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新しい刺激

 西谷に誘われて連れられた料亭で、代理人に転身していた元チームメート、内村と再会した剣崎。だが、内村が「もったいない」と言ってから、剣崎の表情は憮然とし、日本酒を煽るペースが明らかに上がっていた。


「おいおい剣崎、ちょっとペース上げすぎじゃねえか?」

「けっ。飲まずにいられるかってんだ。なんかよう、ヒロやんの言い方が気に入らなくてむしゃくしゃするんだい」


 すでに顔が赤みを帯びつつある西谷も、ここまで四合近い日本酒を飲みはしたが、剣崎の顔色はほとんど変わらないまま、七合めを飲み干した。その様子を面白がるように眺めながら、内村は焼酎をロックで飲んでいた。


「ったく、何が『もったいない』だ。まるで日本でプレーを続けることが悪いみたいな言い方しやがって」

「ククク。お前さんのクラブへの忠誠心と、愛国心の深さには頭が下がるねえ~。ま、アガーラ和歌山でサッカー人生を全うせんとするその気概は嫌いじゃないし、欧州にもそういう選手はいるしね。ただな、今お前がJリーグにいるままってのは、俺から見れば引退が早まるかもしれない気がしてねえ~」

「どういう意味だよ…。俺はまだまだ身体が動くし、点も取れる。まだまだそんな気はこれっぽっちもしねえっての」

「かたくなだねえ。まあ、毛嫌いせずに聞いてくれって」


 明らかに嫌悪感を示している剣崎に対して、内村はまるで酔拳使いのようにのらりくらりとかわしながら、会話の主導権を握る。さすがに酔いが回ってきたか、剣崎のペースが下がってきた。それを見て、内村は続けた。


「まだお前はわかっちゃいないし、言ったとして聞き入れないだろうが、俺の見立てじゃお前は今年スランプに陥る可能性大だ。はっきり言えば『燃え尽き症候群』の一歩手前まできてるといってもいい」

「…ひでえ決めつけだな」

「そうか?オリンピックでグループリーグだけで得点王になって、去年のロシアでも大会得点王。ストライカー個人として得られる世界の名誉を二つとも手に入れちまった。国内に目を向けてもJ2史上唯一のトリプルスコアラー(要は通算100ゴールということ)で、J1でも100ゴールが目前。リーグ得点王もあらかた取りつくした。…今のお前は、何が原動力でサッカーするんだ?」


 言われて、剣崎は手が止まり、黙り込む。内村が言葉を並べていくうちに、次第に剣崎の顔は緩んでいったが、逆にあっけにとられたように感情がわかなくなる。内村の突きつけた予言が、当たらずとも遠からずであることを暗に示していた。


「加えて今年はユースのころから切磋琢磨し、クラブで長らくホットラインを築いた竹内トシヤがイングランドに身を投じた。これはアツが出ていった以上に、お前にショックを与えてるんじゃね?」

「ど、どういう意味だよ…」

「はは。やっとうろたえやがった。言い換えるか?『挑戦を応援する』より『クラブを離れた恨み』のほうが、お前にとっちゃ大きくないかって聞いてんだよ」

「ば、バカ言うんじゃねえよ!あいつは、やっと挑戦する権利を…」

「やっと?少なくとも、俺がまだクラブにいた時から、あいつはオファー受けてなかったっけ?やっとには違いないけど、『やっと挑戦の大義名分が立った』ってことだろ。世界的に見ても、サッカー選手のピークってのは20代前半。ほんとはあの年齢のアジア人に十数億の金をくれてやるってのは、中古屋の本を新刊の値段で買わされたようなもんだぜ?とる側からすれば。それをお前さんは、正直よくは受け取れてない。移籍の喪失感が、お前から燃えるものをとっちまったんじゃねえのかね」


 畳みかけてくる内村に、剣崎はまるで反論できなかった。


「…まあ、あくまで俺の推論でしかないがね。予言通りになるかどうか、こっからお前がどう気持ちを高めるかによると思うぜ?周りはお前が思っている以上に、成長してるしな」


 黙り込む剣崎を見て、どこか満足げにウイスキーを飲む内村。一呼吸おいて、今度は西谷が切り出した。


「で、そんなお前にちょっとした新しい刺激を与えることになるのを、今日は教えといてやるよ。お前はバカだけど、他人のトップシークレットをばらすような軽い口じゃないしな。言っても良いだろ?ヒロさん」

「言っちゃえ言っちゃえ」


 確認を取った内村に煽られて、西谷は剣崎に告げた。


「俺はもうすぐ、日本に戻る」

「へっ?い、引退するのか?」

「バカ言うな。さっきまで代表戦出てたのに辞めるわけねえだろ。日本のクラブ、Jリーグに移籍するんだよ。神戸ここにな」

「はぁっ!?」



 西谷が告げたのは、Jリーグクラブへの移籍。つまりは国内復帰である。剣崎は思わず立ち上がった。


「どういうことだよ!イタリア、首になったのか?」

「違えよバカ。今の自分のモチベーションを、もう一度上げるためだよ。日本から離れて6年、欧州でのプレーにそろそろ成長の限界を感じてな。クラブから延長の打診もあったけど、今の監督とはあんま上手くいってねえし、ここんとこはベンチ外も増えたからな。今の四郷監督の下で代表に居座り続けるなら、スタメンで戦い続けることで保てる『鮮度』を優先したんだよ。あと、今の自分はJでプレーしたらどういう位置づけになるかってのも知りたかったしな」

「すげえ上から目線だな…」

「悪いか?俺は曲がりなりにもロシアに出てるんだぜ?現役バリバリの代表選手なら、そういう気概でいるべきだと思うぜ」

「じゃあ、なんで神戸なんだよ。和歌山ウチ来ねえのか?」

「行けるかよ。契約切れで移籍するから移籍金は抑えられるにしても、年俸数千万以上は欲しかったからな。アガーラにそんな金あるのか?」


 やや露骨な物言いに剣崎は眉を顰めるが。西谷は続けた。


「悪いが、今のお前なら俺は十分お前以上の結果を出せる。その自信があるから要求もした。その結果拾ってくれたのが神戸だった。お前は『クラブ愛』を元手に安月給でプレーしてるが、能力に見合う土壌、報酬をもっとお前は求めるべきだ。そうでないと、いつか行き詰る。一度でいいから外へ出てみな。間違いなく、プラスになる。その答えを、ピッチでぶつけようぜ」


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