はじまりの序曲
白い髪が風を受けてふわふわと揺れる。
「はぁ〜……サボりたい帰りたいピアノ弾きたい」
窓から遠目に見える王城をぼんやり眺め、僕は本日何度目かも分からない溜め息をついた。
王都に続く、綺麗に舗装された石畳。その上をローゼブル侯爵家の家紋が刻まれた馬車がカラカラと走る。
そして優雅な薔薇の模様が描かれた美しい馬車の中で辛気臭い溜め息を吐き腐る、僕。
ルート・ローゼブル。ローゼブル侯爵家の次男坊だ。
窓の外では道路沿いの小さな民家の花壇で色とりどりの花が鮮やかに咲き、花売りの少女が楽しげに花を売っているのが見える。
この後の予定のあまりの面倒臭さに「わあなんて素敵な花なんだろう花売りさんその赤い花ひとつ!」と言って馬車から飛び降りて全力でバックれてしまいたいところだが。
「……地面まで約1メートルってところか。よ〜し、足の骨の1本や2本くらいなら……」
「ルートねぇ待って?もしかしなくても飛び降りようとしてない?絶対やめよう!?」
窓から身を乗り出したところで焦った父さんの声に止められた。
残念ながらそう上手くはいかないらしい。
「大丈夫でしょ〜受け身をとればいけるいける」
「ルート受け身の取り方知ってる?適当言ってない?」
「知らないけどとりあえず適当にゴロゴロゴロって転がっとけば衝撃が分散されていい感じに……」
「なりません」
僕はちぇっと口を尖らせた。
面倒だ。とてつもなく面倒だ。何が楽しくて全く知らない人達と一緒にお茶を飲んでキャッキャウフフしないといけないのか。
こんな事なら家でピアノを弾いていたかったと空を見上げ、すんと鼻を鳴らす。
ああ、お空はこんなにも青くて澄んでいるというのに僕は馬車という名の鳥籠の中です。
……王城爆発すればいいのに。
「こら、みっともないぞ」と父さんに注意され、僕は仕方なく窓に頬杖をつくのをやめて悪態をついた。
「そんなこと言ったってめんどくさいものはめんどくさいんです〜う」
「いや父さんだって面倒臭いから行きたくなんかないけどね、王家から招待状が届いちゃったからどうしても行かなきゃいけないんだよ〜ごめんけど一緒に耐えて。ね?ね?」
「そもそも僕お茶よりコーヒー派だしぃ。お茶はそこまで好きじゃないしぃ。あっそうだ!今からでも茶会は欠席してあそこに見えるカフェに行きたいと思うのですが、いかがでしょう?」
「いかがでしょう、じゃないよ!?無駄にいい笑顔しないの!」
「やだな〜……もう既にめんどいし行きたくない帰りたい」
馬車の中で横になりごろごろしながら抗議する。
じたばたごろごろしていると「父さんの愛のムチ!」とぺしっとおでこを叩かれた。
「痛った!家庭内暴力!虐待!」
「ルート。さすがにお行儀が悪いよ。ちゃんと座りなさい」
真剣な口調で諭され仕方なく座り直す。しかし数秒後には「やだやだ行きたくない」と駄々を捏ねる。
と、父さんの膝の上で握られていた拳がぶるぶると震え出した。
『あ、さすがにふざけすぎたかな』
そう思った矢先、父さんはわっと顔を覆ってしまった。そして叫んだ。
「父さんだってサボりたいのに!」
「よーし父さん、一緒にサボろう!」
僕達が向かっているのは王家主催のお茶会会場だ。
表向きは王子の誕生日を祝い、王子と歳の近い子ども達で楽しくお茶を飲みましょうという平和な催し。
しかしその実態は王子の側仕えや学友となるに相応しい人物を探す為の選定といったところか。学友候補と同時に王子の婚約者候補も選出される。
つまり上手くいけば出世頭。つまりわっしょい玉の輿。のし上がってやろうという野望を抱く貴族にとっては、この機会を逃す手はないというわけだ。
でも僕はあのすぐ癇癪を起こし周囲を困らせるばかりのわがまま王子とお近付きになりたいなんて微塵も思わない。一日中一人でピアノを弾いて作詞作曲をしている時間が三度の飯より好きなのに、何故僕に茶をしばかせると言うのか。全くもって時間の無駄だ。なんだったらこんな苦行を強いてくる国王をしばいたろうかという話だ。
故に、心の底から、全力で、サボりたい。
「ねぇ今からでも病欠にできない?駄目?」
「ルート気付かなかったの?この馬車に王章が描かれてることに……」
「えっこの馬車ウチのじゃないの!?」
「この引きこもりめ!王家がわざわざ馬車出して送り迎えしてくれてんの!御者の隣には王家の遣いが同乗してる!もう脱出不可能!」
「つ、詰んでる……!」
このお茶会は基本的に自由参加だが、伯爵位以上の爵位を持つ家の当主とその子ども……15歳前後の子息令嬢は絶対来いや、とのお達しが出ていた。
極度の社交嫌いで定評のある僕と父さんだったが父さんは母さんに丸め込まれ、僕は最後の最後まで粘ったものの最終的には馬車の中にぺいっと放り込まれた。無念だ。
「あーサボりたい……」
「今ならサボりたいの歌が書けそう……」
サボりたいサボりたいと父と子でじめじめしていると、突然隣からぎゃんぎゃんとうるさい声が上がった。
「一番サボりたいのはボクだよ!なんでボクまでお茶会に行かなきゃいけないわけ!?」
「あっ、そういえば兄さんも居たんだった」
「居たよ!ずっと!あんたの隣に!さっき駄々こねながら僕の膝の上ごろごろ転がってたろ!」
「そうだっけ」
「そうだよ!」
僕の兄のセシル兄さん。僕と父さん以外は自由参加だったのにも関わらず、何故か兄さんまで母さんの手によって馬車に押し込まれたのだ。むぎゅっと。それはもう見事な押し込みで。いつもはずっとうるさいのに珍しく静かだったものだから完全に存在を忘れていた。
「セシルは……その、母さんがデザインした新作スーツの宣伝要員だから……」
「ふざけるな!そんなのマネキン抱えて行けばいいだけだろ!ボクがわざわざ社交に顔を出す必要なんか無いじゃないか!」
「やだよマネキン抱えてお茶会なんて。頭おかしい人だと思われちゃうじゃん」
「本気で抵抗してる息子を満面の笑みで馬車に詰め込むあんたの妻の方が頭おかしいよ!」
「なんだとー!?そんな強引なところも可愛いでしょうがー!」
「うるさいなぁ……」
ぎゃんぎゃんと親子2人の醜い言い合いが始まり、僕は耳を抑えた。
セシル兄さんは見た目だけなら国の中でも1、2を争うほどの美貌を持っている。故にデザイナーである母さんのおもちゃにされる事が多いのだが、本人が僕達と同じく大の社交嫌いなのでめちゃくちゃごねる。開会から閉会まで3時間の夜会に行くのに3日はごねる。
しかしひとたび社交の場に出ると完璧な侯爵家の跡取り息子として振舞っているのだから凄いなぁと思う。中身めちゃくちゃそそっかしくて残念だけど。
貴族は大嫌いだけど領民達は好きみたいでよく街をぶらぶらしている。領民達からは慕われているらしいけど、僕にとってはお節介でひたすらに騒がしい兄でしかない。
「とにかくボクは見世物になんかなりたくない!」
「まあまあ。ほら、コレットさんも来てるかもしれないよ?かっこいいスーツ姿見せられるじゃん」
コレットとは兄さんの婚約者のダンデリオン伯爵家のご令嬢だ。とても優しくて穏やかな人で僕も好き。
よく手作りの絶品焼き菓子を持って来てくれるので、僕もちゃっかり2人のお茶会に参加させて貰ったりする。
デートのお邪魔虫と言うなかれ。コレットさんのお菓子は本当に美味しいのだ。
そういえばと僕は思い出す。
「こないだのお茶会で兄さんがちょっと席外してた時、親戚の付き合いでちょっとだけお茶会に顔出すみたいな話をしてたよ。伝えときますね〜って言ったのにそのまま兄さんに言うの忘れてたや」
「えっ、ほんとに!?てかそんな大事なこと忘れるなよ!」
「お茶会用のドレス着たコレットさん、きっと可愛いぞ〜。『セシル様、今日のスーツ姿、いつもに増して素敵です……!』なーんて言いながら頬染めちゃったりなんかして」
「なーにちんたら走ってるんだよ!もっと馬飛ばしな!!!」
「ふっふっふ……それでこそ私の息子だ!」
さっきまでの剣幕は何処へやら。婚約者の事を思い浮かべているのだろう、窓の外を眺める兄さんの表情はとても幸せそうだ。僕はまだよく分からないけど、恋とはなんだかとても素敵なものらしい。
『まあ、僕にはまだとうぶん縁のない話だろうけど』
僕は視線を移し、窓の外を流れる景色をぼーっと眺める。行きたくないなぁと呟きながら。
後に僕はこう語る。
あの時馬車から飛び降りて華麗にサボタージュをキメようとした自分を土に埋めたい。行っててよかった、お茶会最高!……と。
お読みいただきありがとうございます!
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作者が喜び返信するので感想、レビューもお待ちしております!
ルートの兄のセシルがヒロインの話「ポンコツンデレな侯爵様とお菓子な伯爵令嬢」もよろしければ是非お楽しみ下さい〜




