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拝啓、愛しの男装令嬢〜音楽少年の残念な恋愛奮闘記〜  作者: らめんま。
一章 とある少年の一目惚れ
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番外編 ポンコツな兄による弟についての見解

三人称視点。ルートの兄、セシルと婚約者のコレットさんのお話です。

 セシル・ローゼブル。ローゼブル侯爵家の嫡男にして、押しも押されもせぬ絶世の美青年。加えて食通でかなりの美食家な上、料理に使われた食材を全て当ててしまう程の味覚の持ち主。

 しかしその実、そそっかしくおっちょこちょいで何も無いところで転んだり情緒不安定でひとりでじたばたしていたりとかなり残念な性格をしており、高飛車な態度で何かと突っかかってくる面倒な存在である。


 ――ルートにとっては。






「コレット、おはよう!」

「おはようございます、セシル様。ふふっ、お久しぶりですね」


 ローゼブル侯爵領で毎週末開かれる青薔薇マルシェ。その会場である街の中心にある広場にて、見るからにもちもちしていそうなふくよかな体型の令嬢が振り返り、セシルに朗らかな笑みを向ける。


 セシルには、少々丸めの愛してやまない婚約者が居る。

 コレット・ダンデリオン伯爵令嬢。人呼んで、【お菓子なコレット嬢】。

 お菓子が好きすぎてお忍びで手作りお菓子の販売をするべくローゼブル侯爵領に一人でやって来たという、気弱ながら少々お転婆な令嬢である。

 ふっくらとしたぽっちゃり体型のおっとりぽやんとしたこの令嬢をセシルは大変に溺愛しており、目に入れても痛くないどころかいつか物理的に丸呑みしてしまうんじゃないかというくらいの勢いで愛でている。そしてコレットもそんなセシルを心から愛し、セシルに会うべく度々ローゼブル侯爵領に足を運んでいた。


「今日までお互い忙しかったから、直接会うのは王家主催のあのお茶会以来……!1ヶ月ぶりのコレットだ……!」

「お手紙は送り合っていましたが……やっぱり直接お会いすると、比べ物にならないほど嬉しく感じるものですね」

「会いたかったよ!」

「ふふ。私もです」


 うっとりと見つめ合う甘い雰囲気の2人に、それを遠くから見ていた手作りお菓子の販売員が「うげぇ、口から砂糖吐きそうッス」と言いつつテーブルに焼き菓子を並べる。販売員が並べるお菓子も甘い香りを放ち、「水、水はどこッスか」と冷たい水を一気に喉に流し込んだ。

 久々の再会を喜ぶ恋人達は、見ているだけで胃もたれしそうな程甘いのだ――。


「今日は新しく出来たカフェに行く約束だったよね。おいでよ。馬車に乗って行くよ」

「あの、せっかくですが今日は歩いて行きませんか……?日差しがぽかぽかしてあたたかくて……」

「ん?ああ、確かに。もうすっかり春って感じだね。でもボクはちょっと肌寒いけど……」


 コレットは少し人より体温が高い。スプリングコートを羽織ったセシルに対し、コレットはかなり薄いワンピースでそれどころか少し汗もかいているように見える。セシルは「暑がりだね」と笑いつつハンカチで額に滲んだ汗を軽く拭いてやった。


「ここでセシル様が来られるのを待っている間ずっと、セシル様と手を繋いで街をお散歩したいなって思ってて……」


 もちっ、とセシルの手が肉付きのいい滑らかな手のひらに包み込まれる。


「だめですか?」と微笑み首を傾げる愛しい婚約者の姿にセシルは。


「あんたはいつもそうやってボクを喜ばせる!」


 セシルの突然の発狂を見た通りすがりの街の人達の反応は「またか」である。セシルがコレットの可愛らしい言動に乱心するのはいつもの事で、寧ろコレットと一緒にいる時のセシルの心が乱れていない時の方が珍しい。


 そんなわけで、セシルの叫び声にもローゼブル侯爵領の人々は少し顔を上げただけで先程まで各々がしていた作業に戻っていった。こちとら朝の作業で忙しく、年中熱々のバカップルにくれてやる時間などないのである――。


 2人の会話の内容は、専ら一週間で起きた些細な出来事に始まり食べ物の話、自分の領地の様子など多岐に渡る。たまにセシルが発狂することはあれど、まるで老夫婦のような穏やかな空気でゆったりとした足取りで進む2人を見て「私達も負けておれんねぇ」と公園の老夫婦が微笑み合う。


 そんな和やかな時間の中でふと、セシルが「そういえば」と声のトーンを落とした。


「弟のルートが同い年の令嬢に惚れたらしいんだけど」

「あら、ルート様が……!」


「初恋ですか?」というコレットの問い掛けにセシルが頷く。弟の初恋。本来なら喜ばしいはずの話題だが、セシルの表情は重く神妙なものでコレットは首を傾げた。


「何か、不安な事でも……?」

「相手があの辺境伯のアキドレア家なんだ」

「まあ!」


 アキドレア辺境伯家。代々女性が当主として屈強な騎士が集う騎士団を纏め上げ、国境線を守るというかなり特殊な家系。

 敵国の攻撃を防ぐだけでなく、ダンジョンが出現した際には魔物の討伐も仕事の対象になる。


 常に生命の危機と隣り合わせの危険な土地に住む少女に弟が恋をしてしまったのだ。表情が曇るのも仕方ないと言える。


「勿論弟の恋を応援したい気持ちはあるんだけど、そんな場所にあの音楽漬けのひ弱なルートが婿入りするなんて心配でさ……」

「それはたしかに心配ですね……」

「まあ止めはしないんだけどさ」

「止めないんですね……」


 止めない。危険な場所に行くのを止めてやるのも優しさだが、適度に相談に乗ってやりつつ基本的に放置の姿勢を崩さず静かに見守る。それもまた優しさである。

 セシルは最近弟の態度が素っ気ないので少しいじけているのだが、それを本人に言うと機嫌が悪くなるのでコレットは言わない事にしている。


「あいつ元々猿かってくらい木登り上手かったし運動神経は良かったんだよ。面倒くさがりだけど意外と根性あるし必死に体力作りすれば大丈夫だとは思うんだけど」


「問題は肝心の恋愛の方でさ……」と溜息を吐いたセシル。コレットは成程初めての恋に奥手になってしまってアプローチが出来ないのね、などと納得しかけ。


「あいつ一目惚れしたその日に父さんに婚約届書かせて相手の家に送り付けたんだよ!?それで昨日、『騎士団に体験入団する!』って言って馬車に乗って辺境まで行っちゃったの!信じられなくない!?何あのえげつない恋愛の仕方!どっから来るのあの積極性!あんなに目を爛々と輝かせたルート久しぶりに見たよ!!!」


 逆だった。寧ろめちゃくちゃに攻めていた。


「それは……凄いですね……」

「ほんと。ボクだって、あんたに告白するのに3ヶ月は掛かったっていうのにさ……!」


 もじもじするセシルにコレットが頬を赤らめる。今となっては懐かしいセシルのプロポーズ。あれから色々とトラブルもあったが、今や入籍を数ヶ月後に控えた婚約者同士。結婚式は3ヶ月後に行う予定である。


「ルート様、上手くいくといいですね」

「まあね。でもそろそろボク達の結婚後の話もしていかないと」


 カフェに着いてテラス席に案内された後、お互い好きな物を注文して先に出された紅茶のカップに口を付ける。コレットはベリーのケーキ、セシルはナッツのケーキだ。ケーキが運ばれて来るのを待つこの時間も含め、甘く幸せな時間である。


 結婚後。嫁入りした後、コレットがどんな風に過ごすか。

 領地についての理解だけでなく、外商と流通で発展したローゼブル侯爵家の夫人となる以上コレットもより一層商売について学ぶ必要がある。街で美味しいものを食べ歩くだけでなく、今のうちから侯爵家に通って花嫁修業してはどうかという打診がセシルの口から出るのかと思いきや。


「あんたは子どもって何人居るのがいいと思う?」


 コレットは危うく紅茶を噴き出すところだった。予想の斜め上、それどころか垂直をいくセシルの爆弾発言にゲホゲホと咳き込む。


 白昼堂々、この人は何を。


 普通のトーンで周囲には聞こえていなかったとはいえこんな真っ昼間から話していいような内容ではない。


「セシル様、その話は今ここでするべきでは……」というコレットの声を遮り、「実はさ」とセシルが嬉しそうに身を乗り出す。


「3日前、友人に子どもが産まれたんだ。それでこないだ見に行ったんだけどさ、ほわっほわのふにゃっふにゃですっごく可愛くって。ボクは賑やかな方が好きだし、なるべく多い方が良いとは思うけどあんたに無理させるわけにもいかないだろ。明るい家族計画のため参考までに聞いておきたくてさ」


 言っていることはかなり恥ずかしい事のはずなのに真面目なトーンで話しているために全く違和感がなく、いい具合に丸め込まれたコレットは成程と素直に頷いた。


「私もセシル様も2人兄弟ですが、一人が居なくなってしまったらとても寂しいですものね。私も弟が魔法学園の寮に入って会えなくなってしまった時はとても心細かったですし」

「そう。ボクなんか弟は家に居るはずなのにちっとも構ってくれないから街にばっか出るようになっちゃってさ。街に出るのが悪いってわけじゃないけど、兄弟が多ければ家で家族とまったりして過ごす時間も増えるだろ。出来たら下にもう一人欲しかったよ」

「私もそう思います」

「それじゃあ取り敢えず最低でも3人だね」


 運ばれて来たケーキを口に含み、セシルが美しい微笑みを浮かべる。

 何故だろう、言っていることはかなり恥ずかしい事なはずなのに顔が美しすぎて全てがどうでも良くなってしまうのは。


 コレットは静かにフォークを置くと、近くに来た店員に頼んだ。


「すみません、ケーキの残りを持ち帰り用に包んで頂いても構いませんか?」

「ええ、すぐご準備致しますね」


 以前ならホールケーキ2つ位なら余裕だったのだが、数日程前からなんだか体調が悪くてあまり沢山は食べられないのだ。


「どうしたんだよ?胃もたれ?別腹が無限にあるあんたがこれだけしか食べないなんて珍しいじゃないかよ」

「最近、どうも調子が悪くて……」

「ええ……?医者に見てもらった方がいいんじゃないの。結婚式も近いしさ」


 今日まで予定が立て込んでいたため、医者には明日診てもらう予定だ。

「大きな病気じゃないといいんだけど」とセシルが不安そうに長い睫毛を震わせる。


「どんな風に体調が悪いの?なるべくボクも気にしておくから」

「ええと、たまに吐き気があって……」

「吐き気!?だっ……大丈夫なのかよ!?」

「あと、なんだか異様に酸っぱいものが欲しくなってしまって……」

「……ん?」


 ベリーが無くなり、スポンジとクリームのみになってしまった持ち帰りのケーキを見つめ、コレットが溜め息を吐く。と、セシルが「ちょっと待って」と手を挙げた。


「コレット、身体が暑くてぽかぽかしてきたのは最近になってから?」

「ええ。もうすっかり春ですからねぇ……」

「違う」


「ちょっと恥ずかしがらずに答えて欲しいんだけど」とコレットを見つめるセシルの表情はとても真剣なもので、コレットは「はい」と姿勢を正し……けぷっ、と小さく月賦を零した。今日はあまり食べていないはずなのに。


「月のものが最後に来たのはいつ?」

「えっ!?そ、そんな……それは……」

「いいから」


 セシルの真意が読み取れないまま、コレットはポシェットから小さな手帳を取り出してぱらりと捲った。月のものが来てしまうと生活に支障が出てしまうことがあるため、きちんと印を付けているのだ。

 と、「あら?」とコレットが眉間に皺を寄せる。


「忙しくて気付きませんでした……。予定日、とっくに過ぎています……」


 しかしコレットに月のものは訪れていない。


 これはもしや。


「せ、セシル様……これって……!」

「…………!」


 セシルの表情が驚愕のものに変わり、次いで椅子を盛大に引っくり返しながら勢い良く立ち上がった。


「ヤッターーーーーー!!!!!!!ボクとコレットの子どもだーーーーー!!!!!!!」

「えっ!!?」


「バンザーーーイ!!!」と大声で叫び……歓喜の涙を流すセシル。「セシル様、まだ決まったわけでは……」とコレットが慌てて止めようとするが時すでに遅し。


「なんだって!?セシル様とコレット様に子どもだって!?」

「こりゃめでたい!今すぐ街全体でパレードの準備をしろ!!!」

「わっしょい!わっしょい!」


 セシルの叫び声を聞き付けた街の人達が一斉に騒ぎ出し、一瞬にして街全体が歓喜に湧いた。

 わっしょいわっしょいと胴上げされ終わり、幸せ絶頂のセシルが振り返る。


「コレット!」

「は、はい!」

「ボク、あんたもお腹の子の事も絶対絶対幸せにするから!」


 まだ事実を受け止め切れないコレットとは反対に、目に涙を浮かべて「ありがとう!」と今まで見た中で一番の、最高の笑顔でコレットを抱き締めたセシル。


 コレットはふっと微笑み、「こちらこそ、私をあなたの妻に……お母さんにしてくれてありがとうございます」と愛しい婚約者……未来の夫の背中に手を回した。


 コレットの懐妊が明らかになったのはそれからすぐのこと。


 新たな生命の誕生を喜ぶパレードは三日三晩続き、ローゼブル侯爵領全体でどんちゃん騒ぎになったが――。


「ロイヤルストレートフラッシュ!……でございます」

「うわーーーッ!また負けた!マイロさん絶対心読んでるでしょ!」

「ふふ。さて、どうでしょう」


 マイロと2人、馬車に揺られながら辺境の地へ向かうルートの耳に届くのはまだ先の話。


セシルとコレットの2人の馴れ初めは「ポンコツンデレな侯爵様とお菓子な伯爵令嬢」で読めます。

興味があれば是非。

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