4 亡霊少年と魅了の美少年
宿舎はお世話にも新しいとは言えないくらい築年数が経っていて、長く使われている事が分かる建物だった。
あちこちに剣のようなものが当たって出来たと思われるひび割れや傷があり、騎士団っぽいなと傷を指でなぞる。
「古いところでごめんね」
「あっ大丈夫です!お気になさらず……!」
「石造りだから頑丈だし、よっぽどのことが無い限り壊れないから乱闘騒ぎとかがあった時にはいいんだけど、ちょっと勝手が悪くてね。もう築30年以上は経っているらしいから……」
「建て替えが出来れば良いんだけど」と零すガイオスさんのジャケットの内側には、目立たないものの何度も縫い直した跡があった。ガイオスさんに新しいジャケットを贈るのは簡単だけど、この領地自体を復興するのはかなり難しいように感じる。
『何か良い手立てがあればいいのだけど』
僕は息を詰め、黙ってガイオスさんの後について歩いた。
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ガイオスさんに案内されたのは、階段を上がってずらりと一列に並んだ部屋の中で一番端にある部屋だった。西の小窓から月が見える。夕方は陽が射して暑くなりそうだなぁ、なんて思っているとガイオスさんから「ここがルートくんの部屋だよ」と鍵を渡された。
「ありがとうございます」
「ルームメイトはもう帰って来てると思うよ。2人ともいい子達だから心配要らないはず」
「楽しみですね。それでは早速」
こんこん、とノックして鍵を挿す。
ガチャッと扉を開けると、部屋の中心であぐらをかいていた人物がゆらりと振り向いた。
「……来たのか……」
「ヒェッ……!」
どんよりとした雨雲を連想させる、もっさりとうねった灰色の髪。分厚い前髪で目は隠れ、代わりに口の隙間からギザギザとした歯が覗いている。
「待ってたぞ……」と少年の口の端がにぃいっと吊り上がり、青白い手がひらひらと手招きした。
その様はとても人間には見えず……。
バタン。
「…………」
僕はドアを閉めた。
「……ルートくん?」
「悪霊退散!!!」
「落ち着いて。お化けじゃないから」
『えっ、お化けじゃないの?』
尚もビシィッ!と腕で十字架を作っているとガイオスさんに「落ち着いてね」と宥められた。
「ちょっと変わった子ではあるけどいい子だよ」
「いい子……」
見てはいけないものを見てしまったと思って思わず閉めてしまったが、そうか人間だったのか。
驚きのあまり失礼な態度を取ってしまった。ちゃんと心を落ち着けて、きちんと挨拶しなければ。
「よーし……」
いざ!とドアノブに手を掛けたと同時にドアノブが独りでにギュルンと回り、青白い顔が覗いた。
「おい、何閉めてるんだ……」
「うわァーーーッ!!!出たーーーーーッ!!!」
「……?コイツ大丈夫か……?」
「ごめんね、この子ちょっと勘違いしてるだけだから気にしないで」
細く骨ばった腕はガリガリで、見るからに体調が悪そうに見える。最早今にも死にそうな……いやもう死んでるんじゃないでしょうか、お願いだから成仏して下さいと言いたくなるのを僕はぐっと堪えた。
「ははは初めまして、きょきょきょ今日から同室でお世話になるルート……ローゼブルと申します……おえっ」
「ルートくん落ち着いて。深呼吸しよう」
怖すぎて吐きそうになり、ヒッヒッフーと繰り返すと少し落ち着いた。
「ちょっと違うけど……まあいいか」とガイオスさんに背中を撫でられ、目の前の亡霊少年には「なんだコイツ」と若干引かれた。
「すみません取り乱して……」
「オマエ変な奴だな……まあいいか。オレはグレンだ……」
変な奴って言われた。ちょっと失礼だなこの人。
まあ出会い頭に幽霊と勘違いして「出たァ!!!」と叫ぶ僕の方が5倍くらい失礼だけど。
グレンさんの声は僕より低い背の割にかなり低く、喋るとところどころ少し掠れている。ぼそぼそと喋るので普通の人より少し声が聞き取りにくい。まあ僕の耳なら聞こえるけど。
「よ、よろしくお願いします……。あの、失礼かもしれませんが体調の方が優れないのでは……」
「オレは普段からこんなんだ……」
「ご飯はしっかり食べてるかな?」というガイオスさんの問い掛けに「お陰様で」と返す辺り何か訳アリのようだ。栄養が足りてないのかもしれない。ご飯をしっかり食べて欲しい。
「もう1人の奴は今居ない。そろそろ帰って来る頃だと思うが……」
グレンさんが部屋から顔を覗かせたのと同時に、階段の方からゆったりとした足取りで階段を上がってくる足音が聞こえて来た。
振り向くと丁度その人物が顔を出したところで、「あ、今日来た子だ〜」と軟派そうな少年がにっこり笑った。
健康そうな肌色。場が華やぐような笑顔。
『よかった!今度こそ人間だ!』
生き生きしている。生き生きだ。魑魅魍魎の類でないことが一目見て分かる。
「同室の奴だ」
「初めまして!ルート・ローゼブルと申します!今日から同室でお世話になります!」
「元気良いね〜。俺はノアだよ。よろしくね〜ルートくん」
「オレの時と挨拶の仕方が違う気がするのは気のせいか……?」
ノアと名乗った少年が軽く余裕のある口調で微笑んだ。紫がかった肩まである髪に緑色の瞳の大人っぽい美少年だ。中性的な容姿で美人な女の人に見えなくもない。少し背が高く年上に見えるが、変声期前なせいで少し声が高い。
「遅いぞ……もうコイツ来ちまったじゃねえか」
「ごめんごめん。パーティーで余ったご馳走を拝借して来たんだ」
「アリア様が盛ってくれたんだよ。育ち盛りだからいっぱい食べなさいってね」とにっこりしたノアさんの手には皿に溢れんばかりに盛り付けられた肉料理が乗っていた。
なるほど、豪快に肉とキャベツのみをてんこ盛りにするあたりが実にアリアさんらしい。
「ああ、アリアさんが……。どんな様子だった?」
「酔い覚ましに風に当たりながら黄昏てましたよ。かっこよかったです」
「そっか……」
「ちゃんと自制して酔いを覚ましてるならよかった」とガイオスさんは胸を撫で下ろした。手のかかる妻を持つと苦労するらしい。
「ガイオス様、本日もお疲れ様です。ルートくんは僕達でしっかり面倒見ますのでご安心下さい」
「うん、君達が同室なら安心だね。よろしく頼んだよ」
ノアさんの頭をぽんぽんと撫でたガイオスさんはそのままグレンさんの頭を撫で、最後に僕の頭を撫でて微笑んで去って行った。
「お休み。明日から訓練頑張ってね」という優しい言葉を置いて。
「か……かっこいい〜……!」
聞くと安心する低重音ボイス。穏やかな微笑み。最早憧れしかない。
いつか僕もあんなふうになりたいと思う。恐らく一生無理だろうけども。
「ね〜ガイオス様かっこいいよね〜。俺達の憧れ。ほらルートくんも入るよ。俺達の親睦会ってことでさ」
「いつまでも突っ立ってないで早く入れ……」
「あっすみません!」
部屋に入るよう促され、僕は2人の後に続いて足を踏み出した。
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――後方の賑やかな声が扉に吸い込まれてパタンと閉じるのを聞き、ガイオスは微かに笑った。
「さて、これからどうなるかな」
ガイオスは少年が書いたあの可愛らしい手紙を思い出す。
まるで絵本の王子様のような内容の手紙だった。
しかしアキドレア家が求めているのは甘い言葉ばかりを囁く王子様ではなく、剣を振り強大な敵を打ち倒す力を持った騎士だ。
王子様は戦場では生き残れない。
戦場では誰一人として命を失わない保証などないのだ。
彼の母、予言の魔女が告げたという15年来の災害級の魔物の到来。
騎士学校を卒業したとはいえ戦場経験のない騎士が多い中、果たして魔物を打ち倒すことが出来るのだろうか。
もし生き残れるだけの力を身に付けられなかった場合、その時は……。
「……頑張って欲しいな」
ガイオスはまだ若き少年の命が儚く散らない事を祈り、宿舎を後にした――。




