誘拐犯(仮)
ゆうかいはんじゃなかった。
「ごめんね〜、こいつになんか変なことされてない?」
「あ……む、胸を……」
「えっ」
「アレンっ〜!何してんのっ!」
「いや、それは誤解――――」
メキョ
「ぐふっ」
ハッ、ざまあみろ、女の敵め。俺、元男だけど。
「大丈夫ですか……?痛いところとかありませんか……?」
「は、はい、大丈夫です」
今、部屋の中にいるのは5人。俺と、よく分からん四人組だ。
その四人組は男二人女二人で、なにやら皆美人。爆発しろ。
あっ、いや、今の俺も美少女美少女。美少、女……。
「………」
さげぽよですわ……。
「ぐふっ、ゴホンッ。ま、まあまずは自己紹介しようか」
いえ、男の自己紹介は結構です……。
「まず、俺達は竜の咆哮という冒険者パーティだ。ランクはA」
ぶふっっ。
ド、ドラゴンロアーズ……ww。
い、いや、笑っちゃいけない。失礼だろうが。貴族設定だろ、しゃんとしろ。……ぷくく。
「で、俺がそのリーダーのアレンだ。よろしく」
「私はカレン、アレンとは兄妹よ。よろしくね!」
「リュエルです……よろしくお願いしますね……」
「…俺はゲイルだ」
アレンは赤髪短髪。正統派ikemen。
ゲイルは紺の髪、少し長め。ナルシスト風イケメン。
カレンはまたもや赤髪、背中までストレート。ちょっとツリ目だけど、綺麗系美人。うーん、確かにアレンに似ている……。
リュエルは薄めの金髪、肩までふわふわしてる。タレ目のおっとり系?
「えっと……私はユウカ=ロックエデン、だと、思います」
そしてそこへ割り込む圧倒的美少女の俺。記憶喪失の設定です。
「ん?なんでそんなあやふやなんだ?」
「えっ……と、名前以外、覚えてなくて……」
迫真の演技。可愛い。
「そ、そう……どこから来たとかは?」
「それも……分からない、です……」
上目遣い+涙目の攻撃!これで落ちない男はいねえ!
「うっ、そ、そう……」
「ちょっとっ、もうちょっとデリカシーないのっ」
いいぞもっとやれカレンさん。女の敵を潰せ。
「えっと、ユウカちゃんでいいわよね?今日はもう休みなさい。一回寝て、頭整理しましょ?」
「はい……」
ふっ、完璧。
「じゃ、また明日ね」
「はい…おやすみなさい…」
そう言い残して、部屋から去っていく四人組。
……完璧にハマったな、記憶喪失設定。
ちょっと罪悪感もあるけど。
「……はあ」
……たぶん、いい人たちなんだろうな。
森に全裸で倒れてる美少女なんて保護して、わざわざ街まで連れてきて、俺用に部屋を一つを貸してくれるなんて。
……ありがたいね。
「そのうち、恩返ししないとね」
俺はそういうのには、細かいんだ。
「……あ、服がない。借りなきゃ」
恩が、増えたね。
◆
「……思ったより、重症だったな」
「……そうね」
「まさか、記憶喪失だなんて……」
「………」
部屋を出て、話し合う四人。
「……あの子、どうする?」
「どうするってなによ。このまま放っておくつもり?」
「だが、俺達は冒険者だ。依頼にだって出かける。ずっとこのままって訳にはいかないだろ」
「それはそうだけど……せめて、この街にいる間くらいは保護してあげましょうよ!」
アレンを睨みつけるカレン。
「まあ待て、アレン。なら、俺達がここにいる間は保護して、その後はユウカに、職を探すなり孤児院にいくなり、任せればいい。依頼の間だってここに置いていっても大丈夫だろう。そこまで小さいわけじゃない」
ゲイルが言う。
「一回保護したので、無責任にはなりたくないですね……」
リュエルも追撃。
「うっ…分かったよ、この街にいる間は保護することにしよう。その後は知らないからな」
「それでいいわ。ありがとう、アレン」
「別に……」
「あの……」
「「っ!」」
「服が、借りたいなと、思ったんですけど……」
そこにいたのは、毛布を身体に巻いたユウカ。
ある意味、ひどく扇情的な姿だ。
男陣は目をすぐに逸らす。
「あっ、そうだったわね。こっち来なさい、貸してあげるわ。ブカブカかもしれないけど」
「いえ、貸してくれるだけでありがたいです」
そう言って、カレンとユウカは部屋へと戻っていく。
「………」
そして、とても気まずい男が一人。
「……聞こえてたかな」
「…聞こえてたでしょうね……」
「…だろうな……」
「…まあ、ユウカちゃんも分かってくれるでしょう……」
「…そうだな」
「……はあ、嫌われたかなあ……」
アレンは、深く溜息をつくのだった。
◇
パチリと。
目を覚まして、一言。
「知ってる天井だ」
そりゃそうだね。
窓の外を見れば、まだ薄暗くて、憎きサンシャインは昇っていない。
ああ、起きるの早すぎたな。
まあ、異世界初日で深くなんて眠れないか。
もう一回寝るか?いや……。
「やるなら、今か?」
何をやるかと言えば、もちろん毒薬のことである。
早く自立するためには、出来るだけ多く、そして早くあの毒薬を飲みたい。
ならば、空いている時間は有効活用するべきだろう。たとえ、少しリスクがあったとしても。
……やるか。
「《毒薬作成》『賛美の狂歌』」
襲ってくる倦怠感と同時に、手のひらに一粒の錠剤。
……うーん、若干トラウマ。
でも、前回の最後の方には、少しだけ痛みが和らいでいた気がしたんだよ。なんか頭の中にも〈《激痛耐性》がうんちゃらかんちゃら〉って流れてた気がしなくもない。
今回は、それに期待かな。
ベッドに寝転がって、毛布を口にくわえて準備完了。
「ひははひはふ(いただきます)」
錠剤を毛布の隙間から口に放り込む。
……この微妙なタイムラグやめてほしいなあ……。
「ぎっ……!」
いっ…!痛い痛い痛いっ。
「ぐぅぅぅうう、ふぅぅううっ!」
前回よりはマシだけど、痛いもんは痛い。
だが、耐えろ。
「ぅぅぅううっ、ふぅぅううっっ」
声を上げるな。
悟られるな。
ここでバレたら、不自然に思われるぞ。
「ぎぃっ、ぐ、ぅううぅう」
痛みに涙が溢れてくる。
毛布を噛む力が強くなる。
「………っ、ぅ……っ」
耐えろ。
この程度の痛みは。
耐えろ。
「ぐぅ……っ、フフッ……っ」
ああ、俺なら出来るよ。
耐えられる。
「アハッ……っ、………っぐ」
これくらい、なんともないね。
〈《激痛耐性》のLvが6に上昇しました〉
〈《激痛耐性》のLvが7に上昇しました〉
◇
目を覚ます。
あれ、どういう状態だっけ。……なんか息苦しいな。
「ふがっ……ぺっ!」
先っちょがボロくなった毛布を口から出す。
……ああ、思い出した。毒薬飲んでまた気を失ったのか。情けない。
まあ、しょうがないか。声は出さないですんだし、合格ですかね。
外を見れば、太陽が昇っている。
かなり長い間気を失っていたようだ。
「……はあ」
朝飯、あるのかな……。
コンコン
むっ、寝ている乙女の部屋に入り込もうとするとは不届き者めっ、成敗してく――――
「ユウカちゃーん、入っていいー?」
OH YES WELCOME 美人さん!
「はーい、どうぞー」
手のひら返し?知らんな。
「失礼するわよー、もうすぐ朝ごはんが……」
そう言いながら入ってきたカレンさんは、俺の顔を見て、少し驚いた顔をしたあとに、微妙な顔で微笑んだ。
……あれ、俺の顔、なんかついてる?
「ごはんの前に、顔、洗ってきたほうがいいわよ。跡、ついてるから」
跡、とな?よだれ?
……ああ、涙か。痛すぎて泣いたやつ。
なんか、勘違いさせちゃったかな。
「あ、分かりました。行ってきます」
「……ええ……」
そんな顔しなくてもいいんだよ、カレンさん。
俺は、そんなに弱くないからね。
そうして、カレンさんの横を通り過ぎようとした時――――
カレンさんが、俺を胸に抱き寄せた。
ふぉぉぉおおっ、柔らかぁぁ――――
「無理、しなくてもいいのよ?あなたはまだ子供なんだから。私達を頼ってもいいんだからね?私達は、いえ、少なくとも私は――――
あなたの、味方だからね」
「………」
――――思い出して、私は、いつでも、あなたの味方だから――――
…………。
「……ええ、ありがとうございます、カレンさん。行ってきますね」
「え、ええ……下に降りればすぐだから」
「分かりました」
カレンさんの腕を振り解いて、下へ向かう。
表情、作れてるかな。
「………」
ああ、懐かしい。
懐かしいことを、思い出したな。
「母親、ね」
あれは、いつのことだっけ。
母とのいい思い出を、最後に思い出したのは、いつだっけ。
「……ハハッ、ひでえ顔」
下にあった井戸の水面に映った顔は、それはもうひどいもので。
「おっといけない」
この口調はよくない。
もっと貴族っぽくしないと。
「ウフフっ、ひどい顔でございますわねっ!」
違う、これ、悪役令嬢や。
「……はあ」
さっさと顔を洗う。
涙の跡を洗い流すように。
思い出を、洗い流すように。
「ふぅ……」
……さて、切り替えよう。
こんなとこで立ち止まっていられないよ。
「俺は、ここでやっていくんだから」
さっさと、忘れろ。
「それは、いらない」
……そうだな、今日から動き出そうか。
「まずは、冒険者登録だな」