがないのだ。馬に乗る訓練をしているようにも見えないし何故なのかと問いかけると、アレクさんの隣のアリアさんが口を開いた。


「馬は戦争起こらないから王都の騎士団に売っちゃった」

「えっ」


 アリアさんの衝撃発言に首がぐりんとおかしな方向に曲がる。

 なんだって。馬を売ったって。


「維持費もかかるし」


 いや確かにそうだけども。


「人が相手だったら馬に乗ってた方が目線が高くなるから良いんだけど、魔物相手だと一瞬の反応の遅れが命取りだから馬は居ない方が寧ろいいんだ。でも王都の騎士の場合は不審人物が居ないか常に見回りする必要があるし、人を追い掛けるのにスピードも出さなきゃいけないから馬の方が効率がいいんだよ。ルートくんの住んでいる場所は王都から近いから馬に乗ってる騎士のイメージが強いだろうね」


「うちの騎士団は馬が居ません」と言われ僕は思った。それって。それって。


「馬に乗らない騎士はただの兵士なのでは……?」

「あっ、ほんとだね。アキドレア兵団に改名しようかな」


 いいのかそれで。いいのかそれで。想像していた騎士と違いすぎてあまりの緩さに驚かされてばかりだ。


「それじゃあまずは一番隊の適性からだな」


 前に進み出たローグさんに僕は「よろしくお願いします!」と頭を下げた。



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