1 お茶会と運命の再会
お茶会は賑わっていた。優雅に茶を飲みあちらこちらで談笑する貴族達。
「じゃ、ボクはコレット探して来るから。まあ適当に楽しみなよ」
兄さんは会場に着くなりひらひらと手を振り、上機嫌であっという間にどこかへ行ってしまった。
「ルートは行かなくていいの?」
「うん、僕は父さんと一緒に居るよ。にわかに心細いし」
「同感。父さんから離れるなよ。泣くぞ。父さんが」
「泣かないでよ」
あいにく僕はまだ本格的な社交界デビューもしておらず婚約者もいない身で、それどころか社交に興味が無さすぎて知り合いもほぼ居ない。
ほぼ、である。全く居ないとは言っていない。
「クリスくん。そうだクリスくん居るかな!今日こそ!」
「まーたクリスくんか。もう諦めなよ〜あれから1度も会えてないんでしょ?」
「もう顔も忘れちゃったけど一緒に歌を歌ったんだ!友達以外の何物でもないよ!」
「そんな同じ釜の飯を食えば仲間みたいな……」
幼い頃に出会った、クリスと名乗った緋色の髪の男の子。泣き虫で、でも一緒に居ると温かくて大好きだった。
あの子いったいどうしてるんだろう、僕の唯一の友達なのに。
「ほんとどこに居るのクリスくん!また会えたら一緒に遊ぼうと思ってゲーム一式揃えたのに!」
「どうどう……」
カードゲームやテーブルゲームなどの一緒に遊べるゲーム類を集めまくったのに、肝心の彼とは会えないままだ。
遊び相手の庭師のポムじいとの仲ばかり深まっていく。なんてこった。
「それにしても、あの頃のルートは所構わず何処にでも登りたがるしほんと猿みたいだったなぁ。木登りルーちゃん。懐かしい」
「まあ子どもはそんなもんでしょ。庭の木の枝折ってからはもう止めたじゃん」
「おっまえ全く悪びれもなく!あの木めっちゃ目立つのに!……ほんとどうしてこんな小生意気な子に育っちゃったんだろ……父さん何か子育て間違えたのかなぁ……はぁ」
昔、僕がまだ5歳くらいの頃。
初めて参加した王家主催のお茶会で、あの日も僕は元気に暴れ回り、大人しく茶なんか飲んでられっか僕はコーヒー派だと華麗にサボタージュをキメていた。
そんな時だ、彼と出会ったのは。
やるも事なくて暇だし、とりあえず庭に生えている一番でかい木にでも登って下々の民を見下ろしてやるかと木に近付いたその時。
『ひっく……ひっく』
木の後ろから誰かの嗚咽が聞こえて来たのだ。
『誰か居るの?』
そっと木の影を覗くと。
そこには目を真っ赤にして泣き腫らしてしゃくり上げている、僕と同い年くらいの男の子がしゃがみ込んでいた。
『どうしたの、そんなに泣いて』
『うっ、うぅ……っ!ぼくのこと、みんな変だって言うんだ……。オトコンナだって、からかわれて……え〜ん……!』
『変?』
男の子をまじまじと見つめる。赤い髪はちゃんと短く切り揃えられており、シャツを着て、ズボンを履いて、ベストにネクタイまでちゃんと締めている。何も変な所など無い。
むしろ母さんの趣味で髪を伸ばされ、ドレスを着せられどっかの国のお姫様みたいな格好をしている僕が一番変であった。
オトコンナ、という単語は知らなかったので僕は華麗にスルーした。
『よく分かんないけど……お歌を歌えば悲しくないよ』
何かあったのかと少し気にはなったものの、それよりも遊び相手が見つかったことに対する喜びの方が大きく。
僕がするすると木を登ると、彼は呆気に取られて目を丸くしていた。おいでと手を伸ばすとおずおずと小さな手が差し出され、僕はその手をぐいっと引き上げて上まで登った。
時刻は昼過ぎ。既に陽は傾き、太陽が赤く燃えていた。
夕陽に照らされ、辺りが蜂蜜色に染まる。
木の頂上に辿り着くと、彼は蜂蜜色の瞳をきらきらさせながら「綺麗」と呟いた。涙はすっかり引っ込んだようだった。
僕は嬉しくなって、その時即興で作ったでたらめな歌を歌った。
『蜂蜜色の夢の中でまた会おう
甘い紅茶の香りの中で
出会えたことを忘れないでね
ずっと僕達友達だ』
小さい頃から僕は音楽家だった。木の上で高らかに歌えば、ぱちりと涙に濡れた瞳と視線がぶつかる。
『すごい。それなぁに』
『ともだちの歌!このお歌を歌えば、この綺麗な景色も僕のこともずっとずっと忘れないでいられるでしょう?』
『……うん!』
そう言って笑った彼の潤んだ蜂蜜色の瞳は、木の上から見た景色なんかよりもずっと綺麗に見えた。
それから僕達は木の上でともだちの歌を繰り返し繰り返し歌い、顔を夕陽より真っ赤にした父さんが迎えに来たので別れたのだった。
あのでたらめなともだちの歌を、僕は今も忘れずに覚えている。
それなのに。
悲しいことに、あれ以来クリスくんには会えていない。実質友達はゼロである。
僕はしょんぼりと肩を落とし、大人しく父さんに引っ付いて行動することにした。
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「ルート、アンディエゴ侯爵だ。適当に挨拶してくるからケーキでも食べていなさい」
こそこそと声を潜めて父さんが向かった先には腹のよく出た恰幅のいい男性が居た。
その男性は「やあ、オリブくんじゃないか」と嫌な笑顔を浮かべると自分の自慢話から始まる挨拶をし、さらに嫌味な自慢話をべらべらと話し出した。とことん嫌な人である。
僕は「すごーい」とか「そうなんですねー」などと言いながら自慢話を受け流している父さんをケーキ片手に眺める。
「大人って大変だなぁ。あ、このケーキ美味しい」
暫くするとやっと解放された父さんがこちらに戻って来た。その顔はどこかゲッソリとやつれている。
「お疲れ様。アンディエゴ侯爵はなんて?」
「自慢、自慢、自慢の嵐!もうやだ帰りたい!これだから社交は嫌なんだよ!帰って愛する妻に会いたい!頭よしよしなでなでされたい!」
「勢いが凄い……」
馬車の時より酷い。既に涙目だ。こんなところで泣かないで欲しい。
「ほら、これ美味しいよ。食べて元気出して」
「うう、ありがとう……。はぁ、どこで食べようかなぁ……」
ケーキの皿を手にきょろきょろと辺りを見回していると、丁度誰かを見付けたらしい。父さんがおやと目を見開き、しかし今度は先程とは違ってぱあっと表情を明るくさせた。
「アキドレア辺境伯様!」
「おや、ローゼブル侯!」
燃えるように赤い髪の人物が振り向く。髪が短かったので男性かと思ったが、よく見ると背の高い美しい女性だった。しかし男子はスーツ、女子はドレスが当たり前の社交場の中で彼女が纏っているのはモーニングドレスではなくスーツである。そういう趣味なのだろうか。
「アキドレア辺境伯様だ。代々女性しか爵位を継げないという変わった風習がある、あの名門の。この間セシルがバランス栄養食とやらを送った」
「ああ、カロリーバーとかいうやつね。アキドレア騎士団に卸したんだっけ」
一時期、母さんに何かを囁かれた兄さんがコレットさんと一緒に何やら台所を荒らしていた事があった。
その時作っていたクッキーのようなビスケットのような、棒状の「カロリーバー」なるものをレシピ化して大量生産し、騎士団に卸したのだ。どうやらそれで繋がりが出来たらしい。
「先日はお取り引きして頂きありがとうございました。おかげでうちの騎士団も以前より俄然稽古に身が入っているようです」
「いやぁ、私はなんとも。うちのせがれが言い出した事ですので」
「差し支えなければ是非これからもあの素晴らしい商品を我が騎士団に流通して頂きたいと思っているのですが」
「ええ、勿論。貴女様が守っていらっしゃるのは敵国から狙われやすい上に魔物も襲い来るとても難しい土地です。我が領からは物を流す事しか出来ませんが、私にも国境を守る手助け、ひいてはこの国の平和の為に働く事が出来ていると思うと心から嬉しく思います」
「はははっ、そのように言っていただけるとこちらも辺境伯なんてものをやっている甲斐があるというものです。今度ともどうぞ末永い付き合いをよろしくお願いします」
がっしり、熱い握手を交わす。女性ながら父にも劣らない力強さだ。
かっこいい女の人だなぁなんて思っていると、ついと流れたアキドレア辺境伯の視線がこちらを捉え、「おや」と目を瞬かせた。
「失礼、ご挨拶が遅くなりました。ローゼブル侯のご子息で?」
力強い眼差しを向けられどきりとする。
こくりと頷くと形の良い唇が嬉しそうに弧を描いた。
「私の子どもと歳が近そうだ。君、名前は?」
「ローゼブル家の次男、ルート・ローゼブルと申します。歳は14です。以後お見知りおきを」
「おや、うちの子と同い年だね。私はアリア・アキドレア。アキドレア家11代目当主に当たる。どうぞよろしくね」
手を差し出されたのでそっと握る。白くすべすべとした貴族女性の手とは違い、日に焼けて剣だこや傷で少しごつごつした手だった。
僕が驚いた顔をしていたのがばれたのだろう、アキドレア辺境伯様は「女らしくないと思ったかい」と笑った。
「アキドレア家の女は皆こうだ。幼い頃から剣を持たされ、一生剣を握って生涯を終える。手袋をしようかと思ったのだが生憎家に置き忘れてしまってね。驚かせてすまない」
「いえ、そんな……!」
どうやら失礼な行動を取ってしまったらしい。僕は慌てて首を振った。
「僕は家に篭ってピアノばかり弾いていて、剣なんか持ったことも無いんです。だから憧れるなぁって。かっこいいと思いました!こちらこそ驚いてしまってすみません。失礼な態度をとってしまったことをお詫び致します」
僕の言葉に、剣だこを撫でていたアキドレア辺境伯様の手が止まる。そして好奇心の強そうなシャンパンゴールドの瞳がまじまじとこちらを見つめ、次いでふっと優しげに微笑んだ。
「ありがとう、小さな紳士さん。君の作る音楽は私も好きだよ。うちの子も『花売り娘』なんかをよく口ずさんでいる。素敵な曲を生み出す才能を持つ君を私も尊敬する」
僕が発表した曲を聴いてくれていたらしい。遠い辺境まで僕の作った曲が届き愛されていると知り、心臓から血が巡るドクドクという音がいつもより大きく聞こえた。
「嬉しいです!ありがとうございます!」
「ふふ、元気が良くてよろしい」
アキドレア辺境伯様は満足げに口角を上げると、ずっと後ろでにこにこしながら様子を見守っていた父さんの方を振り向いた。
「もしよろしければ、うちの子を呼んできても?彼となら引っ込み思案なうちの子も仲良くなれそうだ。今後の為にも是非仲良くしてやってほしいのですが……」
「ええ、勿論構いませんよ」
「ありがとうございます」
アキドレア辺境伯は父さんの言葉に騎士のような礼をとると機嫌良さげに口の端を持ち上げ、背中を向けて優雅に去っていった。
「アキドレア辺境伯様、モーニングドレスじゃなくてスーツ着てたね。女の人なのに」
「アキドレア家の風習なんだって。国王様も認めてるよ」
「へー」
アキドレア辺境伯家は代々続く武道の名門だ。
初代当主は女性で、性別を男と偽り騎士として戦争の最前線に立ち、次々と迫り来る敵国の兵士達を薙ぎ払ったという歴史がある。
以来、本来ならば国を守った功績を称えられて公爵位を与えられるところ、体を動かしていないと落ち着かないからという理由で辺境伯として国境を守っている。
「彼女はあれでいてアキドレア騎士団の総司令官だ。父さんが全力で襲いかかっても軽く捻って返り討ちに出来るほどの実力があるんだよ」
「相手が父さんなら誰でも勝てるでしょ」
「酷くない?これでも若い頃は護身術齧ってたんだよ?結構強いんだよ?」
「へー」
「へーって!傷付いた!父さん傷付いた!」
僕の気のない返事にぷんすこと怒りケーキを頬張る様子からは全く威厳とかそういったものが感じられない。頑張れば僕でも倒せそうだ。
試しに手を開いたり握ったりしてみると「ひぇっなにしてんの怖ぁ」と情けない声が飛んで来た。いけそうだ。
「そういえば辺境伯様、僕と同い年の子どもって言ってたけど男の子かな?」
「いや、アキドレア家のお子さんは確か一人娘だったはずだよ。辺境伯と言うだけあって住んでる土地が土地だから滅多に王都には出て来られないし、私も直接は会ったことがないけどね」
「女の子かぁ」
女の子って正直苦手だ。なんだか変な理想の王子様像を押し付けてくるし、何かあるとすぐ泣いていつの間にか僕が悪者になっているのだ。いつもいつもそんなかんじで父さんに叱られるので女子に対してあまり良い印象を持っていない。
「ルートに女の子の友達かぁ……同性の友達も居ないのに」
「父さんに似たんだよ。あとクリスくん居るもん」
「酷い!ちゃんと友達居るもん!取引先の人ばっかだけど!」
そんなこんなで親子で戯れているとアキドレア辺境伯が帰って来た。
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