12 乙女に贈るドレスと蕾のカード占い
「ルーちゃん、結局私の部屋に来なかったわね!ぷんぷん!」
「そっちこそ人を呼んでおいてよくあんな入りにくい空気にしてくれたね」
夕食にも両親は来なかった。
寝る前の時間になってお風呂上がりでツヤツヤになった頬をぷくっと膨らませて部屋を訪れた母さんに、僕は容赦なく言い返した。
あの状況で入れる人が居たら相当な鋼の精神の持ち主だ。他の人ならまだしも両親のイチャイチャは心にくるものがある。絶対に入りたくない。
「あら、聞いてたの?ルーちゃんのえっち〜」
「うふふっ」と笑う母さんに「で、今から行けばいいの?」とぶっきらぼうに返す。
母さんがここに居るということはきっと今頃父さんは気持ち悪いくらいに上機嫌でスキップしながら風呂場に向かっているところだろう。出来ることなら、いや心の底から出くわしたくないのだけども。
「そうね、私の部屋がいいわ。でもちょっとアレだけ回収させて頂戴」
母さんはずんずんと部屋の中に入ってくるとズズズと壁際に椅子を移動させ、天井近くの壁に貼ってあるものをピッと引っぺがした。
母さんが取ったのはお手製の御札、というものだ。壁に貼る護符らしい。
でも描かれているのはかなり可愛らしい絵だ。黄色い大きな花と蕾。傍には蝶まで飛んでいて子どもの落書きに見えなくもない。
しかし父さんの部屋にはかなり禍々しいものが貼り付けてあったのでもしかしたら家族一人一人で変えているのかもしれない。
「さ、行きましょ」
母さんの手の中で護符がぐしゃりと音を立てる。母さんは毎回護符を使い終わったらぐしゃぐしゃにして後で庭師のポム爺同伴の元、庭で焼き捨てている。
最初は怖かったけど、お焚き上げするというルールがあるらしい。よく分からない。
母さんに連れられ部屋に向かう。幸い、ハピネスな父さんとはすれ違わなかった。
母さんの部屋に着いてすぐ、ドアを開けて現れたものを見て僕は「うわぁ……!」と声を上げた。
「うふふっ、ルーちゃんのガールフレンドにプレゼントする予定のドレス、完成したわよ!」
「うっそぉ!こんな可愛いのが出来たの!?」
並んだトルソーが纏っているのは赤のワンピースと黄色のワンピース、そして真ん中に堂々と鎮座しているのは白と青のグラデーションが美しい本格的なドレスだ。
赤のワンピースにはスカートの一部分に大きなアキレアの花の柄の布が使われ、女の子らしく可愛らしい印象。これは彼女の髪の色をイメージした服でアキドレア家の象徴、アキレアの花の柄が良いアクセントになっている。
黄色のワンピースは派手すぎず彩度を落とした落ち着いた色合いで、前開き式の縦ボタンがシンプルで控えめな印象。彼女が普段着てくれるとしたらこれだろう。
そして最後のドレスはルートの髪と目の色をイメージしたもので胸元に青い薔薇のコサージュが付いている。ローゼブル家、そしてルートが贈ったものだと一目で分かる色合い。
これは最悪着て貰えなくてもいい。贈りたかっただけだ。婿入りするのこっちだし。
このドレスを見たら自分の事を思い出してくれるかもしれない、という僕の邪な気持ちがたっぷり詰まった逸品である。
何から何まで注文通り。ここまで要望を忠実に再現して貰えるとは。
「ありがとう母さん!さすが母さん!僕母さんの息子で良かった!!!」
社交界のファッションリーダーで売れっ子デザイナーの母さん。
赤の女の子らしくて可愛いワンピースと黄色の着やすくて控えめなワンピース、そして自分をイメージした綺麗なドレスを贈りたいと相談したら快くデザインを引き受けてくれた。
自分はデザインの事がさっぱりでふんわりとしたイメージしか出せないから本当にありがたい。
「うふふっ、着てもらえると良いわね!」
母さんににっこりと微笑まれ大きく頷く。
普段男の子の服を着ているし家の事情もあって着てもらえるかは分からないけど、これをクラリスさんが受け取ってくれるだけでも嬉しい。
完全に自己満足の代物だが喜んで貰えるだろうか。少しでもこれを見て彼女が可愛いと目を輝かせてくれたらとても嬉しい。
「しっかり彼女のハートを射止めてらっしゃい。最後にものを言うのはいつだって全力で掴み取った真実の愛よ!」
「母さんの息子、ルート・ローゼブルの名にかけて!必ずや意中の彼女の心を落として参ります!」
拳を天高く突き上げ、えいえいおーと2人で気合を入れる。
母さんの応援のおかげで今日はなんだかいい夢が見れそうだ。
ドレスを着て嬉しそうにくるりとその場で回ってみせる彼女の姿を想像し、自然と頬がだらしなく緩んだ。
「ルーちゃんが今何を考えてるか何となく分かるわ。その顔、私が新しいドレスを着た時のオリちゃんとそっくりよ」
僕の顔からスッと表情が消えた。
「綺麗に箱に詰めてマイロちゃんに渡しておくわね」と言われ笑顔で頷く。
マイロさんなら安心だ。彼はとても仕事が出来る。
「それじゃあお休み」と部屋を出ようとして「まだ話は終わってないわよ」と引き止められた。
他に何の用があるのだろう。
振り向くと母さんが真剣な面持ちでテーブルの前の椅子を引いた。
「ここに座りなさい。そして動かないで」
なんだか嫌な予感がする。
嫌ですという顔をするとにっこり微笑まれた。そしてぐいぐいと座らされる。
駄目だった。
「ルーちゃん、最近ずーっと私の占い受けてないでしょう」
ぎくりと肩が跳ねる。
母さんの占いには良い思い出がない。当たりすぎるが故に他家の貴族が占って欲しいとお忍びで訪れることもある程腕は良いが、あまりに鑑定結果が具体的なので昔は未来予知が出来るのではとまで言われていたらしい。
そして僕は母さんの占いの被害者だ。
昔母さんに明日は身近な人に気を付けてねと言われた次の日に、苦手な親戚が突撃して来て追いかけ回された。
そしてそのまたある日は水難と言われて池に落ち、そのまたある日は今日はなんかだめと言われ蜂に刺された。
気を付けてと言われたってどう気を付ければ良いのかも分からなかったあの頃から、母さんの占いは嫌いでとにかく今までずっと避けていた。
それが今、何故。
母さんが占いをしようと言った時は大抵不吉な事が起こる前兆なのだ。
「ぇぇぇぇ遠慮しますありがとうございますお気持ちだけで結構です」
「まあまあそう言わずに、ねっ」
「ああ〜っ!」
ああカードが並べられてしまった。もうおしまいだ。
「ルーちゃんの1年後の状況を占っていくわね」とカードを捲っていく音がする。僕は耳を塞いだ。
聞きたくない。意地でも鑑定結果を聞くものか。
ガタガタと震えていると「あら」と母さんが声を上げた。
「リングのカード。人と人との繋がりを意味してるわ。きっと周りに信頼できる人が沢山居て上手くいってるのね。嬉しいわ」
「えっ」
母さんの占いで初めて良い事を言われた。今まで踏んだり蹴ったりだったのに。
「次のカードは……あらあら、うふふっ。恋人のカードだわ。彼女ともいい雰囲気ね」
「ほ、ほんとに……?」
もしかしたら今まで敬遠していたけれど占いはそんなに悪いものじゃないのかもしれない。
不安な未来が明るく見えて来た。何より恋人のカードって。いい雰囲気って。
嬉しくて顔がにやけてしまう。
「最後のカードね」
「なになに!?」
もうここまで来たら明るい未来しか想像出来ない。どんな運命でもどんとこいだ。
笑顔で母さんの手元を覗き込み、僕は沈黙した。
そこに描かれていたのは悪魔の絵だった。
『待って、これは』
ゆっくりと母さんの顔を見上げる。母さんはにっこり笑った。とても優しく、聖母のような微笑みで。
「1年後、魔物が出るわ!うふふっ、死亡フラグ回避、頑張ってね!」
これにて1章完結です。2章からルートは本格的にクラリスさんと関わっていく予定です。
新キャラも続々登場しますのでお楽しみに╰(*´︶`*)╯




