第96話 暗殺者、壁の向こうで
戦闘というには大きすぎる、乱戦のような音が消え去った。
屋敷は元の静寂を取り戻す。
扉の外にいる彼らには、わけがわからなかった。
それは一対十の戦いであったはずなのに、たった一枚の、この扉の向こう側が戦場であり──死地であるとわかったからである。
騒音の中で、今までに感じたことのない殺気を感じた。
絶望とさえ形容ができよう恐怖は、中の者たちが扉を押し開けようとした際に、カティたちだけではなく、他の殺し屋や使用人までもが懸命に力を入れて押さえたほどであった。
彼らはどちらが、いや、誰が勝ったのかを理解っていた。
扉の向こう側にいるのが常人ではないと感じとり、戦わなかった幸運にうち震える。
されど、カティたち三人だけは恐れとは別に、困惑を感じていた。
今でさえ、あの小さな少女のことを信じきれずにいる。
前に戦った時は、強くなど無かった。
魔法使いとしては、ドラゴンを召喚したのだから天賦の才があるのだろう。
では、天賦の才があるだけで──泣く子も黙る〈首切り〉ウェンズデイを殺せるのだろうか?
「足音が……近づいてくる」
まるで雨上がりの土道を歩いているような、
──ぺちゃぺちゃ
という音。
わずかに廊下に流れ出している赤と臓物の臭いに、メイドが吐きそうな青い顔で震える。
「いくら、なんでも……」
カーチャが言葉を洩らした。
以前に戦ってから、まだ一ヶ月ほどしか経ってはいない。
では今戦えば? 結果などは考えるまでもない。
太陽が地の果てより登り、地の果てに沈むように、決して覆らぬ結果がある。
廊下に出ていた者たちは、自然と後ろに下がった。
真鍮製のドアノブがくるりと回る。
「あれ、なにしてんの?」
間の抜けた声が聞こえた。
カティ、ルドヴィヒ、カーチャは、信じきれずにいた自分たちを恥じるように、頭を垂れる。
こんな殺気を感じた以上は、信じると決めた。
彼女こそが本当の───ウェンズデイであると。
『ピィ?』
「まさにピィ? だよね」
ボクが扉を開けると、何故かみんなが跪礼していた。
カティ、ルドヴィヒ、カーチャだけではなく、ソニア、トゥオモー、マルシュ、あとは執事やメイドまでもが。
老人は帰ったのか姿が見えないが、それでも今現在、屋敷で生きているすべての者が礼を示している。
「いや、意味わかんないし立ってよ。しっかし、これがボクの最初の依頼だったのに……こんなことになるなんてね」
報酬ってどうなるんだろう、なんて言っているとカティたちが顔をあげた。
なんだか目が輝いている。
「こんなナメた真似をした依頼主を探し出して、あたしが罪を償わせます!」
「俺の忠誠はあんたのもんだ、ウェンズデイ!! なんとしても見つけます!」
「私たちが命に代えても、報酬を払わせます。ご安心を!」
おかしな三人組はともかくとして、依頼を達成するには自殺しなければならない。
もちろんそんなことをする気はないのだ。
「うーん……よろしく? ま、帰ろうよ」
『ピィ!』
ようやく立ち上がった三人を背後に、ボクは玄関を目指した。
しかし、
「あの……ウェンズデイ。我々の命を取らないのですか?」
スリットから太ももが見えているエロいお姉さん、〈毒殺〉のソニアさんがそう聞いた。
「えっ、なんで殺さないといけないの?」
疑問に思ったのでそのまま聞いてみると、彼女は困惑している。
「結果として……戦いはしませんでしたが、あなたの顔を見ているのです。そのような情報を知っているのですから、殺されても……」
「いやいや、そのくらいで殺したりしないよ!」
「……この恩義に報いるため、せめてあなたのために何かをやらせていただきます」
「うん? んーまぁ無理しないでね? ……あ、じゃあ亡くなった人を埋葬してあげてよ。このままじゃ可哀想だし」
「……! まさに強者のお言葉。感服いたしました」
「完敗です。慈悲に感謝を」
トゥオモーさんとマルシュさんもひざまずいているので困惑しながら相づちを打つと、ボクは早々にここを去ることにした。
さて、帰ろうとしていたのだが馬車が帰ったのを思い出す。
悩んでいたら使用人とメイドの二人に、屋敷の脇に停められていた馬二頭を勧められた。
どうやら死んだ殺し屋の誰かが乗ってきたらしく、持ち主も既にいないようなので遠慮なく貰うことにする。
カティの後ろにしがみつくと、馬は駆け出した。
◆
屋敷に残された者たちは馬上から手を振る少女を見つめて──自分を狙ってきた暗殺者たちを撃退したばかりだというのに──平然としているその姿に違和感と寒気を抱いた。
彼らとて、もはや人を殺したとしても、悲しんだり後悔したりという感情の起伏など起こさない。
だが、自身を殺そうとする十人もの殺し屋と戦ったあとに、あれほど平然としていられるだろうか? と、思ったのだ。
残った殺し屋たちは、一体何がおこなわれたのかを確認するために部屋の中を見た。
散乱する遺体の死因は多種多様であり、前後左右、あらゆる方向から刺されているものがあった。
巨大な何かに噛まれたようなもの。鋭利な武器で切り裂かれたもの。あきらかに自害しているもの……。
その死に様を見て、彼らはあらためて恐怖する。
どうやったのだろう、と。
剣でこれほどのことが可能なのか、と。
「気づいたか?」
弓兵の問いかけに、ドレスを身にまとった女はカタカタと震える手でキセルを傾け、わからないと示した。
もう一人の剣士は剣士であるからこそ気づいているのだろう、静かに頷いている。
「お前は毒使いだから仕方ないか。ここにある死体の有りさまと血を見てみろ」
「それがどうしたの? 凄い殺し方だとはおもうけど」
「剣を使ってここまで出来るやつを俺は知らん。どうやったのか見当すらつかない。……剣士ではないのかもな。だが」
「あぁ。返り血を一滴も浴びてなかっただろ?」
「ッ……そうだったわね」
どうやって殺したのかは不明ではあるが、返り血の一滴すら浴びていない巡礼者風の格好をした子供を思いだして、自身との雲泥の差がある実力に──ただただ敬服した。
残された彼らは悩む。
とてつもない力を持つ子供のために、一体何が出来るのだろう。




