嘘をつかれるのは不満である
介護保険には法律に基づいた指定事業所の更新がある。
介護保険に基づいた業務を行うためには行政からの指定を受けなければならない。
そして一度指定をとっても数年に1回、更新のための書類を提出しなければならない。
いつもいない安川さんはそんなことを知ってか知らずか、何もやらずにいつものように外出して帰ってこない。だから他のケアマネジャーたちが本来、管理者が行う仕事を代行する。
うちの会社は小さな会社で、正社員は安川さんとボクしかおらず、他はみんなパートのケアマネジャーなので必然的にそういう書類はボクがそろえることになる。
更新が近いという話を安川さんにしても『忙しいから事務所に戻れない』の一点張りだからだ。
『今日は帰ってこれますか?』
『いや……今日は娘が熱を出したから迎えに行かないといけないから。朝も言ったけど』
子供を理由にされると『嘘だ』と言いにくくなるが、ボクは間違いなくこれは嘘だと思っている。
そんなにしょっちゅう熱など出るのだろうか。
もし彼が言っていることが本当なら重病なのではないだろうか。
明らかに言っていることがおかしいのだ。そしてこちらが『先生はなんて言ってるんですか?』などと聞くとあからさまに迷惑そうな顔をする。
業務に支障がなければ、そんな突っ込んだ話などだれも聞きたくもない。
だけど安川さんの場合は明らかに業務に支障が出ているのだ。実際、自分が本来作成しなければいけない書類は作らないし、作ってもらった書類は確認しない……。これでは安川さんが管理者である意味は全くないではないか。
それに娘の話がなかったとしてもいつも『忙しい』と言っているが、一体何が忙しいというのだろうか?事業所の更新よりも優先すべき仕事はそんなにも外にあるものなんだろうか。
担当の件数は確かに安川さんがたくさん持っている。しかし持っていると言っても法律で担当できる件数は決まっているので多くは持てないのだ。最大35件を超えたところで介護報酬が減算されてしまうので、通常は件数を持ち続けないように調整する。
その調整は本来なら管理者の仕事だ。しかし安川さんは一切やっていない。担当件数の把握は事業所全体の売り上げにも係る話なので、月に1回、ボクが集計して件数の把握と売り上げが把握できる書類を作っている。そしてそれをたたき台にして今月は何件ぐらいなら受けても大丈夫という判断をいちいち安川さんに報告している。
この報告に関しても、安川さんがいつもいないから報告できず、仕方なくメールで報告するのだが、まったく返事がない。あったとしても『承知いたしました』だけ。
本来なら管理者の仕事をやっているのだから、『ありがとう』ぐらいの感謝の言葉があってもいいのではないかと思う。
だから安川さんがいくら忙しいと言ってもボクが安川さんを含めた利用者の担当件数を把握しているので、彼がボクの持っている担当件数とさほど変わらないことは知っている。
つまりそんなに外に行かなくても大丈夫なのである。
にもかかわらず事務所に帰ってこない。
結局、通常業務以外の書類整理はすべてボクがやるのだが、本社には安川さんの名前で書類を提出するのでボクの仕事は安川さんがやったことになる。
書類を道路を隔てたところにある本社に持っていくのは安川さんだ。
つまり苦労して時間をかけて作成した書類はすべて安川さんの仕事になってしまうのである。
そんなことが不満ならやらなければいいのだが、指定の更新ができないと事業所として営業できなくなるからそういうわけにはいかない。
そんな毎日にボクは不満を感じ始めていた。