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「8」

「偽りの神の社の崩落」

 いつの間にかハヤテが高台の岩の上を駆け上がり、縫の喉元にがっぷりと咬みついている。

縫と疾風はもつれ合い、岩の上から落下し、水面に叩き付けられた。

縫の目が一瞬ガッと見開かれ、海尼僧の死体に視線を投げたが、やがてどんよりと重たそうな色に沈み、やがて視線は虚空に放たれた。一方の疾風は脇腹から臓腑が溢れ落ちており、最後に強く縫の喉元を噛み締めるとばたりと倒れ伏す。


「伊三郎……ハヤテが……!」

そばに駆け寄ろうとしてふらついたのを、赤樫がとっさに腕で私を支え、ポツリと呟いた。

「憐れな事だ。女も、犬も。結局呪いの為に犠牲になっちまった」

私は赤樫を見上げる。苦々しげな面持ちだ。

「俺達も言えないがな」


……そう、荼枳尼天の「呪」と「祝」を同時に受けた我々の末路を考えれば一連の出来事は他人事ではない。各地をこうして巡り歩く道中、怪異に遭遇しその怪異を退治する羽目になっているのがいい証拠だ。赤樫なぞ戦争で心臓を弾丸で撃ち抜かれそこで死ねなかった。実験半分興味半分で呪われた灰を狂った軍医に詰め込まれたことで、怪異の心臓を喰らわずにおられない体になってしまった。


「考えりゃ、こいつらより俺らの方が余程呪われてらァな。母親の忠犬に始末つけてもらっちゃこの女まだ幸せな方かもしれねぇ」

私は自嘲する赤樫の腰に手を回し抱きしめるとそっと目を閉じた。その時、赤ん坊の元気な泣き声が響き渡り、

「2人とも」

と声がする。


赤ん坊を抱いた老女が目の前に立っていた。

「お紗和さん無事だったんですね!」

「あぁ」

お紗和さんは悲しげに自分の娘と忠犬の亡骸の前に跪く。

「済みません、彼女の呪いまで紐解く事が出来なかった」

私が謝るのを聞いてお紗和さんは首を横に振った。


「却ってすまなかったね。身内の揉め事にあんたがたを巻き込んだようなもんだ。こちらこそ許しとくれ」

お紗和さんが言い終わるか終わらないかの内に、突然地響きがし始めた。

「イカン、岩場が崩れ始めてやがる!逃げるんだ!」


赤樫の言葉に周囲を見渡すと成程岩壁あちこちにヒビが入り、脆々崩れだしている。


「逃げるぞ!」

赤樫の一声。

お紗和さんは一瞬娘と犬の亡骸を見やって躊躇する。が、

「お紗和さん、赤ん坊は死なせちゃいけねえ」

と赤樫に促され、ハッとする。


お紗和さんは2つの影に手を合わせると我々と共に出口へ向かい走り出した。

最初に降りた階段を駆け登りあの牢屋を飛び出た途端、推し量ったかの如く牢獄は押し潰され、鳥居を掲げ高く聳えていた岩場も崩落した。


我々が外へ辿り着いた時は、どんよりと重く曇っていた雲間は淡い金色の光を幾筋も落とし波を煌めかせている。

崩落したのは岩場のみでなく海坊主の墓と呼ばれ鳥居を冠にしていたあの巨大な岩もろともであった。日はもう大分西に傾いている。


波のまにまに目を凝らすと、黒い水の隙間に白い泡の向こうに赤いチラチラした光が数個見える。

魚女達だろう。

「どうするのです?」

赤樫に訊ねると彼はンンと首を捻り言った。

「ほっとくのがいいだろうさ。恐らくアイツらも油や灰みたいなもんのの犠牲者だろうしな」


赤樫から言わせれば自分もほんの少し間違えておれば、今以上に人から逸脱した姿だったろうと思っているのだろう。

魚女や陀権と変わらない姿で自分の事すらろくに記憶していない怪物となり、あちら側にいたとも限らないと言いたいのだろうなと私は思う。

「9」へ続きます

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