5 肉料理と同室親睦会
ノアさんとグレンさんに呼ばれて部屋の中に入る。
部屋はベッドが3段と姿鏡が1つ、クローゼットが一つと4つ角のテーブルが1つあった。
グレンさんがガタガタとテーブルを動かして部屋の真ん中に寄せ、奥側の地べたに片膝を立てて座る。
「早くしねぇとオレが全部食うぞ……」
「せっかちだなぁグレンくんは。ルートくんも遠慮せずに座って?」
「あっはい!それじゃあ失礼します」
ベッドを背にして正座して座る。時計を見ると8時だった。パーティーが始まったのが6時だったから、意外にもあれから2時間しか経っていないらしい。
「コイツのコップどこだ……?これか」
「あ、ありがとうございます」
マイロさんが荷解きしてくれていたおかげで食器もすんなり見つかった。マイロさんに感謝だ。
「水しか無いけど別にいいよね〜」
「飲み物もかっぱらってくれば良かったのに……使えねぇな……」
「無茶言わないでよ〜。アリア様に渡されたお皿だけで精一杯だって」
ノアさんの持っていたお皿がどん、と音を立ててテーブルの真ん中に堂々と鎮座した。確かにこれを片手で持って運ぶのは難しそうだ。
「そんな事言うならグレンくんも付いて来れば良かったんだよ」というノアさんにグレンさんがちっ、と舌打ちした。反抗的だ。
「はいそれじゃ、新たな仲間を歓迎して……乾杯〜!」
「乾杯……」
「か、乾杯!」
カン、と子気味のいい音を立ててコップが重なり、喉を潤す。
グレンさんが大皿から取った肉にそのまま大口を開けてかぶりついた。
「あっグレンくんお行儀悪い〜」というノアさんの声にも無反応だ。ひたすら肉にがっついている。
「グレンくんったら……。そろそろ自己紹介するよ〜。ほらルートくんと最初に会ったグレンくんから」
「仕方ねぇな……」
肉を噛み切ってごくんと飲み込み、グレンさんが首だけこちらに向けた。
「グレンだ。ここには一ヶ月前に入った。……歳はオマエと同じくらいだ」
「グレンさん。よろしくお願いします」
「グレンでいい……」
グレンはそれだけ言うとまたむしゃむしゃと皿の上に意識を集中させてしまった。
ノアさんがやれやれとため息を吐く。
「全くもうグレンくんったら食い気ばっかりなんだから……。じゃ、次は俺だね」
泣きぼくろのある色気を感じさせる瞳がこちらを向いた。男の僕も魅了されてしまいそうな雰囲気だ。
「さっきも紹介したと思うけど〜、俺はノア。ノア・リゼットだよ。ここに来たのは春だから2ヶ月前かな。2人と同い年」
「えっ、大人っぽいからてっきり年上かと……」
身長が高いから1個か2個くらい上に見える。
正直に言うとノアさんは「嬉しい事言ってくれるね〜」とケラケラと笑った。
「でも俺も14だよ。俺たちみんな同い年」
「アキドレア騎士団の最年少がこの部屋に集まってるわけだね」というノアさんに「僕たちより上は?」と尋ねると「ここに居るのは騎士学校卒業した人が主だから18歳以上かな」と言われた。
僕はクラリスさんの婚約者候補として体験入団したのだけれど、この2人も何か別の理由があってここへやって来たのだろうか。なんだか謎が多そうだ。
「ルートくんは?自己紹介。俺たちルートくんの事も知りたいな」
「僕……僕は……」
グレンさんをちらりと見ると、ムグムグと口を動かし、口の周りを肉汁でべとべとにしながらこちらを向いていた。どうやらちゃんと話を聞く気はあるらしい。僕はこほんと咳払いをひとつした。
「僕はルート・ローゼブルです。ローゼブル侯爵家の次男で、ここに来る前はピアノの演奏とか、作詞作曲とかをやってました」
「えっ!ローゼブルってどっかで聞いたことあると思ったら……ルートくんって侯爵家のお坊ちゃんだったの!?」
「オレは聞いたことない」
「そりゃまあ、グレンくんはねぇ……」
「音楽家が何しにここに来たんだ」というグレンさん。僕は「よくぞ聞いてくれました」と身を乗り出した。
「わぉ。ルートくん急にグイグイくるね」
「僕はクラリスさんの婚約者になるためにここに来たんです!」
「わぁお……いきなり凄い単語が飛び出して来た」
「婚約者ってなんだ?」
「えっ、まずそこから?言葉の意味通り、結婚相手の事だよ」
「オマエ結婚するのか」
「ルートくんまだ14歳だよ。お互いが結婚出来る年齢になったら結婚しましょうね〜っていう約束をすることを婚約って言うんだよ」
「…………?」
「グレンくんはよく分かってないみたいだけど、俺はちゃんと分かってるから」とノアさんが眉を下げて笑った。話が通じる人が居て良かった。
「……で、婚約者になる為に来たってどういう事?今はまだ婚約者じゃないって事だよね?」
「将来このアキドレア騎士団を率いる事になるのに剣を持った事の無いお坊ちゃんはお呼びでない……といったことを言われてしまったので、1年間という期限付きで騎士団の訓練生活に耐えられたら婚約者になれるという約束を取り付けてここに乗り込んだんです」
「えっ強くない?つまりルートくんはクラリス嬢のことが好きでここに来たってこと?」
「はい!」
「はぁ〜……ちょっと生きてる世界が違うわ……」
カチャンと音がして「理解不能だな」とグレンさんがフォークを置いた。
「あっ!お肉全部無いじゃん!野菜は!?」というノアさんにグレンさんが「苦い。要らん」と舌を出す。
そして衝撃の発言を零した。
「あの泥だらけのズボン履いた、男と変わらない短い髪したちんちくりんの何処がいいんだ」
「なんだと貴様ーーーッ!?クラリスさんを愚弄するなーーーッ!!!」
「わーーーっ!?ルートくんがブチ切れたーーー!?」
許すまじ。生かしてはおけない。
グレンさんに殴り掛かろうとしたところでノアさんに取り押さえられた。
「ノアさん離して下さい!僕はこいつを一発殴る……!」
「落ち着いてって!うわ力強っ!ルートくん見た目は大人しそうなのにめちゃくちゃ喧嘩っ早いじゃん!」
「な、なんだよ本当の事だろ……!?」
「いーや貴方は分かってない!いいですかクラリスさんはですね……!」
くどくどとクラリスさんの魅力を語ること数十分。クラリスさんとの出会いから始まり、その時の可愛かったポイントなどを語っていると、最初は仕方ないなぁと聞いていたノアさんもだんだんとげんなりしてテーブルに突っ伏し、グレンさんはいつの間にか仰向けに倒れていた。
「あの時のクラリスさんは本当にもう世界一可愛くて!いやクラリスさんは毎分毎秒可愛いんですけど……って、あれっ?なんで2人とも倒れて……」
「もういい……もういいもういいオマエがクラリスを好きなのはよ〜く分かった。悪く言ったことは謝るからお願いだから勘弁してくれ……」
「凄い、グレンくんが謝った……悪いけど俺もちょっと限界かも……」
「まださっきのパーティーのくだりまでしか語り終えてないのに!?ちょっと待って下さいよパーティーの途中に2人で抜け出して月明かりの下でですね……!」
「勘弁してくれ……」
なんてこと。まだまだ全然話し足りないのに2人ともぐったりしてしまった。
「え〜……そんなに話してないのに……」と時計を見ると8時半だった。ほら、20分位しか話してない。
あと10分くらい先程2人で過ごした時間について語り、そのあと30分くらいは理想の甘い婚約者生活についても語りたいところ。うーん、やっぱり30分じゃ足りないな。2時間にしよう。
……いや待てよ、何か大事な事を忘れているような気がする。
「あっ!!!クラリスさんにドレス届けなきゃ!!!」
何故こんなに大事なことを忘れていたのか。慌ててコップの残りの水を煽ると、水はすっかりぬるくなってしまっていてコップについた水滴が手を濡らした。
勢いよく立ち上がり、部屋の隅に積まれた箱の中身を確認する。
『よかった、ドレスちゃんとあった』
マイロさんに感謝だ。
僕はドレスの入った箱を抱えると「すみません僕ちょっと出て来ます!」と言って部屋を飛び出した。
――ルートが慌ただしく去った後の部屋では、屍と化したグレンとノアが「あいつ……見た目よりやばい奴だった……」「ルートくんの前でクラリス嬢の悪口は禁句だね……」と項垂れていた――。




