そしてずっといなくなった
警察に出向き、会社の名刺と身分証明書代わりのケアマネジャーの資格証を見せると、担当の警察官らしき人がボクを対応してくれた。
こちらとしては何の罪で捕まり、拘留はあるのかどうかなどの情報さえ知れたらそれでいい。
すぐに釈放されるにしても、おそらく彼は解雇されるだろう。
万に一つ、もしかしたら冤罪かもしれないということもあるし、無罪であるならば、会社に残るということもあるのだろうけど、警察というところは証拠もなしに引っ張るようなことはそうそうしないだろう。
『すみません。ご足労いただきまして……』
強面の警察官は加賀見という人だった。
『で……うちの安川はどんな罪状で……』
『結婚詐欺です』
『け?結婚詐欺??』
どこで何をしているのか分からないような人だったので詐欺ぐらいはしているかなとは思っていたが、まさか結婚詐欺とは思わなかった。
『どうやら仕事を通じて知り合った複数の女性とそういう関係になってお金をだまし取ったようですね』
『なるほど……それはありうる話ですね』
ボクもお金に関してのトラブルはよくある。
トラブルと言っても、それをやる利用者やその家族はとてもいい人であることが多い。『うちのおじいさん……またはおばあさん……がお世話になっているから』と言っていくらかのお金を包んでくれるのだ。
ボクの場合は一度、お断りする。
でもどうしても……という場合は受け取って本社に預けて、会社の方から帰してもらうこととする。
会社は利用者や家族と話、『受け取るわけにはいかない』旨を説明するがそれでもどうしても……という人もいる。その場合は会社として受け取り社員の福利厚生に回すことになっている。
福利厚生……ようは飲み会の費用だったりする。
基本的にお金は受け取らない。
というのは必要な費用は介護報酬から出ているからだ。
ボクらは仕事としてやって当たり前のサービスを行っているだけだ。特別なことは何もしていないのだ。そういうのは本当に気持ちだけでありがたいのだ。
安川さんはお金を払ってくれる利用者の家族に『事業を展開したい』などと言って理想を語りお金を巻き上げていたらしい。
『本人は事業計画も立てておりあくまで個人間の契約によるものだと主張しているのですが……』
『おかしいですよね』
ボクは加賀見さんが言う前に言った。
理想を語り、その理想に利用者や家族が乗ってくれてお金を出してくれる……ここまででも十分職業倫理に触れることである。しかし、詐欺と呼ばれるようなことではない。
なぜ結婚詐欺と相成ったのか。
そのあたりのことは捜査に関することなので加賀見さんも教えてはくれなかった。
それにしても結婚詐欺……。
安川さんはマメではなく、女性にもてるようなタイプではない。
ボクは折に触れていつもこの人はどうやって結婚したのだろうと思っていたぐらいだ。
『被害者の方に話を聞いたところ、『独身で天涯孤独』だと言っていたそうです』
『そうなんですか……その……容疑はもう確定なんでしょうか?』
『まあ、立場上、余計なことは言えないのですが、このケースはすでに証拠も挙がっていますからねえ』
独身で天涯孤独?
結婚して二人の娘がいると言っていたではないか。
どちらが本当なのか?
『あの……独身っていうのは本当のことなんですか?』
『完全に嘘ですよ。でも結婚生活も破綻に近かったようですよ』
なるほど。
なんとなく安川という人間が見えてきたような気がする。
結局、彼はどこにも居場所を見いだせなかったのだろう。あくまでボクの推測だが……いつも事務所にいなかったのも居場所が見いだせなかったのだろう。事務所の中で他のケアマネジャーたちとのコミュニケーションがうまくとれない……いやとろうと努力をしようともしないから、居場所がない。
そして家庭にも居場所は見いだせなかった。どの時点で彼の家庭生活が破綻したのかは分からないが、家庭での居場所もなかったのかもしれない。細かいことは分からない。
彼の仕事の仕方には人への気遣いが感じられなかった。
いつもいない彼の代わりに仕事をするケアマネジャーたちの気持ちを汲んでやることは全くできていなかった。そういうことができない人間が、結婚生活において奥さんの気持ちを汲んで動けるわけがないと思う。育児をするならなおのことだろう。
家庭内でも居場所がないから家に帰りづらかったのかもしれない。
子供が熱を出して保育園に迎えに行くという話をしだしたあたりから彼は家族のいる自宅に帰っていなかったのではないだろうか。
奥さんが子供を連れて出ていったのか……
それとも彼が奥さんと子供を捨てて出ていったのか……
別居しているのか否かはボクには分かりかねるが、結婚生活は破綻寸前だったという情報から考えると……彼は妻の前にも『いつもいない』のだろう。そして娘の前にも『いつもいない』のだ。
それ以前に妻はともかく、子供が本当にいたのかどうかは怪しいものだが……
『いつもいない』生き方をして彼はこれからどうするのだろうか。
少なくともボクには知る由もない。