表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【非公開】元勇者、異世界をゆく  作者: 千夜みぞれ
第一章 元勇者、異世界をゆく!
9/181

第8話 元勇者、歌を聞く

 村を出て、既に一時間。

 一人と一匹は、レティアへの道を進む。

 オッロさんを含めた村の人々は、まるで我が子の出征かのようにあれこれしてくれた。

 武器もあるしお金もあるので、昼食としてのパンをくれたり、迷子にならないように、と地図で道を教えてくれた。

 困ったら戻ってきて良いとも……言ってくれた。


(本当に──本当に、感謝しかない)


 首都の玄関口と呼ばれているだけあって、ミッケ村から進んでいく道は間違えようもないくらいに一本道だ。

 地図を見せてくれた時にも思ったけれど、迷子になんてなる筈がない。

 川の流れを見ながらソラと歩いていると、


「おーい、乗っていくかい?」


 声をかけられた。

 振り向くと、荷馬車が後方から来ている最中(さいちゅう)である。

 馭者(ぎょしゃ)をしている農民風のおじさんは、優しげに笑って麦わら帽子を挨拶がてらに振っていた。


「いいんですか?」

「じゃがいもを積んでるから、土臭いのを我慢してくれるなら、ね」


 荷台には沢山のじゃがいもが載せられているが、座る場所はまだまだあるらしい。

 ボクはおじさんの言葉に頷くと馬車に近づいた。

 

「全然おっけーです。じゃ、お願いしま~す」


 ソラを抱いて後ろに行くと、馭者のおじさんが二度見していた。だが気にしない。ボクが。

 よっと荷台に上がる。

 そこには二人の先客がいた。

 一人は吟遊詩人のような若い女だ。羽根を差した帽子、膝の上にはリュートとくれば間違いようもない。

 もう一人、男性は冒険者だろうか。


「こんにちはー」


 ボクの挨拶に二人はわずかに頷いて返答とする。

 ぽろろん、なんて音をリュートが発すると若い女は優しげに笑った。


「ねぇ私は吟遊詩人なの。……まぁ新米なんだけどね。何か聞きたい曲とか、あるかしら?」


 彼女は明らかにこちらを見て言っている。

 スライムを抱いた銀髪の少女──に見える男の子であるボクに興味を持ったのかも知れない。

 おそらく演奏後に、対価としてボクの生い立ちなんかの話を要求する気だろう。

 吟遊詩人(バード)とは、そういうものだ。


「えっとボク、詩とか曲の名前、あんまり知らないので」

『ピィピィピィッポ』

「あっ、ピィピィピィッポってのありますか?」

「聞いたこと無いけど……。それにしても鳴くスライムなんているのね、すごいわ」


 乗客も馭者も、驚いている。

 冒険者風の彼も鳴くスライムを知らないのだろう、目を見開いていた。

 そんな中で吟遊詩人の女は口元に手を当てて、


「じゃあ一番人気の、勇者と英雄の物語詩にしましょうか。──手前(てまえ)、まだまだ若輩ですがどうぞ楽しんでいただけますよう」


 口上を終えると軽やかな音色と声が響いた。


「はるか遠い日には、レシアもただの人であり。かの者は家族を失い、魔王への復讐を決める」


 それは初めて聞く物語詩であった。

 しかし馭者のおじさんも冒険者風の男も、何度も聞いたことがあるのか、所々のフレーズを口ずさみ、微笑んでいる。

 というか、ボクは魔王への復讐のために戦っていたわけではないんだけど。


「〈白銀の騎士〉オーリン」


 それは東の大陸において、誰しもが知っている物語詩であった。

 老いも若いも、男も女も、それこそ産まれたばかりの赤子ですら知っているかのように。


「〈異邦の赤鬼〉ナツユキ」

「〈深緑の弓姫〉フローレア」

「〈忠義の剛槍〉モル」

「〈深淵の魔女〉アルカ」

「〈聖域の奇跡〉ユーア」

「はじまりはバラバラであった英雄たち。それでもかの者たちは集う、運命に導かれ──勇者の元へと」


 吟遊詩人の女は力を込めて歌う。

 魔族の軍団に囲まれた七人が、必死に戦っている場面を。

 吟遊詩人の女は楽しそうに歌う。

 神より与えられし聖剣を振るった勇者によって、劣勢だった戦況が逆転する場面を。

 ボクにもその姿が目に浮かぶようだった。

 でも──


(ボク、盾使ってたから、そんな活躍してなかったんだけど……。そもそもフローレアがいるから囲まれないし)


 悪という概念そのモノのような軍団は倒された。 

 勇者たちは、言葉にするのも(はばか)られる醜悪で淫靡(いんび)で堕落的な魔族どもを倒し、どの国も、そしてどの王も、どの民だって、皆が一様に信じなかった奇跡を起こす。

 遂に、魔王城へと攻め込んだのだ。


「悪の権化たる三騎士。勇者一行を阻むは──魔王の腹心にして悪逆の魔人。〈不滅〉のロザリンド、〈黒姫〉ヨウカ、〈邪竜〉ラーザス」

『ピピピィ』


 ソラはまるで笑っているかのような声で鳴いた。

 聞いたこともやったこともない戦闘が、吟遊詩人の口から語られていく。

 そして、


「激戦に次ぐ激戦。勇者さまを狙う淫靡な罠は、されど正義の前に屈し──そうして三騎士を討ち滅ぼした七人は、遂に魔王と相見(あいまみ)えた」


 楽しそうに笑っているのはソラだけであり、馭者も冒険者も、そして歌っている吟遊詩人までもが怒っているようだ。

 ソラの相づちのような笑い声が原因、というわけではなく、ただただ何かに怒っているかのようで──


「それこそは世界中の罪と汚物を集めたかのような異形。肌は廃屋の土壁、髪は牢獄の蜘蛛の巣、目は泥沼を這う(ひる)、醜く肥太った身体は目にも毒。これこそ魔王、ミカゲなり──」

『………』


 馭者と冒険者の(けな)すような笑い声の中、ソラは(ちぢ)こまったように丸まり、コロンと転がった。まるで魂が抜けたかのように。


「〈救世の英雄〉偉大なるレシア──彼の、偉大なる勇者のおかげで今の世界がある! 邪悪なる魔王は死に、勇者も死んだ……。されど万民よ、悲しむことは無い。勇者さまは再び舞い戻られたのである! レステンシアさまに栄光あれ!!」

「万歳!」

「万歳ッ!」

「ば、ばんざい……」


 それからはこちらの番だった。

 記憶喪失の銀髪の少女が世にも珍しいスライムを連れて、思い出と家族を探す旅をしている。

 断片的な記憶を頼りに何とか故郷まで戻ると、通りに許嫁(いいなずけ)の姿があった。

 声をかけようかと迷っている時、後ろから彼を呼ぶ声が聞こえる──。

 それは親友である少女の声だ。

 すれ違う肩と肩。

 幼き頃の思い出が、浮かんでは涙と共に流される。

 親友の少女は彼の元に駆け寄ると手を繋ぎ、談笑を始めた。

 雑踏(ざっとう)の中から声が聞こえる。


 ──明日の結婚式が待ち遠しい。


 困惑し、目尻に涙を浮かべる銀髪の少女。

 許嫁の男と親友であった少女の背中だけが、ゆっくりと人混みに消えていく。

 崩れ去るように膝を折った少女の涙を拭ったのは、スライムだった。


「──こんなのでどうかしら? ありがとう。本当にありがとう。あなたのおかげで、私にもオリジナルの物語詩が書けそうよ!」

「……うん」


 馭者と冒険者の二人は泣きそうになりながら「旅の足しにしてくれ」、とお金をくれた。

 いや、ある程度の状況は話したけれど、いま明らかに創作されていただろう。ボクはその言葉を飲み込む。

 揺れる荷馬車、その荷台は悲しみに包まれている。


(この話が広められるのは、嫌だなあ……)


 銀髪の少女も、魂が抜けたかのようにコロンと転がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ