1 不安な旅の始まりと可愛い生き物
2章開始です。
カラカラと馬車が軽快に走る。空は清々しいくらいの晴天で、夏の訪れを知らせる入道雲が時折太陽を隠している。
「はーーーーーー……」
僕はごろりと馬車の座席で足を組んで横になり、虚空を眺めていた。
何を隠そう、暇すぎて吐きそうなのである!
馬車は前回来た時と同じ道筋を辿っている。片道5日間の長旅をするスパンが短すぎる。
故に、変わり映えがしなさ過ぎて「あっ!あんな所にあんなものが!」……なんて楽しみも皆無。外を眺める事さえも億劫で。
半分脱げた靴、だらりと座席から落ちた腕。
僕は貴族の子息にあるまじき格好でだらだらと寝転がっていた。
「ルート様、いけませんよ」
「マイロさん……」
「だらける時は靴を脱いで完全に座席に上がり、手は頭の後ろで組んでこうです!」
「さすがマイロさん……寛ぐ時でさえも全力だ……!」
なんと今回はマイロさんも一緒だ。
僕のお試し騎士団入団期間中、金色のおかっぱ頭がトレードマーク、ローゼブル家で3番目に仕事が出来る男!……なマイロさんが僕の専属執事としてサポートをしてくれるらしい。
そして期間中は僕と共に騎士団に入団するらしい。
……なんで?
「私、ローゼブル家にお仕えさせて頂く以前は冒険者として各地のダンジョンを巡っていました。それ故、今回のルート様の補佐をさせて頂くにあたって私も久々に体を動かそうかと」
「心を読まないで下さい」
「失礼致しました」
どうやらそういう事らしい。全力でだらけた格好で謝られても。
3年程前にうちにやってきたマイロさんは会話する機会は多い割に意外と謎が多い。口数が少ないという訳では無いのだけど、私生活が見えない上に行動が読めないというか。
常に冷静沈着、無表情がデフォルトで笑っているところをあまり見た事がない。マイロさんには趣味とかあるのだろうか。
「趣味はサボテンの世話です」
「へー……花じゃないんですね」
思考を読まれたことには突っ込まずに普通に返答する。
言わなくても分かって貰えるのは逆に考えればかなり楽かもしれない。いい人が付いて来てくれたものだ。
「花は度々存在を忘れ去って枯らしますので」
「えっ」
「サボテンもたまに枯らします」
「…………」
果たして僕はこの人にお世話されて大丈夫なんだろうか。
早くも一抹の不安が頭をよぎる。
「必要な仕事はきちんとこなしますのでご心配なく」
「僕も出来るだけ自分の事は自分でします」
この人に色々任せていたらいつか僕まで枯れてしまいそうだ。
「承知致しました」という声が返って来てこくりと頷く。
ガタゴトと揺れる馬車。暫し、車内に沈黙が流れた。
「…………」
「恋人は居ません」
「心読まないで下さい」
「失礼致しました」
微かに不安を抱えながらも馬車は走る。
愛しい少女の住む土地まで。
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自宅を発ってから5日後、目的地のアキドレア家に着いたのは夕方の事だった。
今日は既に訓練を終えたのか、前回の訪問時にめちゃくちゃに雄叫びを上げていた騎士達の声は聞こえてこない。
「着きましたね」
「ふが……着きましたね」
「マイロさん今寝てました?」
「滅相もない」
『絶対嘘だ……』
じとっとした目で見つめながらつんつんと頭を指で差すと、ササッと寝癖を直される。
……証拠隠滅されてしまった。
涼しい顔をして「ルート様、降りましょう」というマイロさんに頷き、ゆっくりと動きを止めた馬車から降りる。
その刹那。
「ルート!」
「はっ!!?」
目の前に立っていた少女の姿に僕は驚きのあまり目ん玉を飛び出させかけ、慌ててぱこっと目を手で押さえた。
そしてちらりと指の隙間から覗き見る。
赤い髪。少し潤んだ蜂蜜色の猫のような瞳。薔薇色に染まった頬。はにかみ、ちらりと見える八重歯……。
クラリスさんだ。
「クラリスさん!」
「いらっしゃいルート!会いたかった!」
「ぐふぉ」
満面の笑みでお出迎えとは。もうなんなんだこの生き物可愛すぎるほんとなんなんだ。
が、しかし。今日はいったいどういうわけなのかそのまた更に可愛いことになっていた。
「クラリスさん、今日はスカート……」
そう。クラリスさんがスカートを履いていた。
くるぶし丈の黒くシンプルなスカートが風でふわりと揺れ、そこから少し筋肉の付いた健康的な脚が覗く。そして胸元にフリルの付いたクラシックな生成のブラウスが清楚可憐を通り越して最早天使。可愛すぎてひっくり返りそう。
「うん、お母さんからルートが喜ぶって聞いて。ルートこういうの好きって聞いたんだけど」
「好きです好きです」
「あれ?まだ何も出してないんだけど……」
壊れた首振り人形のようになってしまった。不思議そうに首を傾げるその仕草も可愛いのがニクい。
「この間のパーティースーツも訓練着も似合ってましたけど、今日のスカート姿は世界一可愛いです!すっごく似合ってます!」
そう言うと、クラリスさんの目が驚きのあまり満月のようにまん丸になった。
「か、可愛い……?可愛いって言われるのは、予想してなかったんだけど……」
「とっても!可愛いと思います!」
「う……えっへへへへへ、そうかなぁ。んふふふふ」
いや照れ方可愛すぎないか。
嬉しそうににやにやもじもじしてる。なんだこの生き物。なんだこの生き物。
「可愛い?」
ふわりとスカートを揺らし、クラリスさんが微笑む。僕は脊髄反射で「可愛いです」と返した。
「じゃあこれは?」
「ほあっ!?」
突然クラリスさんがスカートを捲り上げた。綺麗な脚が丸出しだ。
と、
「ルート、こういうの好きなんでしょ」
太ももに付いた黒いベルト。そこからクラリスさんはナイフを取り出して、ちょっと気取ったふうに両手でポーズを取った。
「じゃーん!ナイフが出てくる仕掛けでした!びっくりした?」
「…………」
「ぼく足が細いみたいで、これほんとはベルトをふくらはぎに着けるやつなのにずり落ちちゃって。でも太ももならぴったりだったんだよね〜……って、あれ?ルート……?」
限界だ。
ぶしゃあっと僕の身体から水が吹き出し、クラリスさんが悲鳴を上げた。
視線が一気に低くなり、ああと思う。
僕の身体が溶けたのだ。
「る、ルート……!?えっこれルートなの!?」
「……るーとです」
「うわ喋った!ルートだ!」
僕の家では代々水の魔力を持った男が生まれる。その中でも僕は魔力量がとても多く、身体を水のように変化させることもできる。
水を沢山飲めば大きくなるし汗をかいたり泣いたりして水分を放出すれば小さくもなる。
そして。
「……どうようするとからだがとけちゃうんです……。おどろかせてしまってごめんなさい」
「…………」
スライムのようになった僕を見つめ、クラリスさんが怖々と頷く。
普通の貴族令嬢だったらスカートを捲ってみせるなんて事絶対しないだろう。普通の貴族令嬢だったなら。
しかしクラリスさんはほぼ社交の場には出て来たことがない。故に感覚は騎士の方が近いのだろう。肌を晒すことに抵抗が無いのか。
『精神鍛えよう』
僕の騎士団での目標が出来た。
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「あのね、ルート……ぼく、きみに謝らなくちゃいけないことがあるんだ」
「え?さっきの事ですか?」
「うっ、さっきの事もあるけどそうじゃなくて……」
騎士団の宿舎へ行く道の途中、クラリスさんから漂うやんごとない空気を察知して振り向く。あっ太ももをまた思い出してしまった。いかんやっと人の姿を保てるようになったのにまた溶ける。
「この間はごめんね。……せっかく君と会えたのに逃げちゃって。あの時はぼく、訓練終わりで凄く泥だらけだったから……恥ずかしくて」
「ごめんね」と振り向いたクラリスさんの眉が悲しげに下がっている。
「大丈夫、全然気にしてないですよ」
嘘である。僕はあの後馬車で大泣きして帰宅後兄さんに慰められるという痴態を晒した。気にしまくりである。
「ルートが来るって知ってたらちゃんとシャワー浴びてたのに……」
「は!?湯上がり!?いやそれはそれでちょっと会ったらやばい事になっていたかもしれないので勘弁して頂いて」
「えー?なんかお父さんとお母さんにもそう言って止められたんだけど……」
「…………」
箱入り娘で無自覚天然はこれだから。
なんとも言えない表情で見つめ返すと「うわぁお父さんとお母さんと同じ顔してる」と言われた。ガイオスさんとアリアさんも同じ気持ちだったらしい。
「そういえば、ルートは……どうして急にうちの騎士団に入る事にしたの?」
少し前を歩く彼女に問い掛けられ、「それは……」と言いかけて口を噤む。
「貴女のお婿さんになりたいからです」だなんて。
友達だと思っている男に家まで押し掛けられて突然求婚されたらどんな気持ちになるだろうか。気持ち悪いと思われるかもしれない。避けられるかもしれない。
そんなことになったら僕は今度こそ立ち直れない。せっかく兄さんに慰められて少し復活した自信がパァだ。クラリスさんに嫌われるくらいならいっそ死んだ方がましである。
『よし、暫く黙っとこう』
これから1年かけて、ちゃんと僕のことを男として意識して貰ってから彼女に告白しよう。そうしよう。
「それは勿論、クラリスさんといつでも会えるようにしたかったからですよ。ほら、僕達ずっと会えてなかったでしょう?騎士団に入団しちゃえば毎日会えると思って!」
「え、ほんとに?……ほんとにぼくに会うためだけにこんなところまで来たの?辺境だよ?」
「ええ、強くもなれるし一石二鳥!ずっと引きこもりだったし、この際だから男らしくムキムキになってやろうと思ったんです!」
今は、これだけ。本当の気持ちは隠しておこう。
いつか堂々と、胸を張って貴女が好きですと言えるその日まで。
「嬉しい……嬉しいよ。でも、でも……」
「?」
「ごめん、今は考えが纏まらないから……後で言うね」
クラリスさんは嬉しいような、ちょっと寂しそうな顔をして俯いた。
僕はちょっと考えてから口を開く。
「……あとさっきみたいに動揺して溶けない為にも精神を鍛えようかと」
「ああ……。でも動揺して溶けちゃうくらいこういうのが好きなんだって分かったから良かった。かっこいいでしょほら」
「うわーっ!」
思春期男子に自分から生脚を見せつけてくるこのえっちで無邪気な箱入り娘、いったいどうすれば。
『恐ろしい子だクラリスさん……』
僕はスライム状になった身体でぷるぷると震えた。
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ずっと歩いていると騎士団の訓練所を抜けてから大きくて頑丈そうな石造りの建物に着いた。
彼女はハッとしたように顔を上げて振り向く。
「ここが騎士団員の宿舎だよ。西が男子棟、左が女子棟で……真ん中の建物の中には食堂が入ってる共同スペースがあるんだ。ルートを歓迎したくて食堂でみんな待ってるよ」
歓迎会。歓迎会だ。クラリスさんの婚約者候補として第一印象は大切にしたい。
僕は手に持ったバイオリンを抱え直した。お近付きの印に歓迎会で一曲演奏しようと思って持って来た。馬車の中には他にも色々楽器を積んで来たのでまたの機会に披露したい。
「よーし……頑張るぞ!!!」
「ルートは歓迎される側だから別に頑張りはしなくていいと思うんだけど……みんな優しいから心配しないで」
「それじゃ、そろそろ入ろっか」と前に立つよう促される。
彼女と目が合った。にこっと笑顔を向けられた。ああ可愛い。天使。
心臓がドキドキと早鐘を打つ。
僕は重い扉に手を掛け、ゆっくりと開けた。
この先に、僕の騎士団ライフが待っている。
ルートは脚フェチ(ただし程よく筋肉のついた健康的な脚に限る)
次話から新キャラが続々登場します。




