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拝啓、愛しの男装令嬢〜音楽少年の残念な恋愛奮闘記〜  作者: らめんま。
二章 騎士団生活の始まり
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6 青薔薇の祝福と星降る夜の小さな恋

「すっかり遅くなってしまった……!」


 ドレスの箱を抱え、ばたばたと走る。

 アキドレア家の城に着くと門の前には誰も居なかった。従者を新たに雇う余裕もないと言っていたから門番が居ないことが予想できる。


「あれっ、待てよ……?どうやってクラリスさんを呼べばいいんだろう」


 僕の家には当然門番が居る。門番に用件を告げて、それを主人に伝えてもらうのだ。門番が居ないとそもそも来客に気付けない。


 どうすれば。


「あれ、どうしたのルートこんな時間に。道に迷ったの?」


 アキドレア家の玄関前で立ち尽くしていると、背後から声を掛けられた。振り向くとぽかんとした顔をしたアリアさんが立っていた。どうやらパーティーから今帰って来たようだ。


 僕は瞬間移動した。


「救世主!」

「うわっどうした」

「実はクラリスさんにお渡ししたいものがあるのですが門番が居なくて困ってまして……」

「あーごめんねうち門番居なくて……今鍵開けるね」


 渡りに船だった。なんというベストタイミング。


 玄関の扉の前に立ったアリアさんは「ええと、鍵鍵……」とジャケットのポケットを探り、「あれっ」と一声。ズボンのポケットに手を突っ込み、尻ポケットの中にも手を突っ込み。

 うーん?と首を傾げた後「あっ鍵玄関に忘れた」と顔を上げた。

 大丈夫かこの当主。


「だ、大丈夫ですか……?もしかして締め出されたんじゃ……」

「大丈夫大丈夫。中から開けてもらえば良いだけだから」


 そう言ったアリアさんは手に拳を握ると……ドンドンドン!と扉を殴……叩いた。


「ガイオス〜。クラリス〜。ミラ〜。ジョージ〜。誰でもいいから開〜け〜て〜」


 気の抜けるような声で呼んだ後、暫くしてバタバタと家の中から足音が聞こえて来た。

 アリアさんが振り向く。


「今度から用事がある時はこうして呼べば良いから」


 いいのかそれで。仮にも貴族の家なのにちょっと原始的すぎやしないか。


 ガチャッと扉が開く。

 中から天使(クラリスさん)が出て来て驚きのあまり比喩ではなく30センチ程ジャンプしてしまい、隣でアリアさんが「ブフォッ」と噴き出した。


「もう、お母さんったら……鍵忘れないでっていつも言って……あっルート!いらっしゃい!」

「ぶふっごめん……ルートくん連れて来たよ」

「飛び出す天使の仕掛け……?素敵なびっくり箱だ……」

「ねえ君って何でやることなすこと全部面白いの?」


 アリアさんは笑いに肩を震わせながら、「ただいま〜」と言いながらそそくさと階段を上って行った。

 そしてバタンと扉が閉まった向こう側から「あひゃひゃひゃひゃひゃ!」と大声で笑うアリアさんの声が聞こえて来る。


 クラリスさんの表情は苦く呆れていた。


「ごめんね、お母さん凄い笑い上戸で。ルートと会った後はいつもあんなふうに笑いながら床を転げ回ってるんだよ」

「床を転げ回ってるんですか?」


 そこまで面白い事をしている自覚はないのだけども。


「ルートの事、相当気に入ってるみたい」と言われ、僕は「それは嬉しいですね」とにっこりした。

 アリアさんは僕の未来の義母になる人だ。気に入ってくれているのなら万々歳。気が済むまで好きなだけ床をのたうち回ってほしい。


「クラリスさん、これ……」

「わっ、これ何……?大きな箱……」

「開けてみて下さい」


 箱を差し出すと、クラリスさんが恐る恐るといった様子で箱を開ける。

 そして箱の中身を見ると、驚きに目を見開いた。


「これ……ワンピース……!?えっ、ドレスもある……!」

「デザインの事はさっぱりだったのでほぼほぼうちの母に頼んだんですが……使う布は僕が選んでみたんです。クラリスさんに似合うと思って……」


「気に入って貰えたら嬉しいです」と微笑む。クラリスさんはワンピースを自分の身体に合わせて瞳を輝かせた。やっぱり僕の見立て通りよく似合っている。ワンピースを見つめる金色の瞳がキラキラしてとても綺麗だ。


「このくらいの身長でこのくらいの細さでこんな髪と瞳の色の可愛い子だった!!!」とクラリスさんの特徴を事細かに伝え、それに近い色の布をずらりと並べあれでもないこれでもないと思案し選んだ日々を思い出す。

 たった一日でデザインを考えてくれた母さんと、社交界のファッションリーダーであるローゼブル侯爵夫人からの注文という事で他の注文を後回しにして、たった1ヶ月という短い期間で完璧な出来栄えの服を3着も仕立ててくれたお針子さん達には頭が上がらない。多大なる感謝だ。


「スカートはアキドレア家の女性のしきたり違反になってしまうんじゃないかってちょっと不安だったんだけど……クラリスさんが今日スカートを履いていて安心しました。訓練がない休日とかに着て頂けると嬉しいです」

「ま、待って待って!ぼく、ドレスを着る予定なんて……」

「ええと、それは……」


 公式な場では男装をするアキドレア家の娘がドレスを着る予定などない。そんな事は分かり切っていた。

 それでも贈らずにはいられなかったのだ。


 僕はそっと彼女の手を握った。思いっきり口説くつもりで。


「そのドレスを見て……僕の事を思い出してくれたら嬉しいなって思って」

「えっ?そんなのいつでも考えてるけど」

「ぐっ」


 返り討ちに遭った気分だ。なんて殺し文句。これで全然僕のこと男として見てくれてないなんて嘘でしょ。

溶けそうになった身体を抑えて向き直る。うわっ上目遣い可愛い。


「いつもルートのこと考えてるよ?」

「うん、うん……ありがとうございます。でもそうじゃなくて……」

「?」


 首を傾げてしまった。可愛い。でも悲しい。


「ええと、それとあともう1つ渡したい物があって……」


 僕は後ろ手に持っていたものを取り出した。ローゼブル領ではよく目にする青い薔薇だ。ローゼブル家の象徴である青い薔薇を異性に渡す事はローゼブル領では求愛(プロポーズ)の意味合いにもなる。しかしそれは恐らく遠く離れたこの地では知られていないだろう。


『僕のこの想いに、きっと彼女は気付かない』


 今はまだそれでいい。でも伝えたくて仕方がない。貴女に恋するこの身勝手な心を許して欲しいという願いを込めて。


「貴女に青薔薇の祝福を」


 跪き、微かに薔薇の花びらに唇を触れさせる。驚いた顔をした彼女の手に薔薇が渡り、僕は眉を下げて微笑んだ。


「おやすみなさい、クラリスさん。……いい夢を」

「……うん、ルートもね」


 近くて遠い。彼女は目の前に居るのに、僕のものにはなってくれないのだ。


『いつか必ず手に入れてみせる』


 と、彼女が弾かれたように顔を上げた。


「あ、そういえば」

「へ」


 彼女の掌が僕の頬を包んだ。彼女の顔が近付いてくる。そして。


 ちゅっ、と額に柔らかな感触が伝わった。

 ぽかんとして顔を上げると悪戯っぽく笑っている彼女と目が合った。


「おやすみ。また明日ね!」


 甘く爽やかなシャボンの香りを残し、バタンと扉が閉まる。

 彼女が居なくなった玄関で僕は。


「反則すぎるでしょ、もう……!」


バシャンと液体と化した。


 ずるい。ずるすぎる。こんなに僕を虜にしておいて彼女は僕のことなんて何とも思っていないのだ。


「……明日から本気で頑張らなくちゃ」


 彼女を手に入れるため。


 なんとしてもこの地で生き残ってみせるのだ。



 *.。.:*・゜*.:*・゜*.。.:*・゜*.:*・゜



「お母さ〜ん」


 玄関で声を上げると水の入ったコップを片手にお母さんが出て来た。お行儀が悪いのはいつものことなので何も言わない。


「はいよ。あれ、ルートくん帰ったの?」

「うん。なんか贈り物、ってドレスとかワンピース貰っちゃった」

「え!?」


 お母さんはコップを傍の棚に置き、箱を開けた。中にはとんでもなく上質な布を使用したドレスが入っている。


「青と白のグラデーション……?ローゼブル家の色……ガチじゃん……」

「あと、これ」


 ルートがくれた青い薔薇を見せると、お母さんの顔が引き攣った。


「それ、どうしたの……?」

「ルートに貰ったの。綺麗だよね。『貴女に青薔薇の祝福を』って、なんか王子様みたいでかっこよかったなあ。ルートってちょっとキザなとこあるよね、嬉しいけど」

「……マジかぁ」

「ねえお母さん花瓶ない?これ部屋に飾りたいんだけど」

「うん、花瓶。花瓶ね……。どこにやったかな。探しとくからクラリスは先にそれ持って部屋に戻ってなね」

「はぁい」


 ふらふらと物置の方角へ消えたお母さんを見送り、ふふふと思わず笑みがこぼれた。


「綺麗だなぁ」


 先程の、絵本に出てくる王子様みたいに跪いたルートの姿を思い出す。

 あの時のルートの表情は、何故だか切なくて、視線が熱くて、見つめられるとぎゅっと胸が苦しくなるような気がした。


「……?どうしてだろ」


 まだ熱が残っているのかもしれない。つむじの辺りを撫で、うーんと首を傾げる。


 なんだか胸の辺りがそわそわするのだ。


 初めての友達だからだろうか、ルートと居ると胸がドキドキして楽しくて、嬉しくて。ずっと一緒に居たいと思ってしまう。どこにも行って欲しくなくて、ぎゅっと抱き締めてルートがそこに居ることを感じたくなる。


「友達っていいなぁ」


 ルートのことを考えると口角が自然と上がってしまう。

 考えるだけで幸せになるのに、こんな綺麗なドレスまでくれるなんて。


「ずっと考えてるに決まってるじゃんねー?」


 青い薔薇にえへへと笑って、ぼくは自分の部屋に戻った。



 ・・・・・・・・・・



「うーん無いなあ……どこだぁ?」


 ごそごそと物置を探るが花瓶らしきものは見当たらない。


「あーそういえば落として割った記憶が」


 厨房へ向かうと水を飲んでいる夫の姿を見つけ、アリアはパッと表情を綻ばせた。


「ガイオス!」

「アリアさん。お帰りなさい」

「ふふ、ただいま。ねえガイオス、なんか花瓶っぽいものない?」

「花瓶はアリアさんが昔ぶつかって落として割ってた気が……」

「そうそう、だから花瓶っぽいもの」

「少しは反省してね」


 やれやれと言いながら細長いガラスのコップを渡される。5色セットで昔取り引き先から貰ったものだ。綺麗だったので勿体なくて今まで使わずじまいだったのが役に立った。


「緑と青と赤と黄色とピンクがあるけど……どれがいい?」

「あー青い花に青いコップって変かな?」

「変だとは思わないけど、花を主張したいのなら緑か黄色の方がいいんじゃないかな」

「おっけー。じゃあ黄色にするよ」

「もう割らないでね。……聞いてないな」


 厨房を後にし、そういえばと再度物置に戻る。

 ドレスを飾るためにはトルソーが必要だろう。


「お、あったあった」


 無ければ訓練用の人形で代用する所だった。アリアはトルソーを肩に担ぎ、廊下を歩き出す。


「……あのお坊ちゃん、やってくれるなぁ」


 青薔薇のプロポーズに、自分の色のドレスを贈るとは。

 クラリスに意識して欲しいのは分かるが大胆にも程があるんじゃないだろうか。


 しかしそれの意味を全く分かっていないクラリスもクラリスだが。


「ぶふっ」


 先程の娘の反応を思い返し噴き出す。素直に純粋に贈り物を喜んでいる様子だった。

 ……あの鈍感娘にはあれくらい積極的な方がいいのかもしれない。


 アリアはにやにやと上がる口角を押さえ、クラリスの部屋へと急いだ。


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