「7」
「赤樫、海尼僧を討つこと」
その瞬間、うわんっと大きな犬の声が聞こえて、同時に
「三鈴ゥッ」
と激しい怒号が耳をつんざいいた。
そのおかげで私は海尼僧達の世界から少し離脱する。頭が少しぼっとしているが危険な状況を周囲を取り巻く血なまぐささで察知した。海尼僧を守ろうとして魚女達が迫っていたのだ。犬があちこち走り回り吠えたて、それに応戦してキシャアッとひどく甲高い威嚇の声。ハヤテが魚女達を追い立てているのだ。
それだけじゃない、少し離れたところから聞きなれた声が再度かかった。
「オイッ!三鈴!取り込まれるなんざ冗談じゃねえぞっ?!一体何やっとるんだッ!」
洞窟内に腹の底にビリビリとくる赤樫の怒号。先刻以上に響き渡る。
その声に感応したらしく私の左目から金色の炎が勝手に立ち上り、忽ちのうちに小さな狐の姿のを借りると、私の右腕を走り伸ばしていた指先の周辺をぐるりと回転し弾け飛んだ。
そこで改めてハッとする。
完全に切れた。
怪異・海尼僧との記憶と感情の共有が。
怪異の赤く光る眼差しが一度大きく見開くと、私との記憶の繋ぎが切れたことに対する怒りなのか周囲の空気が濁り澱むような酷く耳障りな悲鳴を上げた。
「ヒス起こして金切り声上げてんじゃねえよ!」
魚女達を端から片付けて来たのか返り血を浴びた赤樫が水の波を派手に立てながら歩きつつ唸った。
私はそれを横目にして怪異に向き直ると金の炎を大きく作り出す。 怪異は一瞬たじろいだが怒声を上げると巨大な手の平で私の右側面を叩く。私は3メートルほど吹っ飛ばされ、水の張った地面横倒しに倒れた。が、直ぐそばにすでに赤樫が来ており、歩きながら無言で私に手を差し出す。私も黙ってその手を取り体を起こし起立した。彼が私の前に立ちはだかる。その広い背中に筋肉の隆起が浮かび上がった。
と、目の前で水飛沫が噴水の様に上がるほど物凄いスピードで地面を蹴り空中へ飛び上がり、拳全部に体重を預け、赤樫は殴りかかった。彼の変容した巨大な拳は怪異の顎に命中、怪異がぐらりと怯む。その隙に私は再度金の炎を出現させ、怪異に向けて差し向ける。滑らかに輝く金の火炎は空中を走りあっという間に怪異を包み込む。
哀れな三つの魂を飲み込んでいた化け物は悲痛な悲鳴を上げ、その場に倒れ込む。赤樫はその隙を見逃さない。雄叫びを上げ鋭く頑丈な爪のある右手で怪異の肋骨下左寄りの透けた肌を突き破った。怪異は絶叫し大きく腕を振り上げるが、赤樫は躊躇せず手を中へ押し込み拗じる。この世のものとも思えない絶叫が洞窟内に反響して怪異は水飛沫をあげ膝を着いた。
赤樫の手には怪異の心臓が握られている。有無を言わず赤樫はそれを咥えると丸呑みにした。
その時岩の頭頂部から耳をつんざく女の悲鳴があがる。
縫だった。
「8」に続きます。