唐突な再開
2月終盤に開幕したJリーグ。その1部であるJ1で戦うアガーラ和歌山は、開幕を連勝スタートで飾る。しかし、続くアウェーでの鹿島戦では守護神の友成、センターバックの小野寺、大森と日本代表の守備の要を最終ラインを担う面々に跳ね返されスコアレスドローに終わる。そしてホームでの東京戦で巻き返しを図ろうとしたが、ゴールを決めるたびに追いつかれるシーソーゲームで2-2(得点者:リカルド、外村)とまたも引き分けた。
そんな中、日本代表の国際親善試合が行われ、和歌山からは剣崎、緒方、外村の3名が選出された一方、長く常連だった天野が久しぶりに漏れた。対戦相手はコロンビアとボリビアと南米の強豪。ただ、通常のA代表戦とはそこまでピリピリしたものはなく、互いに次世代の戦力の発掘に重きを置いた編成となった。前述した天野をはじめ、リオ五輪代表からの主力メンバーも多くが漏れており、海外移籍初年度の竹内や内海、守備の要だった吉江や大森も今回メンバー落ちをした。
さて結果はコロンビアに敗れボリビアに勝った。いずれもスコアは1-0。和歌山から選ばれた剣崎と緒方は2試合ともスタメンで出場し、緒方は合わせて180分フル出場、ボリビア戦の決勝ゴールをアシストするパスを放つなど、まずまずのアピールを残した。
一方で、エースとして手本となるような活躍を期待された剣崎は。いずれも途中交代で退き、シュート数も2試合通じで5本放ったが、どれも枠を捉えずどこか消化不良感が漂った。特に前線の不調は初選出された若い選手や、経験のある海外組問わず見られ、攻撃的ポジションで明確な結果を残したのは、前述の緒方のほかは、海外組では随一の実績を誇る西谷ぐらい。放ったシュート3本はすべて枠に飛び、相手GKのファインセーブでヒーローになりそびれたという出来だった。
そのボリビアとの一戦は神戸で行われたのだが、試合後、西谷は剣崎を食事に誘った。やってきたのは市内から少し外れた、こじんまりとした料亭。人気が少ないうえに店の照明もやや薄暗そうで「ほんとに開いてるのか?」と不安にもなりそうな雰囲気。だが、通された離れはくつろぐには最適といった空間があり、剣崎は運ばれる懐石に舌鼓を打った。
「いや~しかし、西谷がこんな店知ってるなんて思わなかったな。しかも女将さんの出迎えからして、結構通ってるっぽいな」
「ま、ヨーロッパの日本食はたかが知れてるからな。それに、日本料理にはテーブルマナーなんてややこしいこともないから、俺にはこのほうが落ち着くんだよ」
「それによ、神戸と言えばやっぱ牛肉じゃん?鉄板焼き屋かとも思ってたけどな」
「まあ、肉もいいけど、たまには刺身のほうを突っつきたいんだよ」
程よくお酒が入ったところで、西谷はお猪口を置いた。そのタイミングで、剣崎が問う。
「で?なんでお前俺をこんなとこ連れ込んだ?ただサシ飲みに連れだしたってわけじゃねえだろ?だったらもう少しにぎやかなとこ連れてくれんじゃね?」
「まあ、友成からバカ呼ばわりされても、察しは悪くないな。そんじゃ、もう一人呼ぶわ」
おもむろに、西谷は気障に指を鳴らす。同時にふすまが開き、一人の男が入ってきた。その男は実になれなれしくあいさつしてきた。
「いよ~剣崎。お久しぶり。お前もすっかり化け物になっちまったな~」
だが、剣崎はこの男を知っている。というか、元チームメートである。
「ひ、ヒロやん!?なんであんたがここに!?」
男の名は、内村宏一。元サッカー選手であり、アガーラ和歌山OB。トリッキーなサッカー選手で和歌山初のJ1昇格にも貢献したバイプレイヤーで、年齢は内村が上だが、剣崎とは「同期入団」であり、4年間ともにプレーしていた。和歌山から戦力外通告を受けた後は移籍したという情報もなく、かといって引退したというニュースもなく、日本から『消えていた』内村だったが、どういうわけか今この場にいる。剣崎は酔いがさめていくのをはっきりと感じていた。それに構うことなく、内村は西谷の隣にどっかりと座った。
「どうだった?俺の演出。なかなかかっこよかったろ?」
「冗談でしょ。やらされる俺の身にもなってくださいよ。正直恥ずかったっすよ」
唖然とする剣崎をしり目に、そんなやり取りを交わす二人。内村自ら事情を話す。
「いやね、俺今さ。代理人やってんだよ」
「だ、代理人?ヒロやんが?ってことはアツの?」
「いんや。アツ以外にもいるよ?竹内もそうだしな」
「ええ!?」
「ついでに言えば、最近矢神ともその契約を結んだよ」
「その様子だと、お前ほんとに代理人に興味も関心もないってわかるな。リオ五輪の面々でA代表に上がった連中で海外行った奴…といってもそんなに多くねえけど、みんなヒロさんと代理人契約してるよ」
「ってことは…内海もそうだけど、あと南條もそうなるか」
「ま、俺はまだこの業界じゃ新米だが、手にしてるカードが粒ぞろいでな。おかげでいい感じにやらせてもらってるよ」
唖然とする剣崎に、内村は自慢げに語った。やがて冷静になった剣崎は、今度は少し不機嫌そうに話した。
「…で?俺になんの用だよ。俺に契約しろとでも言いてえのか?」
「おいおい。そんな敵意みたいな感覚で話すなって。お前のクラブ愛はよ~くわかってる。4年も面倒見てやったじゃん。かわいい後輩の純粋な忠誠心を無下にする真似はしねえって。ただ、お前を海外に連れ出したいっていう思いも、あるにはあるがね」
ぴくっと眉を顰める剣崎。内村は構わず言った。
「だってさ、お前が日本にいるの。もったいねえんだもんよ」