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「6」

「三鈴、怪異の因果を知ること」

 瞬時に私の体は金縛りに遭い、脳内に彼の言葉にならない感情と映像が流れ込んでくる。拒もうにも拒めはしない。


その映像は海のど真ん中らしかった。己の存在に気付いて始まる。


揺れる小舟の中で数珠を手に念仏を唱えていた。その瞬間に小舟が大きく揺れ、同乗していた舟にしがみつく筈のもう一人の影が消えた。一層激しく念仏を唱える。鳴呼この世には何故こんな惨い仕打ちが溢れているのだろう。この荒れ狂う海の如く容赦ない出来事ばかりが次々と襲い来る。


畜生め。

せめて同乗していた者だけでも助けたかった。数珠を持つ手は皺枯れている。天に向けて手を差し出し叫ぶ。

―神仏よ、本当に存在しているのならこの無念……晴らし給う―

その瞬間真っ白な光が周辺を包んだ。



そこで視点が切り変わる。

荒れ狂いうねる波に為す術もなくもみくちゃにされて、手を伸ばす。頼りない小舟から放り出されて、数秒もたたないうち、曇天に稲妻が走り真っ赤な火柱が水面で漂う舟から天に向けてドンと立ち上がった。あれにはもう一人乗っていた。雷に打たれたか。それとも立ち上った雷とともに天に昇ったか。確認しようにも豪雨が水面とその顔を容赦なく殴りつけて息も出来ない。波が押し寄せ今度こそ水中へ沈み込んだ。


ゆっくりと下降しながらこぷりと浮く美しい幾つもの気泡をみて安堵した。

ゆうらり、ぷうかり。

鳴呼、もうこのまま眠りたい。意識がぼんやりし始める。

その時。腹が内側からドンっと蹴上げられた。意識が急に戻る。イケナイ。そうだった。私はこの子を何とか…なんとかこの子だけでも助けなければ。

ドンッ。

また蹴上げられた。

それと全く同時に水面が目も眩む様な輝きを放ち、その思考は途切れた。


また視点が切り替わる。

赤い水の中でこぷりと水泡が浮かぶ。どうやら今、私の「舟」は転覆しかけている様だ。

こぷり。泡がまた一つ。その時、右の足を上げて壁を蹴上げてみた。「舟」は必死で浮上しようとする。自分のために。

……だが、やがて反応がなくなった。

イケナイイケナイイケナイ。

私は暴れる。この舟はもうだめだ。なんとかしなければ、ナントカ シナケレバ。


激しい落雷。

その瞬間に何かがはじけて飛んだ。そうして海の中から“ソレ”は湧き上がる。


ぬるぅり。


体を起こすと荒れる海が下に見える。

そしてその荒波をなんとも感じなかった。周囲を見回すと黒い海に白く泡立つ荒波の隙間隙間から、チラホラと赤い点が無数に光る。

それが目だと気づくのに時間はかからなかった。赤い光は昏い海によく映える。身をかがめ、水面に顔を近づけた。その赤い目の主たちの顔が浮かび上がる。人と魚の間の顔。彼らは自分を拝んでいる。嗚呼、この魚と人の中間の者たちも皆、理不尽な仕打ちを受けた者たちなのだ。一目見て解った。ならば。自分がこの者たちの願いを叶えよう。


海坊主の誕生した瞬間と魚女達の出会い。

そして彼らに芽生えた一つの目的。


-ニンゲンドモヘノフクシュウ-


海坊主が大昔に流された老婆、妊婦、赤ん坊の三人の女達の魂の恨みの塊でどんな目に遭ったかを考えれば察するに余りある。

恐らく縫が強く同調し、この怪異のために働きをした理由も捨てられ軽んじられたという怨念からだろう。


魚女達の出自までは解らなかったが、海女達のために仲間を増やしてやろう、あの酷い因習のある村から女達を海に呼んで暮らそう……という怪異の思いを知った。


海坊主……いや、三人の女の魂の結実なら海坊主ではなく海尼僧(うみにそう)か。

その感情に私は思わず深く同情し、彼女らの行為のすべてに同調しかけた。

「7」へ続きます

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