とある勇者の行く異世界従者譚
勇者の話をどーん!
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始まりまで遡る。
勇者召喚。
そこに現れた一人の青年。
その、彼のお話――――
◆
「勇者様っ!」
宮殿。
その廊下を、一人の男が歩く。
迷いなく、真っ直ぐに。
そしてその男を、金髪の美少女が呼び止める。
「ケンゴ様っ!」
その人物は。
漆黒の髪を少し伸ばし。
同じく漆黒の服とマントを纏い。
腰に一本の刀を下げて。
整いすぎた顔に笑顔を貼り付けて、言った。
「様付けはおやめください、お姫様?」
◆
天道剣護。
18歳。
この人物を一言で言い表すなら、『怪物』である。
神の如き造形。あらゆる分野において最高の才覚を見せつける鬼才。それでいて全く奢らないその精神力。そのいずれも常人には真似できないものである。
その頭角は幼少期から見えはじめた。
まず生後一ヶ月で「ははうえ」とはっきりと発音。三ヶ月にして周囲の会話を完全に理解し、九ヶ月にして文章を口にし始めた。
平仮名を覚えたのは2歳。小学校へ入学するまでに常用漢字の多くを覚える。
小学校では当たり前だが全てのテストで満点。全国模試では1位を獲得。中学受験において日本最高峰の学校を受け、全て合格。もちろんそこに進学するものだと周囲の人間は思っていたが、なぜか彼が進学したのは近所の市立の学校であった。
しかし中学でも彼は優秀で、学内模試は2位、全国模試でも2位を獲得した。部活でも活躍し、一年生で柔道部へ入部すると他を寄せ付けない強さを見せ、一年生にして全国大会に出場、見事準優勝を果たした。しかし彼は、次の年には優勝を目指すのだろうという皆の考えを裏切り、翌年柔道部を退部し、剣道部へ所属した。人々はこれに首を傾げたが、剣道でも全国大会へ出場、準優勝を達成したことで、そのことは有耶無耶になった。けれどまたしても剣道部を退部。三年生では空手部へ入部した。何だこいつは、と周囲が思い始めたが、彼は再び大会で準優勝を果たし、ヤバすぎる奴として全国に名を轟かせた。また、その優れた容姿から全国にファンクラブが設立されたほか、『体育会系のプリンス』や『武術の天災』など様々な二つ名がつけられた。彼は高校受験においても最高峰の学校に合格したが、こちらでも無名の学校へ進学した。
高校でも彼は止まらない。全国模試ではまたも2位、さらに部活を転々としながらも、毎年必ず全国大会へ出場、準優勝をおさめた。その頃には彼はすでに、全国の運動部員で知らぬ者なしとまで言われるようになっており、『万能王子』『大会荒らし』『唯一神』など様々な二つ名が増えていたが、一つだけ、『万年二位』という、異質な二つ名もつけられていた。
多くのメディアは彼に注目し、情報収集や、どうにかして取材をしようとしたが、彼の個人情報は同級生や友人、さらに学校に至るまで完全に秘匿され、取材をしようにも、大会でのインタビュー以外では、彼は全くメディアの前に姿を見せず、学校の校門前で待ち構えていても、なぜか彼を捕まえることはできなかったのだった。
このことから、この業界では彼はこんなふうに言われていた。
天道剣護は普通じゃない。
彼には、関わらないほうが身のためだ、と。
◆
「……はあ」
「シャジャジャシャジャァアア!!」
そこは蜘蛛の巣。
四方に糸が張り巡らされ、獲物がかかるのを待つ。
そしてそこへ立ち入る一人の男。
警戒も何もしないソレを見て、大蜘蛛は歓喜する。
獲物だ、獲物が来た。
まずは四肢をもいでやろうと、その獲物に爪を突き立て―――
「シャッ?」
―――られなかった。
「……あー」
その自慢の強固な8本の脚は、男の一閃で全て断ち切られていた。
「……ジャァァァアア!??」
「申し訳無い、私個人は貴方に恨みはありませんが、死んで下さい」
そう言った男の手元が煌めき―――
それが、大蜘蛛の最後に見た光景だった。
「……はあ」
「すごいっ、さすが勇者殿だっ!」
「Bランクのジャイアントアシッドスパイダーをあんな一瞬で!」
「まるで赤子の手をひねるようだったぞっ!」
「……ありがとうございます」
そんなお世辞はどうでもいい、とでも言うような様子で、曖昧な笑みを浮かべながら返事をするその男。
彼は天道剣護、今回召喚された勇者である。
「ケンゴさんっ、お疲れ様でした!」
「ああ、ありがとうございます、姫さ―――」
「セレスですっ!」
「……セレス様」
「セレスですっ!」
「……セレス……さん」
「……まあいいでしょう」
彼が今いるのは、彼の本拠地、ヘインセラ聖国から少し離れた小国。各地を巡る旅の最中である。
旅の共は聖騎士団員数人と、聖国第4王女のセレスティアがいた。
この旅では勇者の育成のため、という名目で各地の魔物を狩ってはいるが、そんなものはヘインセラ聖国でやればいいことである。実際は『勇者』というネームバリューの底上げ、要は人気取りだろうということが目に見えているため、あまり乗り気でない剣護だった。
「はあ……」
必然的に溜め息は増える。
(もうすぐ、一ヶ月……)
彼がこの世界に召喚されてからはや一ヶ月。
彼は国という大きな力の前に逆らうつもりはなく、聖国に言われる通りに過ごしてきたが、彼の最大の目的が未だ果たせそうにないことが、唯一の気掛かりだった。
その目的とは―――
(悠様は、どこに……)
―――ある人の、捜索だった。
◆
出会いは9歳の夏。
「剣護と申します、よろしくお願いいたします」
初めはいやいやだった。
自分より優れた人物はいないと思っていたから。
誰かに仕えるなんて納得できなかった。
黒歴史とも言える。
だが。
「……お前、弱いな」
「っ!」
驚いた。
今まで、そんなことを一度も言われたことがなかったから。
それと同時に苛立った。お前に何が分かる、と。
「お、やっとこっち見たな」
「え……」
「俺が悠だ、よろしくな」
彼は真っ直ぐ、目を見ていた。
下を向いていた自分とは違って。
なぜそんなことを言ったのかは分からない。
ただ気を引くためだったのか、プライドを刺激するためだったのか。
彼の思考は分からない。
ただ、自分は彼には敵わないだろうということは、はっきり分かった。
「で、お前は?」
「―――剣護と申します」
主は、決まった。
◆
「剣護、お前一位とか取って目立つなよ?」
「分かりました」
2位ならいいのかな?
◆
主は、苛烈だった。
「敵は、殺せ」
その苛烈さは主から人を遠のかせた。
「あの子は、本当はいい子なのよ」
だが彼はそれを変えようとはしなかった。
それが正しいと、信じていたから。
「剣護、あなたは、あの子の味方でいてあげて」
「分かっております」
信念を貫き続ける。
そんな彼に惹かれる人々もいた。
「なあ坊っちゃん」
「坊っちゃん言うな」
そんな彼が心を開く人物もいた。
「ねえ、悠。私や剣護以外にもきっと、味方になってくれる人はいるから」
「へいへい」
全ては上手く廻っていた。
そのはずだった。
◆
「ああああああぁぁぁぁああああ!!!!!」
慟哭。
半身を引きちぎられたような、痛切な。
「なんで……っ、あんたが……っ」
腕に、愛しい亡骸を抱えながら。
「………ァァアアア!!」
人の身から出るのかという程の、憎しみ。
「……………殺す……っ」
顔を涙に濡らしながら。
「アイツは……っ、アイツだけは……っ!」
瞳に、復讐の炎が宿る。
「俺が……この手で……っ」
後悔も、悲嘆も、愛情も、思い出も、温もりも忘れて。
「必ずっ、殺してやる……っ!!」
◆
「準備は整った」
右手で愛用の銃を回しながら、主は言う。
「剣護、お前は―――」
「お供します」
主は、笑わない。
「悪いな、変なことに巻き込んで」
「何を今更。貴方は私の主ですから」
「……そうか」
その目を閉じて、何を思うのか。
分からない。
分からなくていい。
ただ今は、側にいれば。
「さて、行こうか」
「はい」
それだけでいい。
「皆殺しだ」
その日、『岩田家』は全滅した。
◆
「おはようございます、悠様」
「おう、剣護」
あの日から、主は笑うようになった。
苛烈さは身を潜めた。
それが本物かどうか、それは分からない。
その心の奥底は、分からない。
「………」
そして、運命の時。
「なっ……!?」
突然、地面が光りだす。
「これは……っ、悠様っ!!」
手を伸ばした先の主は。
何かに躓いたような姿勢をしていて。
そこで視界は途絶えた。
◆
「……んっ、ケンゴさんっ!」
「……あ、なんでしょう?」
「どうかしたんですか?突然ボーッとして」
「いえ……もう、一ヶ月経つんだなあ、と」
「そうですね……一番初めは勇者様がお一人で驚きましたけど、今考えれば、ケンゴ様がお一人で逆に良かったと思えるほどですっ!」
「……あ、あはは……」
仮にも大国の王女に似つかわしくない言葉遣いのセレスティアに苦笑いの剣護。
「……はあ……」
(悠様はどこにおられるのだろうか……)
彼は、悠が元の世界で死んでいることを知らない。
彼は、悠がこちらの世界へ、女性となって転生していることを知らない。
(絶対こちらの世界にいらっしゃるのに……)
だが彼の悠レーダーは、悠の魂の波長を捉えていた!!
(悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様悠様………)
愛が重いっ!
(ああ、おいたわしや悠様……必ず見つけ出して差し上げます)
――――この身は貴方の剣に。
――――この身は貴方の盾に。
――――剣護の名にかけて。
「貴方の全てを、お守りしましょう」
もう二度と、貴方に失わせはしない。
◇
「……くしゅん!」
「どしたのユウカちゃん、風邪?」
「うーん、そんなことはないと思うんだがなあ」
「だがなあはダメっ!だけどなあでしょ!」
「……思うんだけどなあ」




