もがく金満の救世主
5月の声を聴くや、低迷に仰ぐヴォイス神戸に吉報が入った。
現役の日本代表ストライカー、西谷敦志が入団したのであった。関西ローカルのみならず、このニュースは全国放送のスポーツコーナーで取り上げられた。
ここ数年、神戸はオーナーの大号令の下、世界的な名選手…それも直近のワールドカップで結果を残している実力者を数億円という大金を惜しむことなくつぎ込んで次々と獲得。ゲームの世界でしか見られなかった大型補強を敢行して、オフシーズンのJの主役であった。今シーズンも開幕前後から世界有数の実力者を加え、華々しく船出をしていたが、いつの間にか歯車は噛み合わなくなり低迷が泥沼化。黄金時代誕生をもくろんでいたはずが、いつの間にかリーグ戦最下位が見える位置にまで急落していたのであった。
超大物選手の入団は大きな盛り上がりを見せるが、これがコケるとその反動でゴシップ誌を中心に『元凶探し』とそれの総攻撃が始まる。そして外部の喧騒が騒げば騒ぐほどピッチの選手はサッカーに集中できない。そして結果が出ないという悪循環である。そのカンフル剤として、神戸フロント陣は現役の日本代表ストライカーである西谷に白羽の矢を立てたのであった。
「力のあるうちに一度日本に戻ってプレーしたかった。その選択肢の中で一番魅力的な条件だったのが神戸だったので、お世話になることにしました」
会見にして、西谷は淡々と語った。そしてある程度のフォトセッションも終わると、こう言って会見を切り上げさせた。
「とりあえず、さっさとチームメートを知りたい。さっさと練習場いかせてください。じゃ」
同席していた球団社長や強化関係者が唖然とする中、西谷はさっさと会見場を後にして、練習場へ向かった。
『君がニシタニか。ロシアやセリエじゃずいぶん名を挙げていたね。一緒にプレーできることを光栄に思うよ』
練習場につくや、西谷を出迎えたのは大型補強の代名詞的存在、元スペイン代表のイヌエスタだ。差し出された手を西谷はがっちりと握り返し、駆けつけた通訳が話す前に、自分の言葉であいさつをも返す。
『こちらこそ。あんたほどの選手とまさかこの極東でチームメートになれるなんて夢のような話だ。あんただけじゃなく、ここは今ある意味で夢のようなクラブだ。だからここを選んだんだぜ』
『おや?なかなかスペイン語が流暢だね。驚いたよ』
『ヨーロッパは多国籍軍だから、話せるに越したことはない。それに、言語学習はいい暇つぶしになったんでね』
そのやり取りを遠めに見ていたほかの選手たちは、西谷の堂々とした立ち居振る舞いに、ただただ目を丸くしていた。確かに西谷も現役の日本代表だが、世界的な格で言えば決して上のランクではない。だが、まず西谷はそういう先入観から生み出される壁の解体にまず取り組んだ。積極的にアクションを起こし、思いを伝えることで、「同じピッチに立つなら実績は関係ない」と。
そしてその後参加したミニゲームでも、そのコンディションの良さを見せつけるように躍動する。
「そらっ」
「うっ」
一瞬の動き出しでDFの背後を取ったかと思うと、そのタイミングで受け取ったボールをそのままシュート。連敗中とはいえ不動のレギュラーだったセンターバックをいとも簡単に抜いてみせた西谷のワンプレーに、見学に来ていたサポーターからは感嘆の声が上がる。フリーキックでの練習でも、西谷は見事なシュートを見せ、ドリブルともなれば重戦車のような強引さを発揮してチャンスを生み出す。何より、練習から『血の気の激しさ』を見せつけて、神戸の選手たちに活気を与えんと奮闘した。
「西谷さん。お疲れっす」
そんな西谷に、神戸で今最も売り出し中の若者が、クールダウン中に声をかけてきた。
「おう。お前は?」
「あ、自己紹介遅れましたね。俺、福橋京也って言います」
「あー…。お前が今売り出し中の。確か去年岐阜から引き抜かれたんだっけ?こんだけ名前のある選手があるクラブに下部リーグから引き抜かれて、なおかつレギュラーになってるって、三文芝居にありそうな筋書きだな」
「う、ひどくないですか…。そういう言い方」
「褒めてんだよ。出来すぎな展開は小説にしたら臭いが、リアルだったらすごすぎることだよ。こうして初対面の日本代表に声をかけてくるのも、なかなかできることじゃないと思うけどな」
そう言いつつ、西谷は「だから引き抜かれるんだろうな」とも思った。なかなかできないことをできるから、ヘッドハンティングの対象となったのだから。
そして会見から数日後、西谷の選手登録が認められ、その初陣となった神戸でのリーグ戦。8連敗を止めるべく鹿島に乗り込んだ一戦。西谷はベンチスタートとなった。ちなみに、西谷が最初に話しかけたイヌエスタをはじめ、大型契約の外国籍選手は軒並みベンチ外である。あと、西谷の登録が間に合わなかったリーグ戦も敗れて、連敗は9に伸びている。
試合は守護神友成と、大森・小野寺のセンターバックコンビを中心となる鹿島の守備陣に、神戸は最前線に立つブラジル人FWエリクソンにロングボールを放り込んでタメを作り、1.5列目の選手らが攻め込む展開。だが、連敗中のせいか、あるいは「わかりやすい攻め」のためか、なかなか崩せないまま時間が経過。そのうちに前半終了間際、鹿島はFWレオンのミドルシュートで先制点を挙げた。
「西谷、アップを急いでくれ。後半頭から行くぞ」
ハーフタイムに入るや、神戸の吉野監督はロッカールームに引き上げる途中、ベンチから立ち上がってアップに入る西谷に向かって指示を出した。それに対し、西谷は手を挙げて応えた。そして後半開始前のピッチに、アウェー用の白と黒の色のユニフォームをまとって、神戸の新戦力は円陣に加わった。
ただ、そこで西谷はいきなり、味方のメンバーたちをなじった。
「お前らさ…。はっきり言って反吐が出るよ。今日まで仕込んだこのロングボール主体のサッカーってのは、敵も味方もわかりやすいんだ。普通に放り込んで普通に仕掛けて点を取れるわけねえだろ。ちょっとは『勝手なこと』やれよ。相手が思ってないようなさ。そういうのでバランス崩してスキ作るのが嫌なのはわかるけどよ。そんなビビったまんまでJ1にいられるわけねえだろ。いい加減腹くくれっての」
加入間もない新参者の、いきなりの苦言にほかのメンバーは顔をしかめる。「言われなくてもわかってる…」と顔に出ているが、西谷はなおも続けた。
「このチームはな。今までテレビの向こう側だった選手をヨーロッパから連れてきてる。その年俸は日本の中じゃずいぶん破格だが、一人の選手に数億円が動くなんてのはあっちじゃむしろ当たり前。だが、そういう事情を加味して、今ここはサッカーの最高峰からの注目されてるんだ。この大型補強が実るか否かは、向こうからの価値観、そしてJリーグの未来を背負ってるって言っても過言じゃない。…だから腹くくれって言ってるんだ。…ゴールは任せとけ」
臭いセリフではあった。だが、実際にヨーロッパでプレーしてきた男の激には、奇妙な説得力があった。円陣が解けたあと、福橋は身震いしていた。
(すげえ…。この人なら、今の神戸を助けてくれる…。そう言い切れるすごみがある)
実際、西谷の初陣はまさに一騎当千の働きぶりだった。
前半45分でわずかショート1本だった神戸。だが、後半開始5分もしない内に、西谷は大森に身体を当てられながらも、強烈なシュートを見舞う。友成のファインセーブに遭っていきなりのゴールはとはならなかったが、旧知の面々は言葉を交わす。
「やるな。返品されたのかと思ってたら、まだ力はあるみてえだな。アツ」
「相変わらず手強いな友成。だが、俺は剣崎並みにできるつもりだぜ」
「まあな。あのバカと違って、頭も使って打ってくるから、違った面白さがある。まあ、俺を破るのは無理だ」
「言ってろ」
西谷が入ってから、神戸の攻撃は明らかに鋭さを増す。戦術がシンプルだったこともあったろうが、西谷の動きはすでにチームにフィットしている様子で、鹿島の守備陣は神出鬼没かつ、パワフルな西谷の動きに手を焼く。そしてアディショナルタイム直前、裏を取った西谷が友成と一対一を迎える。シュートをはじいた友成であったが、それに詰めてきた福橋のシュートを止めることはできなかった。
引き分けに終わったものの、ようやく連敗を止めた神戸。そのカンフル剤となった西谷は、次節以降スタメンに君臨することになった。