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「5」

海の闇の窖で、三人と一匹が怪異に遭遇すること

暗闇からスルリと抜け出てきたのは件の女…

お紗和さんがその名を呼ぶ。

(ヌイ)!」

娘はフンと鼻を鳴らし、お紗和さんの言葉は無視して私と赤樫をみつめる。

「フフ、あんた達やはり只者じゃなかったのねぇ」

ニィッと微笑む。改めて見てみるとゾッとする様な美しさだ。髪は背後の闇に溶けるほどに黒い。


「良く此処に気付いたと褒めてあげたいけれど、どの道アンタらは餌になるから、せいぜい悪あがきして」

そういうが早いか我々の間を滑る様に走り込んでくると一瞬の隙をついてお紗和さんの腕から赤ん坊を取り上げてしまった。


「なにをするんだ!」


お紗和さんは奪われた赤子を取り返そうと縫に飛びかかる。だ

が縫はお紗和さんの動きが読めるかの如くぬるっとそれを交わしげらげらと嗤う。


「その子をどうしよってんだ」

お紗和さんは諦めずに縫の移動した先へ飛んだ。縫はその手を振り払い怒鳴る。


「アタシを捨てたあんたが今更こんな赤子、どうなろうと知ったこっちゃないだろうに」

少し高い岩の上に飛び移り、間髪入れず洞窟の暗闇の奥の岩へと飛び移る。

「まぁ冥土の土産に教えてあげる、コレは供物、海神様へのお供え物!」


暗い暗い洞窟の中は縫にとっては不自由がないらしい。

更に奥へ進もうと縫が飛び上がった瞬間、うわんっ!と犬が吠えるのと悲鳴がほぼ同時に上がり、縫が水面に落ちた。

疾風(ハヤテ)!」

縫の左足首をがっぷりとあの利口な犬が捉えている。


「この…バカ犬!」

縫は憎々しげに犬を睨みつけたが、すぐにニヤッと笑い、まぁいいかと呟く。

「逆に好都合だ、どうせ呼ぶつもりだったんだし」

言うが早いか水面をパァンと掌で叩く。


周囲が一気に生臭さに包まれた。


暗闇の中にチラ、チラと両揃いの赤い光が幾つも幾つも浮かび上がる。

「魚女どもだ!ボーヤ達!目を見るんじゃないよ!」

犬…疾風が悲痛な声を上げて慌てて縫と疾風の方向を見た。

疾風は脇から寄ってきた魚女に腹を噛まれ暗闇に引き摺り込まれて行った。


疾風の顎の拘束が外れた縫は

「勝機はアタシのものだ!」

と笑いながら黒髪を闇に溶かして洞窟の奥へ走り去っていく。


赤樫はその様子をみて

「ふぅーん」

と顎をしゃくると首を傾げて言った。

「オイ、三鈴。その人と一緒にあの女を追え」

赤樫は私と向き合い視線を合わせると、

「うん、どうみてもあのナマグサどもは俺の相手だろう。まぁ安心しろ」

と表情も変えず事も無げに言った。

「行け、早くあのクソアマから赤ン坊取り返してこい」

私は頷く。

「お紗和さん!行きましょう!」


赤樫が身構えると洞窟を仄かに照らす金の炎で魚女たちの姿が照らし出される。その姿を見てギョッとした。

そう、何処かで見た…似たような…姿…記憶の姿より一~二周り小さいけれど…

「まさか…」

「なーアイツらによく似てンなぁ」

赤樫は笑う。


陀権(ダゴン)

…かつて赤樫と私が遭遇した、外法の油壺によって産み出された重戦車の如き化物…魚女はその姿に良く似ていた。ただ違うのは先述の通り陀権は巨大だったが魚女達は人と大して変わらないサイズだ。色も青緑で鱗も陀権とは異なる。

相手を狂わす赤く光る目も陀権にはなかった。


「とはいえ」

赤樫は鼻を鳴らす

「俺の敵じゃあねぇ」

言うが早いか彼は魚女の群れに突っ込んでいく。そう叫ぶ赤樫の手は大きく広がり獲物を狩るのに適した形に変化した。

「三鈴ゥ!とっとと行って片して来い!」


私とお紗和さんは目配せすると洞窟の奥へ体を向け、走り出した。

「無茶だけはしないで!」

言葉での返事はなかったがオオオと咆吼が響く。

チラと振り向くと魚女が三体吹っ飛んでいる。

いつもの赤樫伊三郎だ。

私は安堵して前を向き直り気を引き締める。


……洞窟は一本道。

入口は赤樫が守護しているお陰で、魚女達は1匹たりとも追って来ない。奥へ行くほど闇が濃くなり冷気も強くなる。走りながらお紗和さんがむぅと呻いたので大丈夫ですかと声をかける。


「瘴気が強くなって来たもんだから」

ふうと息を吐いた。


確かに陰気で重々しい感覚が辺り一面支配している。臭いも生臭く息をするのも面倒な程だ。


いる。


怪異がこの奥に。


「お紗和さん」

「なんだいボーヤ」

「貴女は赤ん坊取り返す事に専念してください」

「ボーヤはどうするつもりだい」

「怪異と相対してみます」


そうこうしている内、洞窟の最奥らしき場所へ辿り着いた。そこは巨大な空間になっており水を掻き分ける音が反響する。中央部の少し高めの岩の上に縫がいた。赤ん坊を寝かせて何やら聴き取れない耳障りな言葉で赤ん坊に話しかけている。私達には気付かない。


お紗和さんは高い岩に登るという意思をジェスチャーで私に伝えた。私は頷いて、怪異の根源になるであろう場所を探しはじめた。

ただ…完全に勘だが…もしかするとあの縫と赤ん坊のいる岩の上に怪異の鍵があるのでは無いか…とひとりごちていたが、ふと不安に駆られ岩の上に視線を投げる。


「速太郎を返しな!」

調度お紗和さんがそう叫んで縫に飛びかかったところだった。


だがそれと同時に岩の上が禍々しい赤の光を放つ。

お紗和さんはアッと叫んで岩の上から転げ落ち、水の中に落ちた。

私は慌てて彼女の傍に駆け寄り彼女を抱えあげる。


ようよう高さがあったので、頭でも打ったのか。お紗和さんの意識はなかった。

気を失っているだけなら良いが、と思ったその刹那、背中に強烈な悪寒が走る。


背後を振り向かず、そっと足を進め水のない岩の上にお紗和さんを寝かせる。

背後の気配は膨れ上がるばかりだ。


もう限界だ。

見てやろうじゃないか


私は一気に後方へ身体を回転させる。

…そこにいたのは、巨大な人の形をした何かであった。


透明の肉を纏う骨、白くぼうっと体を発光させ青緑の血管をぬめらせ脈打つ。

顔は殆ど骸骨だがその眼孔の奥は赤く禍々しいあの光りが輝いて。

怪異は身を屈める。

巨大な白い怪異…以下海坊主と呼称するが、その赤い瞳が私の瞳を凝視した

「6」に続きます

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