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チビとガリガリ

 キックオフ早々揉めた試合は、お互いにシュートを放ってからは膠着…するかと思われたが、実際はホームの和歌山が優位に進めていた。尾道は左サイドバックのボイェが、対峙する榎坂を再三いなしての攻撃参加をどうにか活用したいところだった。しかし、それがなかなか実らない。サイドの突破を図れば、和歌山の右サイドバックであるソン・テジョンに激し目に潰されてなかなかクロスを打てず、中央に切れ込もうとすれば猪口が長い手足をかいくぐってタックルを決めてボールを失わせた。

 さらに同じように攻撃的なプレーが持ち味の右サイドバック茅野は、この日スタメン起用された和歌山の左サイドハーフ桐嶋の突破力とスピードに手を焼き、彼に自由を与えまいと守備に奔走。結果、尾道の攻撃は勢いを失っていった。

 一方で和歌山の攻撃は、猪口とコンビを組んだ江川のタクトが冴えわたっていた。守勢においては猪口とともに遊撃的な動きで尾道のパスを切り、受けて攻撃に転じる瞬間、両サイドの桐嶋や榎坂、さらには最前線の須藤へ鋭いパスを通す。まさに『スイッチ』となっていた。



「どうしたのさエガ、今日はキレッキレじゃんか」


 須藤のシュートが外れてゴールキックとなった瞬間、猪口は江川に声をかけた。振りむいた江川の表情はすこぶる明るい。


「ははっ。自分でもびっくりだよ。今日は何もかも思い通りだよ」

「町田で司令塔張った経験ってのは、伊達じゃないってか?」

「それはあるかもしんないな。だけど、一番はお前とコンビ組んでることじゃねえか、グチ」

「あ~…ユースの時は基本組んでたもんな。最も、最終ラインだけど」

「お前が『チビ』で俺は『ガリガリ』。『日本一あり得ないセンターバックコンビ』とか言われたよな」

「だな。まあ、実際、お互い上背なかったから空中戦は酷かったけどな」


 やり取りの途中で、種部のゴールキックが飛んできた。


「いい流れが来てる。一気に行こうぜ」

「おう。『和歌山ユースの至宝』の同期も、伊達じゃないってことを証明しようや」

「ああ」


 そう言葉を交わして、二人はピッチに戻っていった。



 その後、ゴール前に持ち込み持ち込まれのシーンが続くが、両キーパーの踏ん張り、あるいはシュートの精度の悪さでなかなかスコアが動かない。だが、互いのスキが見え隠れもし始めた。和歌山で言えば右サイド、尾道でいれば左サイド、より具体的に言えば榎坂とボイェのマッチアップである。この攻防は最初のマッチアップでボイェがフリーキックを獲得してからも、ボイェは主導権を握り続けた。


『へっへ。ちょろいもんだぜ。俺を相手するにはまだまだ子供だ』


 前半23分ごろ、榎坂をあっさり振り切ったボイェはそのまま中央にドリブルで切れ込む。ソンが背後から潰しに掛かるが、歩幅に差があるせいか追いつけず。一気にゴール前に来る。


「上さん11番マーク!古木フル、お前が潰しに行け!」


 本田のコーチングに合わせて和歌山のセンターバックコンビは動く。しかし、ボイェにとって、古木もまた組みやすい相手。距離を詰めてきたところをターンで振り切り、本田との一対一に。誰もがシュートを想像した。だが、ボイェはしたり顔でボールをふわりと浮かせる。クロスのようだが、野口を超えていくボール。その背後にはデニスが飛び込む。しかし、その前に割って入ったのが、和歌山の左サイドバック寺橋だった。頭でボールを止めると、ボールは本田がキャッチ。本田はすかさず前線、ボイェが仕掛けたことで空いた右サイドのスペースへ蹴り飛ばす。そこには榎坂が走りこんでいた。


「エノ!そのまま行け!」


 並走する栗栖からそう指示を飛ばされ、榎坂は迷わずドリブルで仕掛けていく。背後からはボイェが猛追し、中に切れ込むであろうルート上には、尾道のセンターバック小石川が詰めてくる。


(ここまでなら…頼むッス!)


 榎坂はゴール前へ折り返し、それを須藤が受ける。須藤は背後からシドニーが来てると察するや、すぐさま栗栖へバックパス。それを栗栖はスルーした。それに尾道のキーパー種部が虚を突かれる。


(えっ、8番じゃないのか!)


 須藤の選択に栗栖からのミドルシュートがあると考えた種部ば身構えたが、それによって呼吸…集中力がほんの一拍途切れる。そのエアポケットを突いてきたのが、攻めあがっていた江川。右足でバックパスをダイレクトで振り抜くと、地を這うようなシュートがそのままゴールに突き刺さった。



『…』


 ゴールの瞬間、尾道のヒース監督はゆっくりと立ち上がる。感情が変化していないようにも思えるが、顔面を紅潮させ、怒りに震えているのがなんとなくだがわかる。


『シドニー!!』


 そしてテクニカルエリアからシドニーを呼びつける。二、三指示を与えてベンチに帰ってきた。だが、まだ怒りのオーラは収まっていない。


『…鮮やかに決められたな』

『我々の慢心の産物だ』


 腹心のセントジョンコーチに、ヒース監督はそう漏らした。





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