13 男装令嬢のクローゼット事情
クラリス目線です。
夜も更けて遅い時刻。
コンコンコン、というノックの音にぼくは振り向いた。
この叩き方はお母さんだ。
「なぁに?」
「クラリス、着てみて欲しいものがあるんだ。ここあーけて」
「着て欲しいもの……えっ、服!?」
ぼくは急いでドアを開けた。瞬間、ドサァッと大量の服がなだれ込んで来た。
「わあっ!?」
「ごめんごめん、両手塞がっててさ」
一緒になだれ込んできたお母さんがてへっと舌を出す。
いやそれはいいんだけども。
「こんなに沢山の服、いったいどうしたの……?」
「んーちょっと物置整理してたら出てきたんだよね」
「えっ!あんなにお父さんに整理してって言われても明日するって言い続けてたのに遂にしたの……!?どういう心境の変化があったの?」
「うんガイオスよっぽど嬉しかったのかさっきめちゃくちゃ褒められた。それで入るか分かんないからこれ全部着てみて欲しいんだよね」
「なるほど……ちなみにこれ誰の?」
「おばあちゃんのだよ」
「えっ」
ぼくが持っている服はほぼお母さんのお下がりだ。お母さんは服に興味が無かったので着られればなんでもいい、といったふうで兄の……ぼくの叔父さんのお下がりを貰って着ていた。
そしてそのお母さんのお下がりを繕ったものをぼくが着ている。当然男物だ。
新しい服を買うお金が無いから仕方ないし、王都に行くのにも1週間掛かるから王家主催の催しで交通費や宿泊費が免除にならない限りとてもじゃないけど行ける状態じゃない。
近くに村も街も無い、完全に孤立した貧乏な家で記念日でもないのに服を新調するなんて残念ながら夢のまた夢であったのだが。
「おばあちゃんって、おじいちゃんと一緒に隠居して山で動物を狩っている、あのムキムキマッチョの?」
「そうだよ?」
「去年の秋に『ええ肉取れたわ収穫祭』に呼ばれて行ったらぼく達が来るのが待ち切れずに強火で塊肉を炙って豪快にかぶりついていたあのおばあちゃん?」
「うん」
「そのおばあちゃんだよね」
隠居した開放感からか、お世辞にも可愛いとは言えないかなりワイルドでファンキーな服を着て野を駆け回っていた。
ぼくはおもむろに目の前の一着を手に取った。
「おばあちゃんこんな可愛い服着てたの?」
胸元にフリルの付いた、クラシックタイプのブラウスだ。少し型は古いがかなり綺麗で状態がいい。
これを着ていたとはとてもじゃないが想像出来ない。
「母さん、貰ったはいいけど自分の趣味じゃないからって1回も着ずに勿体無くて物置の奥に仕舞い込んでたみたいでね。……多分クラリスなら入ると思う」
「凄く可愛い……!それにぼくが今着てるやつと同じくらいのサイズだよ!」
「そ、そっか。ヨカッタネー」
「おばあちゃんも若い頃はぼくと同じくらいの背丈だったのかな?あれ、なんか書いてある。kids……?」
「…………」
子ども用。
えっ、キッズサイズ?
お母さんがふっと顔を逸らした。ブラウスを持つ手がわなわなと震える。
「お母さん」
びくりとお母さんの肩が震えた。ぼくは問い掛ける。
「今ぼくが着てるこの服は……?」
「……それは、兄さんと私が10歳くらいの時に着てたやつ……。その辺から私も兄さんも急に背が伸びて着られなくなったから……」
お母さんの身長は男性と並ぶ程高く、ぼくの頭一つ分は高い。出るところは出て女性らしく、それでいて鍛えられて引き締まった身体。
対してぼくは凹凸のないお子様体型。背も低くて小柄だ。今年14歳なのに。
「子ども用か……そっか……物を大事にするのはいい事だもんね……うん……」
「だ、大丈夫だって!これからまだ成長残してるって!でも申し訳ないけど半世紀放置された服が入るなら新しい服買わなくていいし正直助かる……ごめんね貧乏で」
「いやいやいいよそんなの今更だし。じゃあ取り敢えずこれ着てみるね」
「分かってることだけど今更って言われるとやっぱり傷付くな……」
ガックリ肩を落としたお母さんに背中を向け、今着ている薄い夜着の上から羽織ってみる。
ぴったりだった。
「……入った……」
「入っちゃったね……」
「ぼくって子どもなんだ……ちっちゃいんだ……!うぅ……」
「うわー!泣かないで!」
「2人とも、今何時か忘れてない?」
振り向くとお父さんが立っていた。
「が、ガイオス……!」
「騒がしいと思って来てみたら……。どうしてクラリスは泣いてるの?」
「ぼ、ぼく……ぼくって小さいんだって……!子ども用の服がぴったりって……!」
「ちくしょーうちが貧乏だから!オーダーメイドの服ばんばん作れる家だったらクラリスにこんな悲しい事実突きつけたりしなかったのに!」
「うーん……貧乏なのは今更だしなぁ」
「ガイオスまで!」
「だって僕の服もぼろぼろで10年くらい繕って着てるし……」
「ダンジョン出現したらちょっとは荒稼ぎ出来るのに最近ちっとも出現しないんだよ!うちが貧乏なのは平和なせいだよ!」
「魔物がこちらの世界に出て来ないのはいい事だけどね」
「うーん……そうだけども……!」
「うっ、ぐすっ……」
2人の視線がこちらを向く。ちょっと気まずそうだ。
「クラリス。素敵な服があってよかったね。うん良かった」
「スカートとかワンピースもあるよ。いや〜ルートくんが喜ぶね!」
「ひっく……なんで今ルートが出てくるの?」
ぴしり、お母さんが固まった。言っちゃいけないことを言ってしまった、という顔だ。合わせてお父さんも成程という顔をして気まずそうに眉を下げる。なんなんだろう?
「もしかしてルートに着せる気?違うよあれはルートのお母さんの趣味で女の子の格好してただけで女装趣味ではないってこないだ言ってたもん」
「そう……そうだねぇ……えーと……」
お母さんの目が左右に泳ぐ。そして上に行き、「あっ!」と叫んでぽんと手を打った。
「あれだよ!スカートの中に暗器仕込むやつ!多分実際見たらルートくん喜ぶんじゃないかなぁ〜って!ほら男の子ってそういうの好きじゃん!」
「そうなの?」
「そうそう!」
「……今思い付いたわけじゃなくて?」
「そ……んなわけないじゃん!やだなーお母さんはクラリスにもっと可愛くなって欲しいだけだよ〜!」
「ふーん……?」
騎士学校を卒業したエリートが多く在席するアキドレア騎士団に幼少期から交じって訓練に励んでいる次期アキドレア家当主、クラリス・アキドレアの寝首を掻けるような人物なんてそうそう居ない。
もし出来るとしたら団長クラスか両親くらいだ。そういう経緯もあって暗器を服の中に忍ばせるという発想は今まで特になかったのだけど。
「うん、でもかっこいいかもね……。シュってかっこよくスカートから暗器取り出したらルート喜ぶかな?」
「喜ぶ喜ぶ!絶対喜ぶって!」
「そっかあ。えへへ」
「うんうん良かったね。でももう夜遅いから静かにね」
「はぁい」
「おやすみ」とお父さんに額にキスを落とされる。
お母さんも「そろそろ私も寝るかな。おやすみクラリス」と同じく額にちゅっと口付けて去って行った。
「……貧乏だけど、この家に産まれて良かったなぁ」
ふふふと笑ってベッドに入る。
薄い布団も、そろそろ暖かくなる時期だと涼しくて丁度いいのだ。
そして枕元にある絵本を手に取り、仰向けになる。何度も読んでぼろぼろになったそれを開くと、手を繋いだ子どもが2人飛び出して来た。
飛び出す仕掛け絵本だ。
「ともだちっていいな ぎゅっと手を繋ぐと温かい」
もう1枚捲る。ぎゅっと抱き合って笑顔の2人。
「ともだちっていいな 抱き合うと友情を確かめ合える」
そしてもう1枚。
「喧嘩をする事もあるけれど、ごめんなさいで仲直り」
最後に。
「ともだちっていいな 大好きだ ずっとずっと一緒にいようね」
読み終わり、本を閉じる。
絵本はとても高価で、しかも飛び出す仕掛けのついたこんな豪華な絵本を買うなんて当時とても奮発してくれたのだろうと思う。
5歳の誕生日プレゼントで貰ったこの絵本はずっとぼくの宝物だ。
「ふふっ」
ともだち。友達だ。ずっと憧れていた、ぼくの友達。
「早く会いたいなぁ、ルート」
ぼくは絵本を抱き締め、そのまま眠りについた。
次回から2章が始まります。




