或るシャープペンの独白
たいした年数も使われてないのに付喪神って信じられますか?
いや別に私が神とかそういう事じゃないですよ。
自称したらイタイ存在じゃないですか。
まあ、あの、なんです。
私の主様から得た知識ではそういう存在で説明するのが、なんとなく一番わかりやすいかなって思っただけです。
私はとある事務所で長年使われているシャープペン。
シャープペンシルやシャーペンでもいいのですが、とりあえずはシャープペンで。
自分自身の名前はありません。
紫色のプラスチックボディにクリップ、それにラバーグリップが付いただけの極々平凡な形状です。
ラベルライターの透明シールで『Se.K』と貼った上からセロファンテープで補強されているのが、唯一の特徴。
主様の名前ですね。
何でも『S.K』とイニシャルだと被る同僚が複数居るので、一文字足してみたそうです。
主様はお気に入りの日用品に対する愛着は強い方ですがズボラな性格で滅多に記名する事はありません。
シャープペンたる私の他には、コンビニで買った骨の強いビニール傘さんと、尻の鉄板がベコベコになったホッチキスさんだけってのが、ちょっと特別感というか優越感というか。
何ていうか、気持ちが擽られますねっ。
他の有象無象の日用品達とは違うのですよ!
主様の愛情を感じます。
出勤後に予期せぬ雨が降った時だけ使われるビニール傘さんは、別にライバルとは思っていません。
買ってくる度に玄関の傘立てから行方不明になった彼の先輩達は数知れず。
ホッチキスさんは、その……戦友だと思っています。
同期と言えるくらい古い付き合いですし、セロファンテープの補強はありませんが、固い針の抜き過ぎでベコベコになった尻の鉄板が哀愁をそそります。
業務用の大きな針だろうと主様は捻じ込みます。力技で持ち上げて最後は尖ったペンチで引き抜くのがジャスティス。
リムーバーは何個も破壊した為、今では使用していません。
最近の丸っこいプラスチック製なんて見向きもしません。鉄製の旧型ホッチキスさんは時々ペンチや鈍器で修繕されながら現役です。
私はデスクに座った主様の視界に入る場所で毎日過ごしておりますし、時には胸ポケットに入って営業活動のお供なんてしちゃいます。
電話応対のメモから大事な打合せの記録、業務上の成否に関わる数字の試算まで使われるのです。
数千万、時には億単位の金額。μmからkmまで秒から年まで。専門的な内容では数々の頭が痛くなるような単位のアレコレ。まあメインはパソコンに譲ってますけど、主様が紙に書き走る時は基本的には私の出番です。
馬力って書かれた時は、ハァッ?って思いましたけど。
すぐにkWに換算されましたので、きっと主様が入社される前の資料から持ってきた数字なのでしょう。
ちなみに主様はニュートンが嫌いです。kgfは渋々換算して書類を作る程度には古い脳で出来ています。g=9.8が参考文献の中でやたら出てくる事が多いお仕事ですのにね。切り替えって難しいものでしょうか。
リンゴも嫌いなようです。焼肉のタレやカレー粉も混入は絶対許せないとか。全く関係ない話ですが。
いやニュートンっていうとつい。
自意識が芽生えたのはつい最近ですが、私は主様と記憶を共有している為にただのシャープペンだった時代の事も思い出せますよ。
主様と最初に出逢ったのは、総務課にある消耗品棚で色違いの仲間達と無造作に並んで寝ていた時の事。
誰かに手に取ってもらうまで私達は生まれてきた使命を果たす事ができません。
シャープペンは筆記用具として使われてこそ華。棚の中で在庫で居るうちはつまらないものです。
紫色だった私はまだ入社して間もない主様に選んで貰えました!
紫と緑を嗜好される主様と今は判っていますから、もし緑色が並んでいたら運命は異なったかもしれませんが幸いその時一緒に居たのは黄色と青色だけ。
迷わず設計課に持ち帰られた私はさっそくとばかりに0.5の黒い芯を挿入され、サラサラと文字を綴りました。
当時まだラバーグリップが付いてないシャープペンが割と使われていたせいか非常に満足げに。
ですがそれが仇となったのです。
設計課の近くには営業課があり、そこの男性達はひょいひょいと丁度いい位置にある主様の机から私を借りていきます。
他の人の席にだってシャープペンはあるのです。
だけど皆して、主様の机に居る私ばかり選んで持っていくのです。
返してくれる人はいい。でも返さない人はいつも私を自分の机に置きっぱなしにして、さも自分のシャープペンであるかのような顔。
そういうのに限って肩書きがやたら上だったりします。
一介の会社支給品でしかない私を迎えにくる主様は、次第に面倒そうになってきました。
居ない時を見計らってそっと持って帰ってきますが、まるで隣の上司の机から勝手に持ってきてるようであまり気分が良くありません。
私にラベルライターで主様の名前が貼られたのは、そんな頃です。
新人ペーペーの主様が黙っていても、ごめんごめんとデスクに戻して貰えるようになりました。
時が経ち別ルートで私に比べれば高そうな製図用のシャープペンも増えましたが、主様の一番は私のまま変わらず。
ボールペンは主に取引先の粗品で続々と増えてますが、シャープペンはそれほど増えずに私と製図用さん以外は誰かに持っていかれます。
劣化した剥がれそうになった透明テープは新たに貼り替えられる事なく、セロファンテープで補強され。
若干ごわごわしてて見目は良くありませんが、主様は気にする様子もないので私も不満はありません。
あれから十数年が過ぎても私と主様の蜜月は変わらず。
今では一人前の技術者となって忙しくなった主様と共に暮らしています。
粗品ボールペンで溢れかえる筆立てに無造作に無理やり突き立てられたりしますが、ひとつだけ出っ張っているのも特別感。
一番使われているからの、そのポジションですからね!
うっかりホッチキス等が入っている道具箱的な引き出しに放り込んで忘れてしまい、おろおろ私を探してる主様に感じる愛しさったら。
私がもし喋れたら、ここよ!と叫んであげたい。
自宅に連れてってもらったのも、うっかりのひとつですが光栄な事だと思っています。
家にある筆記具の有様ときたら、ほんと仕事以外はズボラな主様らしいという酷さでしたが。
幸い混沌の渦に呑まれる事無く私は職場に帰ってこれたから良かったです。
ロケットペンシルなんて生きてたんですね。使える芯は入っているのでしょうか。
何処ぞの訪問国営放送から渡された消しゴム付き鉛筆は、肌色の上にあるはずの黒い部分が見えませんでした。
削る気なんて全くないのでしょう。先端が壊滅している以外は新品同様なので、いつか使う気があるのかまだ保管されてますが。
百円ショップで買った束のシャープペンは使い捨てのようです。見失ったら次の使って、それも失くしたら買ってくる方針。どうして自宅という限られた空間の中でそう頻繁に紛失するのでしょうか。庶民的なコンパクト2LDKですよ。
見てはいけない光景を見た後で出勤するなりデスクの上に転がされた私を思い出して、改めて今ある幸せを噛み締めました。あのまま自宅に放置されていたら存在を忘れられ、やがてうっかりさんな主様によってゴミ袋の中に転がり落ちてつまらぬ生を終えていた事でしょう。もしくは大掃除か引越しの時に妙な場所から埃まみれで発掘されるのでしょうね。
しかし噛み締めた幸せは過去のもの。良き日の思い出。
つい最近自意識が芽生えたと言いました。
そのきっかけは危機感からです。主様の私に対する愛着を奪いかねない存在。
文具屋で悩んだあげくに買ってきた癒し系キャラクターのシャープペン。機能は同じなのに、良い素材で作られてて絵柄のせいかお高い。
今までボールペンなら買ったのを知ってます。他のキャラでも。でもシャープペンまで一緒に買ったのは今回が初めてです。職場で使ってもそこまで違和感のない上品なデザインで、握り心地も良い。
奴は……奴は……っ!
胸ポケットという一等地を瞬く間に奪ったのです。
そこは長年シャープペンの中で私だけが許された場所。何故ボールペンでもマーカーでもない貴様がっ!
お揃いデザインのボールペンと澄ました顔で並んで胸ポケットに収まっている奴を見て、私の中に嫉妬の炎が燃え上がりました。
ああ……主様。私は……私は用済みなのですか。私は此処に居ますよ……。
奴には記名シールが無い。そう自身を慰めようとも欺瞞でしかない事。
キャラクター物のシャープペン。社内でそんなのを使いそうな人間は限られます。
というか主様以外に使いそうな人が思い当たらない。主様を知る人ならその辺に落ちてたらまず誰もが主様に聞くでしょう。
つまり平凡な私のように記名する必要性がないのです。
私には歴戦の強者感を醸し出すホッチキスさんのように他を圧する存在感が無いのです。
ただの小汚いシャープペンなのです……。
鬱々と自己卑下を繰り返す日々は、一ヶ月、二ヶ月、季節も変わり秋も深まり……と過ぎました。
主様の胸ポケットから、奴の姿が消えました。
相棒のボールペンは相変わらず居ます。奴だけが居ません。
私は再び過去のポジションを取り戻しました。何事も無かったかのように。
隣には奴の相棒たるキャラクター物の麗しいボールペンが並んでいます。
美形の横に並べられるって微妙な気持ちにもなりますが、でも此処は私が帰ってきたかった場所です。
自分の抑えきれない湧き上がる喜びの気持ちが苦しく感じられました。私はなんと卑しいのでしょう。
他者の不幸の上に、今の私の幸せが成り立っているのです。
確かに奴の事は大嫌いでしたが、だからといって単純に喜んでいいのでしょうか。
おそらくですが、主様はうっかり何処かで奴を失くしたはず。奴の行方は知れません。
自意識が芽生えて以降の記憶は主様と共有していません。なので至った経緯も主様がその事をどう思われているのかも不明です。
表情はいつも通りの淡々とした感じで仕事をこなしているので、感情は読めません。
同僚との話題にも出ないようです。
主様は蜜月を過ごしていた以前のように、私を愛用してくれています。
将来いつかは迎える定年退職の日までとは言いません。
私が壊れるその日のほうがきっと先でしょう。私は安物のプラスチック製なのです。
外を一緒に歩けば紫外線に当たり、使い続ける物だからこそ破損する日がきっと来るはず。
もし私が元気なうちに転職するなら一緒に連れていってくださいね。自宅はちょっと嫌ですが。
もうひとつだけ願いがあります。
奴がひょっこり何処からか出てきますように。
嫌いだけど。ポジションなんて争いたくないけれど。
そうしたらこの罪悪感も消えて、主様の愛情だけを感じてシャープペンとして生まれた使命を心置きなく果たせる事でしょう。




