第85話 暗殺者、街に驚く
おそるおそる目を開けると、そこは別の大陸であった。
暑い日差しとオレンジ色の瓦が美しい南国風の都市の一角。
頭上には輝く太陽と青い空。
オルベリアの空よりも青く感じる空を見上げていると、とてもまぶしい。
足元には宿屋の地下にあった魔法陣と同じものが彫られた石畳がある。いや、これは。
「なんか祭壇みたい……あっ」
石積の小さな山のような祭壇の頂からは大都市が見えた。
あまりにも大きい。
ベルンを見たときですら唖然としていたボクからすれば、ぶったまげるほどに。
「お、おおお~……」
『ピ、ピピピィ~……』
大陸の端から端までひとつの都市なのだと言われれば、信じてしまいそうなほどに、見渡す限りが──ひとつの都市であった。
数百年間、一度として攻められたことのない都は城壁などもなく、増長を繰り返している。
「ははっ、驚いたか? ま、ここがデカイだけで他はベルン程度の街がいくつかと、あとは小さい町や集落ばっかなんだけどな」
カティの言葉など、右から左に抜けていく。
ボクはソラを頭に乗せると、石階段を降りていった。
後ろからは三人組の声が聞こえるが、気にしない。
大通りはあっと驚くほどに広く、果てには真珠色の塔のような城が見える。
道行く人々は忙しそうにしているが、顔には活気があった。
「お嬢ちゃん。どうだい、見ていくかい?」
通りの左右にある露店、その一店から褐色の肌の妙齢な女性が身を乗り出した。
「はい!」
「ピィ!」
南国風の果物は大きく、見ただけでもよだれが出そうなほどに甘い香りを発している。
見ていると、女性がナイフで切り分けた果物を二切れ差し出した。
「甘い!」
『ピピィ!』
「うまい!」
『ピッピィ!』
「あらあら、それはよかった。あなた、見た感じイジェルド人っぽくないけど、どこから来たの?」
「ボクとソラはオルベリアから来ました!」
声が聞こえたのだろう、辺りの商人や通行人が珍しいものを見るように集まってきた。
「オルベリア? はぇ~めっずらしい」
「オルベリア人なんてはじめて見たわ」
「あっちのスライムは鳴くんだなぁ」
「ほら、うちのハムもうまいから食ってみな」
「うちのお菓子もどうぞ」
巣で親鳥を待つ雛鳥のように、来るもの来るものを食べていると「ちょっと開けてくれ」なんて声が聞こえて。
「やっと見つけた……。みんなわりぃけど、城に用があるから」
しぶしぶといった感じで彼らから解放されると、ボクはカティたちに連れられて大通りを進んでいく。
オルベリアの物とは形状の違う武器、あるいは食器。
美術品やカーペットや楽器を奏でる人々。
〈商いの街〉と呼ばれているベルンよりも遥かに活気があった。
そして──布面積よりも肌面積の方が多い服に身を包んだ女性たち。
(なんか……聞いてたような国じゃないなあ。みんな優しいし、明るい)
想像し、また聞いたような陰険な場所などでは一切ない。
この都市は明るく美しかった。
通りを歩く人々はオルベリア人とは違って褐色の肌の人が多く、中にはエルフであったりドワーフなどもいる。
(エルフやドワーフがいるのは南の大陸だから当然だろうけど、人種は……ほとんど褐色かあ)
色白な東国人ような人は、ボクを含めてカティたちくらいである。
時おり珍しそうな視線を感じつつ、一軒の宿屋の前にたどり着いた。
さすがに荷物を持って行くのは無礼だから、と言うので借りることになったのだ。
「店主、この子が着替えるのと荷物置いておくのに一部屋借りられるかしら?」
「夜刀会の方々ですね、もちろんです!」
なぜか代金も支払わずに最高の部屋を貸してくれた。
そんな宿にいる他の客たちは、二つに別れている。
褐色の肌であったり地元民のような人々はやたらと優しく、ボクたちに微笑んでいて、何か出来ることはないかと聞いてくるのだ。
一方の、それ以外の人種やエルフなどはこちらを一切見ないか無視している。
(カティたちって夜刀会だったのか。知らなかった)
不思議な印象を客たちから感じながらも、部屋に行って荷物をベッドの上に置いた。
武器は装備したままで階段を降りると、今度はエルフたちからの憐れんでいるような奇妙な視線を感じる。
カティたちは宿の外で待っているのでボクはそそくさとエルフたちの隣に座った。
「ねぇエルフさん。なんか変な雰囲気だけど……なんで?」
エルフは唖然としたように目を見開くと、長い耳をわずかに下ろした。
「君は暗殺者?」
「ううん」
「そう……。なんで彼らと一緒にいるのかわからないけれど、暗殺者に関わるのはやめた方がいいよ。国に帰りなさい」
「なんで?」
「彼らは連邦の人しか守らないんだ」
宿から出るとカティたちと合流して、また大通りを進んでいく。
道行く人々がこちらを見ていた。
それもそのはずで、ビキニのような露出度の高い格好の女性すらいるなかでの全身タイツ。
物珍しい銀髪と、頭の上のスライム。
そのうえで、他教の巡礼者のような格好なのだから──当然だった。




