キーパーの想い
今節の尾道のスタメンです。選手の詳細は、沼田政信さんの「幻のストライカーX爆誕(仮題)」を。
GK 1 種部栄大
DF 12 茅野優真
DF 3 シドニー
DF 29 小石川龍馬
DF 34 ボイェ
MF 30 添島正成
MF 19 河口安世
MF 4 八幡銀仁郎
MF 24 森川好誠
FW 10 デニス
FW 11 野口拓斗
ピィーーーッ
キックオフのホイッスルが響いてからわずか2分後、主審が再びホイッスルを響かせた。和歌山の右サイドに駆けつけた主審は、立ち尽くしているMF榎坂に高々とイエローカードを掲げた。足元には尾道の左サイドバック、ボイェがいささかオーバーリアクションでもんどりうっていた。
和歌山ボールのキックオフで始まった試合は、まず尾道が仕掛けた。中盤でMF八幡がインターセプトでボールを奪うや左サイドに展開。受けたボイェが奈古とのワンツーからオーバーラップ。馬力のあるドリブルを見せていたところ、榎坂が背後からのスライディングで止めたが、脚を蹴り飛ばされた格好のボイェは派手に転倒。尾道がフリーキックのチャンスを得た。
だが問題はこの後に起こった。悶絶するばかりで、いつまでも起き上がらないボイェにソンが怒鳴った。
『てめえいつまで転がってんだよ!さっさと起きろ!』
唐突に韓国語をぶつけられたボイェは、一瞬呆気にとられていたが、ソンの表情と語気からニュアンスは伝わったようで、三角座りの状態で両手を広げて言い返した。ただしフランス語で。
『何をそんなに怒ってるんだ?コイツが倒したのは事実だし、実際俺痛いんだよ。倒しといてそれはないだろ』
ソンはフランス語を理解できないが、ボイェの手振りでいつまでも立ち上がらないところに、悪びれた部分があるのは感じ取れた。ソンはボイェの腕を掴むと強引に引っ張りあげて立ち上がらせるが、ボイェは勢い余ったように前のめりになる。これにソンが激怒した。
『この野郎ふざけんな!!わざとらしくよろけやがって!』
『そっちもどうかしてるだろ!無理やり引っ張るから肩が抜けそうになったぞ!お前にはスポーツマンシップが内のか?』
韓国語の怒号とそれに応戦するフランス語に、周りの選手は二人を引き離しなだめる。主審も二人を注意する。二人の外国籍選手の口論に早くも騒然とする紀三井寺陸上競技場。最初のチャンスは尾道が得た。
位置は和歌山から見てディフェンシブサード(ピッチを三分割してみた場合の、自陣ゴール側から三分の一の地点)をやや過ぎた位置。距離にして30メートル弱、ただし角度はかなり鋭角で、直接狙うには無理のある位置だ。セットしたボールを前にして、キッカーのMF添島は狙いを探る。
(この距離だと誰かに入れてもらうのがいいか。まあ、最初のチャンスだし、まずばベタに行くか。野口のマークについてる3番がどの程度張れるかも探りたいし)
狙いが定まった添島は、シンプルにターゲット役である野口を狙う。マークについていた上原は、懸命に体を寄せて野口の体勢を崩す。
「ぐっ!」
「ぬっ!」
それでも野口の頭は添島のボールを捉えて枠に飛ばす。だが、和歌山のGK本田は冷静にキャッチ。事なきを得た。
「オッケオッケー!みんないいよ~!まだ試合は始まったばっかりだ!思い切っていこうぜ!」
和歌山に復帰後初スタメン…というか、プロ7年目にして、和歌山の選手としては初めてとなるスタメンとなった本田。現在日本代表で活躍する天野、友成の陰に隠れ続け、出場機会を求めて得た山口で守護神として経験を積み、この度凱旋を果たした本田にとっては、相当な感慨があったはずだ。だが、本人のプレーはとにかく冷静であり、味方を鼓舞する様も経験値が醸し出されていた。
一方で、この紀三井寺のピッチに、尾道のゴールキーパー種部も、特別な感情を持っている。
理由は簡単。彼のGK人生において、プロ入り前を含めても最もゴールを奪われた試合会場が、ここ紀三井寺なのだ。
さかのぼること2年前、のちにコパ・アメリカを戦うエクアドル代表に選出されることになる、トリニダードというアタッカーを中心に開幕2連勝を飾っていた当時の尾道は、意気揚々とこの地に乗り込んだ。だが、当時の指揮官が約束事すらはっきりしていない不安定な守備をおざなりにした結果、前半で3点、後半で4点を奪われた。複数得点すらそうそう多くないサッカーにおいて、7点を奪われるというのは、野球で言えば20失点したようなぐらいの屈辱。高校野球ならば5回コールド負けである。
(あれほどひどい試合はなかった…。未だにここ来ると虫唾が走るぜ…)
その時ゴールマウスに立っていた種部に対し、世間はむしろ称賛した。専門誌では『二桁失点でもおかしくなかった。種部のおかげで、むしろ“7点で済んだ”』とも書いていた。
だが、キーパーを生業にするものにとって、大量失点したという事実は消えない。種部はしばらくナーバスな思いを抱えた時期があった。しかし、その後現監督のヒースの下でも、彼は変わらずこのポジションにいる。実力で勝ち取っているのは当然であるが、指揮官はもちろん、チームメート、そしてサポーターからの信頼も肌身で感じている。事実は消えないが、それらは『過去』である。種部は前を向いた。そして、この試合で、一つのけじめをつけようとしていた。
「絶対にあいつらにゴールを割らせない。それで悪夢にケリをつける!」
和歌山のファーストシュートは、尾道のセットプレーの直後であった。
本田のゴールキックから右サイドの榎坂がドリブルで仕掛け、中央の須藤が受けて仕掛ける。これに尾道のセンターバック、小石川が対応。前を向かせない。
「スド!くれ!」
「エガさん!」
懸命にキープする須藤に声をかけたのは江川。須藤からボールが折り返ってくると、走りこんだ江川はダイレクトでミドルシュートを放つ。枠内向かって正確に飛んできたシュートを、種部は右手一本ではじき出す。こぼれ球はDFシドニーが素早く拾ってクリアした。
試合は始まったばかりだ。




