見えつつある「乏しさ」
宮崎にて2週間のミニキャンプを張っている和歌山。グラウンドではレギュラーを目指して練習また練習。特に4年ぶりに復帰したGK本田のコーチングが何よりも轟いている。『紀州の爆笑王』を自称していたルーキーイヤーから、もともと声の大きさからくるわかりやすいコーチングには定評はあったが、一クラブの守護神という地位を経験して、判断の良さも身についている。
そんな選手たちとは一人離れて、剣崎は別メニュー調整を続けていた。黙々と村尾フィジカルコーチとともにランニングしながら、ふと剣崎はぼやいた。
「あ~…。俺もああいう実戦練習してえなあ。筋トレとストレッチと走るだけじゃつまんなくてしょうがねえや」
「我慢ですよ、剣崎さん。年末年始も代表招集があって、正直あなたの身体は休めてないんですから。開幕に向けてコンディションを調整しておかないと。今年はACLがないんだから、じっくり行きましょう。意外と自覚のない疲労が身体にはたまるものなんですから」
「まあなあ~…。腰とか膝とか痛いっちゃ痛いけどよ、エースがこれじゃあ形無しだぜ」
日本代表の常連となってから、村尾コーチが言うように剣崎はまとまった休養が取れていない時期が増えていった。怪物と称されるフィジカルを有しているものの、やはり少なからぬガタは来ている。高卒でデビューして今シーズン8年目となる剣崎は、今年の5月に26歳となる。老いることはまだまだないが、若いころのように「寝れれば回復」なんて単純なものでなくなってきているのも確かだ。万全の状態で暴れまわるためにも、鍛える時と休ませる時のメリハリが必要なのである。
さてふと和歌山の陣容を振り返ると、前評判は正直言って優勝を狙えるレベルとは言い難かった。
エース剣崎と守護神の天野という常連に加え、若手の星・緒方と台頭著しい外村と日本代表に名を連ねる選手を有しているものの、ソン・テジョン、リカルド・サントスの両外国籍選手を含め、主力と控えの戦力差、選手層の厚みは「良く見てACLを狙えるかどうかの線上」と、多くの解説者が口をそろえた。
そして練習試合を重ねるたびに、浮き彫りになったのが決定力の低下だった。
「いけっ!!」
「うっす!!」
剣崎のポストプレーから生まれたチャンス、ボールを託された須藤が左足を振り抜く。が、シュートは大きなホームラン。枠からははるか遠く離れたゴール裏スタンドに消えた。しくじった須藤は大の字で天を仰いだ。
「くそ~おぁあっ!!」
「しゃ~ねえよ。シュートってのはそんなもんだよ」
「…くっそ。すんません、ザキさん」
「いいから切り替えろって。次だ次!」
須藤を励ましながら剣崎は戻っていったが、そのやり取りをベンチでふんぞり返っていた小宮は吐き捨てた。
「ケッ。さっきといい今といい、あの野郎どフリーでシュートふかしてんじゃねえかよ。死んじまえってんだよ」
「お前ねえ…。そういう表現はやめんしゃい」
隣に座る近森がなだめたが、小宮の須藤ディスりはFW陣への批判に変わる。
「だが、あの程度のチャンスしか作れない剣崎も大概だな。竹内が高飛びしてから、うちの攻撃は手詰まりになるのが早すぎる。これじゃあ宝の持ち腐れだ。須藤にしろ、ルーキーの塚原にしろ、所詮はエースの太鼓持ちって立場をまるで分ってねえ。てめえらは黙って露払いしてりゃいいんだよ」
「それって、『剣崎のサポートに徹しろ』ってことか?」
「まあ、一般人が言うならな。バカはそれなりに身にはついてるが、チャンスメイクの技術はまだまだアマチュアレベル。あいつをフィニッシャーに徹させないと、このポンコツチームは勝てっこねえよ。その辺わきまえろってんだ」
「…今の言いようは聞かんかったことにするバイ」
だが、小宮の指摘は的確だ。実際、松本監督となってからの3年間、チームの総アシスト数の6割は竹内が生み出してきた。本質的にはストライカーであり、剣崎に負けず劣らずの決定力を有していた竹内が、剣崎との2トップで役割が被らずにいたのは、チャンスメーカー役に徹することができる技術も併せ持っていたからである。彼の代わりはそうはいないし、決定力の低下はある程度仕方ないにしても、小宮が気に食わないのは、須藤が剣崎と「共存」ではなく「競争」していることにある。リカルドもゴールに対する意欲、エゴはむき出しにはしているが、本能的に剣崎との差を自覚してうまく適応している。
言うなれば、今シーズンの和歌山は剣崎を活かすすべが足りないというのが、小宮の見立てである。
そしてそれは、松本監督の悩みの種でもあった。
(むぅ…。こうも剣崎と須藤が噛み合わんとはなあ…。しかし、剣崎が日本代表でエースの役割を担っている以上、強制的な離脱は避けられん。何とか手を打ちたいが…)
だが、時間は待ってはくれない。それに、そもそもキャンプやプレシーズンの時期だけで解決できる問題でもない。和歌山は開幕の日を迎えた。昨シーズン、残留争いを強いられた鳥栖のホームに乗り込んだ。
スタメン
GK1天野大輔
DF6河本育人
DF3上原隆志
DF20外村貴司
DF22西岡陵眞
MF2猪口太一
MF4江川樹
MF15ソン・テジョン
MF5緒方達也
FW9剣崎龍一
FW11リカルド・サントス
ベンチ入り
GK30本田真吾
DF19寺橋和樹
DF33古木真
MF10小宮榮秦
MF17近森芳和
FW13須藤京一
FW18塚原慎二
昨シーズン、世界的なスーパースターを獲得して話題になった鳥栖は、獲得したトップクラスの選手が軒並み残留し、今シーズンの巻き返しを誓っていた。前線の破壊力と知名度はある意味で和歌山とよく似ている。強力な前線を、移籍組を中心に組織した守備陣でどの程度対応できるか、興味はそこに絞られた。
だが、開始早々、和歌山の誇るエースストライカーが火を噴いた。
開始早々、中盤でボールを奪うと、本来のサイドバックよりも一列前に配置されたソンが右サイドを蹂躙。止めにかかる相手選手をなぎ倒しながらペナルティーエリア目指して切れ込み、いったん中盤に送り返す。そこから江川、緒方とワンタッチでつなぎ、最後はリカルドがキープ。
「ケンザキタノムヨ~」
そしてDFの視線を一瞬引き付けてリカルドは剣崎にパス。エースは決めるだけだった。
「らっしゃぁ!」
振り抜いた右足から放たれたシュートが、ゴールマウスを貫くように決まった。
さらに前半のうちに追加点。今度は左サイドバックの西岡のサイドチェンジからチャンスを作ると、またもソンがドリブル。今度は角度のない位置からロングシュートを放つ。これはさすがにクロスバーに跳ね返されたが、誰よりも早くセカンドボールに反応した剣崎が、左足で押し込み返し追加点。オフサイドか否か微妙なタイミングの飛び出しだったが、レフェリーは鳥栖陣営の抗議を退けた。
後半、疲れが見えた緒方に代えて寺橋が投入され、西岡がサイドハーフにスライドすると、攻撃の迫力が増した。右からソン、左から西岡がゴール前に良質なクロスを放り込み、そのうちの一つをリカルドが頭で合わせて3点目を奪う。大勢が決したところでルーキーの塚原がソンに代わって投入(それに伴い、リカルドが右サイドハーフにポジションチェンジ)されるや、塚本は得意のドリブルでチャンスを作ると剣崎とワンツーパス。剣崎からのリターンを流し込んで鳥栖にとどめを刺した。
一方で守備陣はむやみにラインを上げず下がり気味のポジションをとってゴール前を固め、鳥栖が仕掛けたい裏のスペースをつぶしてシュートすらまともに打たせない。コーナーキックの場面でも外村と新加入の上原が空中戦で強さを発揮し、天野とともに最後までゴールを割らせない。90分で浴びたシュートはわずか4本。うち、枠内は2本と終始自分たちのペースで試合を進めた和歌山は、2019年の開幕戦を4-0の完勝で飾ったのだった。
懸念された課題を、ひとまず覆い隠して。