第94話 暗殺者、間違えた標的
執事が言った言葉、つまりウェンズデイという者が標的らしい。
よっしゃ! ウェンズデイを探しだして……ってボクじゃん!!
「ブーーーー!?」
口に含んでいたポタージュが、まるで間欠泉のように宙を舞った。いや、横向きなので間欠泉ではないのだけれど。
真っ白なテーブルクロスに点在するポタージュが雪解けの雪原に顔を出す、小さな花のように点在した頃、視線を感じた。
(な、なんで最初の依頼が自分を標的にしたもの、なんだよ……)
おそるおそる顔をあげると暗殺者、殺し屋、彼らがこちらを見ている。
血の気の多い者などは既に武器を握り締めていた。
「カティ、ルドヴィヒ、カーチャ。た、助けてくれるよね?」
「……あたしらは襲いはしない。絶対に、命を懸けても。でも協力するのも……なぁ?」
「だな。それをやっちまうと、よその奴の依頼を妨害したってことになるんだ」
「ごめんね。助けてあげたいんだけど……掟は破れないの」
(ま、まぁ仕方ない。掟なら仕方ない)
とはいえ死ぬわけには、というか死にたくない!
相手の強さがどれほどなのかわからない以上、彼ら全員と戦うってことだけは避けたい。
でも、
(逃げ場は──ない……)
一見すると、普通のダイニング。
しかし窓はなく、天井が高く、出入りできる扉はひとつだけ。
壁が真新しい。
きっとこのためだけに作られたのだろう。
ならば。
「さっきも言ったけど、ウェンズデイはウェンズデイでも、ボクは〈首切り〉ウェンズデイじゃないし、数日前にこの名を襲名したんだ。だから依頼主が言っているウェンズデイなわけがない。殺したってお金なんて貰えないんじゃないかな? ね? だから戦うなんて──」
「とりあえずお前を殺して、雇い主に首でも持って行けばいい。払わないなら、脅せば良いさ」
口の悪い剣士がそう言った。
「ふっ、それが良いな。ウェンズデイには違いない」
毛皮のマントを羽織っている男が賛同する。
「どうしたもんかねぇ。確かに依頼主の言ってる標的とは違うだろうし、でもウェンズデイでは、あるからねぇ……」
老婆は悩んでいるようだ。
「私はいくら積まれても、子供を殺す気はないわ」
お姉さんは言い切った。
意見は様々ではあったものの、大方の意見としてはウェンズデイではあるので殺してしまおう。というのが主流だ。
(──くそー! これならどうだ!)
説得が失敗に終わったことにより、次はハッタリへと作戦を変えた。
わざとらしく、あるいは偉そうに威圧する。
「はぁ……金貨五千枚は大金だ。小国の王族を殺すくらいか? では聞くが、ウェンズデイの名は、そんな王族程度と同等か? 命と金のどちらが大事か、ちゃんと考えて決めろ。死んでも後悔しないと言える人だけ、部屋に残れ! この部屋に残ったやつは、ひとりも生かして返さない……!」
ドサッとテーブルに置いたリュック。
その結果なのかはわからないが、カティたちと執事とメイドが部屋を出ていった。
残った暗殺者たちはどうするか悩んでいるようだがひとり、またひとりと部屋を出る。
〈毒殺〉のソニアは子供は殺さないと言っていたし、出ていった。
〈赤の矢〉トゥオモーも出ていく。
〈イルセトのマルシュ〉は女は殺さんと言って出ていったが、ボクは男であった。言わないでおこう。
最後にものごいのじいさんもそそくさと出ていった。
結果として残ったのは、十一人。
〈山崩し〉の二つ名を持つ、大斧使いの巨漢。
〈村殺し〉などという、変な二つ名の男。
〈トッツの怪人〉だという金髪の男。
〈隻眼〉の二つ名通りに眼帯の侍。
〈百獣〉、黒い猛犬を従えた老婆とその侍従の女の子。
〈詐欺師パルテノ〉、毛皮のマントを羽織っている優男。
〈鋼鉄〉の名前通り、肌すら見えない全身鎧のベスカー。
〈三炎鬼〉、火の玉を操る魔法使いの老人。
〈蜜蜂〉らしき優しく笑う、娼婦のお姉さん。
あとはウェンズデイ、こと──ボク。
相手は十人。
勝てるのか? いや、勝たねば死んでしまう。
以前に想定していた通りになってしまった。
これこそまさに、室内戦である。
比較的に広い部屋は長方形のような形であり、上座のこちらが一番奥で逃げ場がない。
出口は反対側であり、もはや逃がしてはくれないだろう。
高さは低くはないものの、イナガミは伏せても天井に背中が当たるはず。
つまり出すのならば……。
扉が閉まるのを確認して、ため息を吐く。
殺したくはないが、殺されるくらいなら殺すという覚悟くらいはボクにだって出来ている。
しかし、やはり戦いを避けられるのなら──、
「お願い。戦いたくないから出ていって欲しい。これが最後だから……お願い」
しかし彼らは目の前にある、ボクという大金の塊しか見ていなかった。
「……そっか、わかった。もう容赦はしない。──カティ! 戦いが終わるまで絶対に、部屋から誰も出すな!」
「あぁ! がんばれよ」
「待ってるぜ。ウェンズデイ」
「がんばってね。あなたが勝つことを、本当に望んでいるわ」
扉の向こうからの言葉に勇気付けられた気がする。
そしてカティたち三人が扉を押さえているような音が聞こえた。
やりたくはなかったのに、戦闘が始まった。
ジリジリと近づいてくる彼らは、いまだに攻めては来ない。
ボクをウェンズデイだと認めていないのだろう。それでもカティたちがウェンズデイだと認めた事実があったのだ。
歴戦の暗殺者や殺し屋である彼らは、ウェンズデイの名を軽く見てはいない。
あまりにも重すぎる、そして偉大な名前だから。
それでも室内で唯一の敵である少女は見るからにウェンズデイとしては、未熟であった。
本物のウェンズデイであれば、手紙が読まれた瞬間に全員の首が刎ねられている。
本当にウェンズデイであれば、見逃すなどありえない。
「誰か、やれ!」
〈詐欺師パルテノ〉の声が響いた。
それでも誰も動かない。
少女が暗殺者の中でも最強とされる〈七曜〉の一員であるのが本当であれば、迂闊に手が出せるはずがない。
彼らは毒や酸を警戒している。
リュックに入る大きさの物でこの人数相手に勝てる武器などは通常、存在しないだろう。
では魔法使いかといえば、剣を携えているし、魔法使いという雰囲気でもなかった。
「あんたが行きなさいよ!」
ゆえに、幸運が起こった。
毒使いだと思われたおかげで、一気に攻めては来なかったのだ。
今日、今しがた会ったばかりの者たちに連携などは有りはしない。
むしろ暗殺者は──カティたちはともかく──普通は単独の者が多い。
そんな彼らが協力など考えるはずがなかった。
「おい、じじい。魔法使いだろうが、やれ!」
「……ええい、分け前は考えろよ?」
老魔法使いの頭上にある、三つの火玉が回転を始めた。
ボクは平然とリュックを開けると中から──あるものを取り出す。
室内に残った彼らは、それに全神経を集中させているようであった。
彼らは恐れてなど、いない。
とっさに反応が出来るだけの経験と実力があるのだから。
しかし、出てきたそれに目を奪われた。
『ピィ!』
「「ハァ?」」
全く想定していなかったであろうスライムの登場に彼らは驚き、気づいてはいなかった。
スライムを抱いた子供の足元の色に───




