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令和に持ち込んだもやもや

 2019年のJリーグが5月に差し掛かるころ、日本は元号が『平成』から『令和』に変わった。同じ2019年であることには変わりはないのだが、前回の改元と違って生前退位とあって世間はお祭りムード。それはこのサッカー界も同じであり、「平成最後の試合」と銘打たれたリーグ戦第9節、和歌山は敵地で名古屋と対戦し、1-0で落とした。平成最後の年の和歌山の戦績は、3勝4分け2敗。とりわけ現在3試合勝ちなしである。


 どうもこのところ、エースである剣崎のプレーに切れがない…。サポーターだけでなく、普段からチームを取材しているマスコミ界隈でもそんな見方が強かった。西谷との会合は極秘によるものなので外部に漏れ出ることはない。だが、あの会合以降、剣崎は自分に迷いをもってプレーしていた。


『悪いが、今のお前なら俺は十分お前以上の結果を出せる。その自信があるから要求もした。その結果拾ってくれたのが神戸だった。お前は『クラブ愛』を元手に安月給でプレーしてるが、能力に見合う土壌、報酬をもっとお前は求めるべきだ。そうでないと、いつか行き詰る。一度でいいから外へ出てみな。間違いなく、プラスになる。その答えを、ピッチでぶつけようぜ』


 自分に対してそう言い放った西谷。その時の自分に、剣崎は未だに戸惑っていた。


(アツのあんな面、まあ見たことがないわけじゃない。だが、なぜかあの時、俺は気圧されてた。…やっぱ俺は海外に出たほうがいいのか?俺はここでの目標を見失ってるのか?)


 当然、その変わりように周りは気づき、気遣うが、「なんでもねえよ。俺だって考えたいことがあんだよ」と、剣崎はにべもない対応に終始。マスコミ聞かれても、口を閉ざしたままだった。

 普通、エースストライカーという、チームの勝利に直結するポジションを担う男が、そういう状態に陥ればマスコミはこぞって穿り回そうと騒ぎ立てる。だが、幸いにして、そのような波風は立たずに済んでいる。なぜなら、9試合を終えた時点で、剣崎は得点ランキングトップの7ゴールを記録しており、実際試合になれば最低でも枠にシュートを飛ばすなど、やるべきことをきっちりこなしている。ゴールを奪うことが心身にすりこまれ、本能的にこなしてしまうので、周りには大きな闇を抱えているようには見せなかった。そしてチームメートも「悩んでるようだが、結果が出ているならあれこれ詮索は良くない」と、適度に距離を取っていたのである。


 だが、この二人は黙ってはいなかった。


「さ~て相棒。今日は包み隠さず話してくれよ。ま、まずは新元号に乾杯だ」

「お、おう。…てか、なんでお前までいるんだ?」

 そういってウーロン茶がなみなみと注がれたジョッキを手にして、栗栖は剣崎と乾杯した。その場には、小宮も同席している。

 ホームゲームを翌日に控えたこの日、栗栖は剣崎を焼肉に誘った。するとその場に小宮もついてきた。普段の立ち居振る舞いや言動から、こういうプライベートでの付き合いが想像できなかった剣崎は、そもそも小宮がここにいること自体が不思議でしょうがない。だが、小宮は黙々と脂身の少ない赤身肉を黙々と焼いている。

「待てよバカ。まだ焼けてねえってんだよ」

 肉を取ろうと伸びた剣崎の箸を、小宮はトングで叩き落とす。思わぬ肉奉行ぶりにも、剣崎はただただ驚いていた。





「は~ん、なるほどね。アツと飯食いに行ったとは聞いてたけど、まさかその時にヒロさんと再会してたとはねえ。で、今まで日本だけでやろうとしてきた自分のポリシーを揺さぶられてるってか?」



 食事の最中に剣崎からいろいろ聞きだして、栗栖はそう総括した。ただ、剣崎はこう返した。そこにはポツリと本音も入っている。


「いや、そういうわけじゃねえよ。ただ、海外に行くことでそんなに変わるものかとも思ってな…。正直、ロシアが終わってから、どうも燃えられねえんだよな。今の俺」

「燃えるものね…。アガーラ和歌山のリーグ優勝じゃダメか?」

「んなわけねえだろ。ただ、どうせならトシとか…友成(あいつ)とか、ユースでやった連中と一緒につかみてえって思ってて」

「お前の移籍に対するアレルギーってのは、ガキの小麦粉ばりに強烈なんだな」


 不意に入ってきて、強烈なたとえをする小宮。半ば呆れ気味に剣崎に説く。


「あのな?お前は移籍を何だと思ってんだ?まさか野球界みたいに『育てた親への裏切り』みたいに思ってん…だろうな。特に自発的な移籍は。お前がクラブに対して強烈な恩を感じて、それを義理にプレーするのはある種美学だ。だがな、それを他人にまで要求するな。お前のうじうじした感情は、トシヤが出ていったことに対する淋しさと怒り。まるでぞっこんの男に捨てられた女じゃねえか」

「ば、バーロー!そんなわけねえだろうが!」

「いちいち立つな剣崎。小宮も今の言い方はさすがにな…」

「ケッ。だが、怒る割にはあんまり強く出てこなかったじゃないか剣崎。トシヤの移籍を消化できてない証拠だろ?」


 小宮の指摘は、文言はともかく剣崎の悩みの核心を突いていた。口惜しそうに座りなおす剣崎。そんな剣崎をなだめるように栗栖は言った。


「まあ、トシヤの移籍は正直、ユースからずっとやってきた身としては、なかなかこたえる話だ。だが、これはあいつの勝ち取った権利であって、俺たちは応援するだけ。とりあえず、移籍云々の話は置いといて、今はこのままでいいんじゃないか?自分を燃やすものは、後々探していけばいいさ」




 そして迎えた令和最初のリーグ戦は、湘南をホームで迎え撃った。ピッチに立った剣崎は、天を仰いだ。


(・・・まあいいや。どうせ俺の頭は足りねえんだ。今は目の前でサッカーやって、ゴールを決めてりゃいい。答えが出ないなら、後回しだ)


 そう自分に言い聞かせ、目の前の試合に臨んだ剣崎。前後半で1点ずつ決めて、勝利に貢献したのだった。


 


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