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プロローグ

 それが何であれ、物事を完璧にこなすのは難しい。

『完璧』の定義については各々で調べてもらうとして、常に100%っていうのは対人間には稀有(レア)な言葉だ。

 限りなく100に近づけるための、たゆまぬ研鑽(けんさん)が完璧を生む。


 おれたちの仕事も例外じゃない。

 でも、この“仕事”について話すとしたら、おれが誰かって話もしなければならない。

 だから……

 これは、仮定の話。



 アダムを知っているだろうか。

 人間で初めての男。

 そして、アダムの肋骨から初めての女性が創られた。

 それがイヴだ。


 偶然にも、両親の名も同じ。

 父と母はよく似た二人だった。

 おれが産まれた後に妹が産まれ、やがておれたちが成長すると、二人の再来と言われた。

 妹のプラチナブロンドの髪は、母を思い出すのにいい材料だ。


 父と母は、もういない。

 ある日、二人は家を出たきり帰ってこなかった。

 おれが6歳か、7歳の時だ。

 その後、おれと妹は後見人に引き取られ、その男が校長をしている私設学校へ入学させられた。


 それが、おれたちの通う、Gloriana(グロリアーナ ) Eden(イーデン)

 学校では、両親の功績が讃えられ様々な形で残されていたが、どれも初めて見る両親の姿だった。この本もその一つだ。


 実のところ、あまり両親のことはよく知らない。今、分かることといえば……

 (おぼろ)げな記憶とこの古い本を頼りにするとしたら、二人はとても仲睦まじい夫婦だったということと、優秀なハンターだったということ。



 彼の前には、ところどころ擦り切れた、分厚く曰くありげな本。


 それには丁寧で豪奢(ごうしゃ)な装丁が施されていた。

 ブラウンの子牛革には金箔の唐草模様が型押しされ、金の装飾鋲が表紙を彩っていた、であろう。

 おそらく百年程前には。


 今では色を失い、古めかしさが持つ重厚感だけが際立っていた。


 状態は良くなかったが、大切に、そして密かに加筆され受け継がれてきたという、時代を感じさせる代物だった。


 近代的で無機質なデスクとは対照的で似つかわしくはなかったが、彼はパラパラと本をめくり、溜め息を漏らす。

 そして、またPCに向かった。



 学校では、おれは所謂(いわゆる)、問題児。


 すぐに仕返しをして問題視されるおれに

「目立たないようにうまくやらなきゃ。私が教えてあげる」と妹が言う。


 それについては目下、特訓中だ。

 おれが目立たないなんて、笑い話か冗談に近い。

 でも、やる気は見せないと。

 相手の本気には、充分すぎるくらい応えるのがおれの性分だから。

 まぁ、それが問題視されているわけだが。


 何事も完璧。

 それが妹だ。

 まぁ、人間に完璧と表現されたところで、真偽が疑わしいか。

 それに何しろ、基準がおれなのだから。

 それが理由なのか、妹は、お兄ちゃんとは呼ばない。

 今まで、一度も。



「アルファ(α)」


 少女は兄の肩に手を置き、覗き込む。

 瞬間、フローラルな香りが落ちてくる。


「イータ(η)」


 振り向いたと同時に体も椅子ごと回転させたので、必然的に妹の手は彼を離れる。

 条件反射のように見せて、これは実は気恥ずかしさによる仕草だった。


 彼は、さり気なさを装ったつもりだったのだが、彼女は少し眉を上げた。

 さも意外といったように。


 イータはPCの画面を一瞬見つめ、視線をアルファの顔へ移すと口元を少し緩めた。


「私は完璧じゃないわ。ただ、そう在りたいだけ」

「それに……それが理由じゃない」


 彼は、自分の動作が妹に対して全く無意味だったことを知った。

 画面から目を逸らせるつもりだったのに。


「だとしても、別に大した問題じゃないな。そんなに差はないはずだから」


 冷静に振る舞いつつ、ノートPCを静かに閉じる。

 そして何事もなかったかのように聞いた。


「で、理由って?」


 アルファのその澄ました顔が余程気に入ったのか、答える代わりにイータは美しい微笑を浮かべた。


「そろそろ出番よ」





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