神殿 ニ
ヨルシカの曲にハマりました、それはもうずっぽり
ああいう詩的なことが書きたい(書けない(書こうともしてない
◆◆◆
一方その頃。
「………」
「………」
その部屋には非常に気まずい空気が漂っていた。
そこにいるのは二人の美少女。人から見れば華やかな空間だと思われるかもしれないが、二人からしてみればただただ重苦しいだけだった。
想像してみてもらいたい。
片や里から一人で飛び出し、その後数年一人旅をしてきた基本人見知りな鍛冶師。そして片やついこの間まで奴隷で、突然売られて見知らぬ女に買われた少女。
お互いの関係はそこまで深いものでもなく、鍛冶師の連れが突然勝手に連れてきた奴隷というものだ。
かなり身勝手な少女が依頼の処理へ向かえば、そんな二人が同じ部屋に残された。
初めこそ鍛冶師の少女が奴隷の少女へ話しかけていたものの、思い出話という名の数多の地雷を踏み、さしもの彼女も打ちのめされた。奴隷の少女も頑張ってはいたものの、十幾年かぶりのまともな人との会話には慣れておらず、自ら話題を提供することもできなかった。
そうして互いが互いを気遣って話しかけられないまま、はや一時間。
リンベルはとうとう我慢の限界を迎えた。
「〜〜っ、カメリアちゃんっ!」
「は、はい」
「外、行こっ!」
「……はい?でも―――」
「いいから!ほら、行こっ」
そう言って強引にカメリアの手を取り、部屋の外へと引きずっていく。カメリアはその突飛な行動と意外に強いリンベルの力に目を白黒させながらも、棚に置いてあったアイテムボックスだけは咄嗟に掴み、そのまま外へ連れ出されていく。
かくして、人目を引く麗しき二人組は王都の街へと繰り出したのである。
「カメリアちゃんは何かしたいことある?」
「私は、特には……」
「じゃあ、したことないことは?」
「それは……」
カメリアは答えに窮した。
視界に入る全てのものが彼女にとって目新しいものだったのだ。
十年の間に見慣れた鉄格子と石壁と鎖と血とは異なり、街は色に溢れていた。隣の牢から聞こえていたような怨嗟の泣き声ではなく、人々の笑う幸せな声が響き渡る。生きるために最低限のゴミのような食事とは違う、娯楽としての食事がそこにある。あからさまな欲望に満ちた視線はなく、犯罪まがいのことをすればどこからか騎士がやってくる。
誰もが己が生を謳歌していた。
カメリアが見たことのなかった幸福が、今、眼前に広がっていた。
「カメリアちゃん」
リンベルがカメリアの手を引く。カメリアはそこで初めて自分が立ち止まっていたことに気がついた。
「行こう?」
「………」
冒険者登録の時もそうだった。主人もカメリアを強引に連れ出し、新しい景色を見せつけた。そして今のリンベルもそうだ。
まるで『ここがお前の居るべき場所だ』とでも言うように、カメリアを表の世界へと引きずり込んでいく。カメリアにとっては、今にも目が潰れてしまいそうなほどに眩しい世界へ。
「……どうして……」
「?」
主人の場合ならば良かった。彼女には明確な目的があったし、彼女がカメリアに齎す恩恵はそれに協力する報酬と投資だと理解できた。狼と戦わされた時は、確かに恐怖したが、それと同時に安堵も感じた。己の利用価値を主人に示すことができたのだから。
だが目の前の純白の少女は分からない。彼女にカメリアは何もできることはないし、するつもりもない。彼女はただの主人の愛人で、カメリアにとっては何者でもないからだ。
だと言うのに何故、彼女はカメリアを連れ出したのか。何故、善意しか感じられない笑顔を向けてくるのか。何故、慈悲すら込められた視線を向けてくるのか。
「どうして、私にそこまで……」
「ん〜?」
リンベルは言葉の足りないカメリアの問いに少し首を傾げ、意味が理解できたのか、にぱっと笑いながら答えた。
「確かにカメリアちゃんはユウカちゃんの、っていう立場で、いきなりで私もびっくりしたけど……、そういうことなら私達、もう仲間でしょっ?」
自分の言っていることは何一つ間違っていないと確信した顔のリンベルは、くるりと身体を向け、背伸びしながらカメリアの両頬を両手で挟み込んだ。
「仲間と仲良くなりたいのは当然っ、でしょ?」
「……そういう、ものですか」
「そういうものだよ」
しばらくふにふにと頬の感触を楽しんだ後、リンベルは再びカメリアの手を取って歩き出す。
「じゃあカメリアちゃん、今は何したい?」
「私は……」
カメリアも歩き出した。
今度は引っ張られるようではなく、自分の足でリンベルへついていくように。
「……まずは、なにか食べたいですね」
「お腹すいたしね〜」
◇◇◇
「……くそったれ」
間抜けすぎる。あんな罠……罠?うん、異様に高度な罠っほいものに簡単に引っかかるとか、ちょっとたるんでるな。石橋は叩いて潰して引っ剥がしてから渡れって言うだろうが。多少強くなったからって気抜くなよ。こんなんじゃすぐ死んで誰も守れないぞ馬鹿が。
「さて」
反省終了、現状確認しようか。
現在地は不明。気づけばここ、薄暗い洞窟みたいな場所にいきなり飛ばされた。直前に見えた魔法陣と聞こえた声から察するに、転移か召喚か、どっちにしろ俺の知らん魔法の効果かな。
目の前には一本の道、というか洞窟。後ろは行き止まり。まあこの道を進めってことだろうけど、うーんこの。奥の方からは少し明かりが漏れてるっていうのがあからさまだなあ。絶対なんかいるじゃん。
そして転移の際に別の場所に飛ばされたのか、腰にさしていたはずの愛刀達がいつの間にかなくなってる。おい、勝手に武装解除すんな。血吸わせられないじゃんか。帰ったらまたぶーぶー言われるなこれは。……というかそもそも失くしたらどうしよう。リンベルに泣かれるし俺も泣くが?
……まあそれは後で考えるとして、今するべきこととは。
「進むしかないかなあ」
そもそも無防備に罠に突っ込んだ時点で敗北濃厚なんだ。せいぜい推定敵対勢力の手のひらの上で踊ってやるくらいしか俺のやることなんか無いだろうさ。
足掻いて内側から食い破る、それが今の最善手だ。出来なくはないはず、というかやらなきゃ駄目。リンベルが宿で待ってるんだよこっちは。
蒼黒碧黒なしで攻撃力は下がったものの、まあなんとかできる範囲だ。やってやろうじゃないの、ええ?
ただ、そもそも敵の正体が見えないのが気持ち悪いな。
『神殿』だったはずの遺跡に仕掛けられた罠。何をするための罠だ?あとさっきちらっと聞こえた『女神の因子』、だったかな?うーん、何だそれ、知らん分からん。知識がないから動けない。
転移の罠は敵対行為じゃないっていう可能性もあるけど、悪い状況を想定して動くべきだろうな。
「ああぁ……馬鹿だなぁ……」
さっきまでの呑気な自分をぶん殴りたい。
まあ何にせよ、俺は出来る事をするだけだ。
一応後ろの行き止まりも調べたけど、壊地魔法を使ってもぶっ壊せなかった。そもそも俺の干渉を受け付けないっていう感覚、これでこの場所が普通の空間じゃないことが分かった。いやね、最初から分かってたけども。
そういう訳で仕方なく当初の予定通り、一本道を通って進む。
普通ならば完全に真っ暗なはずの洞窟、しかし壁面が僅かに光ることで視界を確保できている。一体どんな成分の岩ならそうなるのか、ファンダジックだねえ(適当)。
それからしばらく歩くと、開けた場所に出た。
周囲は変わらず岩。だが先程までの天然の洞窟とは異なり、少しばかり人の手が入ったような形跡がある。
言うなれば、観客席の無い地下闘技場だろうか。天井には何故かご丁寧に明かりが照っている。目覚めた場所から見えた光はこれか。
一歩そこへ足を踏み入れれば、すぐ後ろでいきなり地面が盛り上がり、洞窟への出入り口が塞がれる。これで退路は絶たれたわけだ。最初から引く気はこれっぽっちもないけども。
別に驚くことはない。
ただやるべきことをやるのみ。
「ほら、さっさと来いよ」
いつまでも待たせるのも失礼だろ?こっちは準備万端なんだよ。
俺の声に反応したのか知らないが、闘技場の中央に変化が現れる。
初めは小さな岩。地面が僅かに盛り上がると、小さな岩に分離する。
次に身体。小さな岩が地から浮き上がると、それに続くように地も盛り上がる。それは次第に手足を為し、人型となっていく。
最後に鎧。岩の鎧が土人形を囲い、その手にはブレードソードが形作られる。初めの小さな岩はヘルムに覆われ、その隙間から赤い一つの光が漏れ出していた。
そこに完成したのは岩の騎士。岩から出来たとは思えないほど滑らかにその剣をこちらへ構え、今にも殺すと言わんばかりの気迫を感じさせる。
その数―――千体以上。
「……いやちょっと多くない?」
闘技場から溢れそうな勢いなんだけど?張りきりすぎじゃないかね敵さんよ?
〈敵対勢力1000体以上を確認しました〉
〈条件を満たしました〉
〈《殺戮機械》が発動します〉
と、ここでいきなりスキルが発動してスッと頭が冷えていく。勝手に思考が戦闘に特化し、余計な情報は削ぎ落とされる。
このスキルは変わらず使い勝手悪いなという感情も、すぐに頭の隅に追いやられた。
「《鑑定》《見切り》」
名称:
種族:神岩兵
Lv:50
体力:2000
魔力:2000
神の名を冠するに相応しい、中々に高いステータスだ。
これが千体。普通に相手するならかなり骨の折れる作業になる。全て潰しきる前に魔力が尽きて泥仕合、というのも簡単に想像できるような数だ。
どうしたものか、できることなら楽に殺したい。
「……あ」
そういえば試してみたいことがあったのを思い出した。
……周りにいるのは敵だけ、人の気配はなし、壊しちゃダメなものもない。この場所ほどアレを試すのに向いている場所もないだろう。
よし、やろう。
さて、そうと決まれば―――
「火、水、風、土」
図書館にて、ついでで見た資料に面白いことが書いてあった。
それは属性融合についての資料だった。
例えば火と風、二つの属性を混ぜると、俺も昔適当に使った火炎旋風のような単体属性よりも強力な魔法が出来上がる、という話らしい。
普段から俺も多少使っていた。が、多用はしない。せいぜいが『魔義眼』の時に使うくらい。
理由は簡単、効率が悪いから。火と風の魔法を同時に使うとすれば、消費魔力も二倍になる。なのに魔法の威力の増加は二倍までは達しない。それなら単体属性魔法を二回打ったほうが効率が良かった。
だがその資料の研究では、属性の混ぜ方次第によっては威力のさらなる向上が見込めるとかなんとか。よく分からん理論からそういう結論が出されたらしい。
それを読んで、俺はピコンと思いついた。
「氷、雷、光、闇」
全部の属性混ぜればどうなるんや?と。
「混合」
指先に小さな八つの球を浮かべ、それらを一気に混ぜ合わせる。
制御はえぐいくらいに難しい。暴発させた場合が怖すぎて宿で実験する気にもなれなかったほどだ。
だがこの場所ならもし失敗しても誰にも迷惑をかけることはない。
しかもわざわざ《殺戮機械》まで発動させてくれるサービス付きだ。全てを魔法の制御に回して、集中する。今なら最高のコンディションで魔法を編める。
何度か失敗して爆発した。その度に近づいていた岩人形を吹き飛ばしていたのは見えていたが、気にもならなかった。ただただ集中していた。
そしてようやく、理想の魔法が完成する。
「……できた」
それは一見してただの黒い小さな球だった。だが、内包する魔力量はこれまで使ってきた魔法のどれよりも大きい。
これを解放すればどんな破壊が見られるのか、想像するだけで口角が上がってくる。
「さて、実験だ」
そうだな、この魔法に名前をつけるとするなら―――
「―――『黒死』かな」
眼前に映る敵の軍勢へ指を向ける。
指先に浮いていた黒球は、ゆっくりと敵の方へと動き出した。




