第83話 元勇者、暗殺者になる!
翌朝。
今日はカティたちと合流してイジェルド連邦に向かう日だ。
そこで裏庭の一角で特訓をすることにした。
戦うべき相手は──決まっている。
「ヨウカ、召喚!」
現れたヨウカに事情を説明すると、彼女は「へぇ、そうですか」とどうでもよさそうに言う。
美しい魔物の興味は別のところにあった。
「主さま。そこにいる、初な生娘たちは誰ですか? 美味しそうですね」
彼女は本気なのか冗談なのかわからないが舌なめずりをした。
ティエラとミッコとユッカは青白い顔で後ずさる。
「金髪の娘はティエラ、ボクの妹。二人のメイドはミッコとユッカ。ボクの家族やこの屋敷の人たちを襲ったら──絶対に許さない」
「ふふふっ、もちろんですよ。私はあなたの忠実な配下なのですから襲ったりしません」
ヨウカはティエラたちに人間のものではない、まるで蛇の牙のような犬歯を見せて笑った。
「に、兄さん、そちらの方は?」
「うわさのストリゴイだよ。〈黒姫〉ヨウカって知らない?」
「──〈黒姫〉!? そ、それって魔王の三騎士のひとり……」
「よろしくお願いしますね、主さまの妹」
「……はい」
ヨウカは余裕の表情で仰々しい挨拶をした。
両手でスカートの左右を持ち、片足を引く貴族のような挨拶だ。
もちろん貴人に会ったらこのような態度が正しいのだろう。
(今度、ボクも真似してみよ)
それからボクは、ヨウカと戦った。
コボルトのような肉体面では勝てなくても、武器を使えば倒せるような相手とは違い、ヨウカにはどうしようと勝てる気すらしない。
「──あうんっ」
手加減されて撫でられただけでも身体が吹っ飛ぶ。
剣を振っても片手で、それを止められる。あくびをしながら剣筋を読まれてしまう。
勇者だったころ、ヨウカと直接戦ったことはなかった。それでも自身と同じ程度の強さだったろう彼女に弄ばれるのは、ツラい。
「もう、主さまったら変な声を出さないでくださいよ」
「……ソラ、一緒に戦って!」
『ピィ!』
ボクはソラが足元にやってくると同時に叩き潰す。
ヨウカの驚いたような顔が見えた。
「ソチラス、召喚!」
黒から現れた全身鎧をまとったような虫人は、一直線に突っ込む。
少女の腰ほどに太い腕でヨウカを殴る。
しかし奇妙な体勢で──倒れ込んだのはソチラスだ。
(黒爪……!)
ソチラスの腕は一瞬で切断され、殴りかかったままの姿勢でバランスを崩したようだ。
膝をついたソチラスは見上げるように赤を見る。
ヨウカは上腕から先が黒に染まっていた。鉤爪のように変化した指の先、爪は太刀を思わせる形状に変化している。
「ソラ、一瞬でいい。ヨウカの動きを止めて!」
『ゲルァ!』
落ちた腕がそのまま這いずり、ヨウカの足首を掴んだ。
隙を見逃さないソチラスは、柳腰に手を回して締め上げる。
「あ"ぁああああ……」
苦悶の表情でうめき声を洩らすヨウカに、ボクは百々切丸の切っ先を向けた。
「これでボクたちの勝ちだ! どーん!!」
見えない刀身、その切っ先がソチラスめがけて突き進む。
ソチラスもろともヨウカを貫通する──かに思えたが、突然ソチラスの姿が掻き消えた。
炎のような赤髪が揺れる。
空から欠片が落ちてきたような、空色が飛び散った。
一撃でソチラスを粉微塵にしたのは黒い爪だ。
そして見えないはずの刀身は黒い鉤爪のような爪先で摘ままれている。
「あ、あれ……?」
押すことも引くことも出来ない剣をとっさに離すと、ヨウカが間近に迫っていた。
アーカーシャの剣を抜く時間もない。
洞窟内と同じく脇の下に手を入れられる。
まるで赤ん坊をあやすように持ち上げられて、眼前の美女は舌なめずりをした。
「主さま、ひと噛みだけ──いいですか?」
「「レインさまを放せ、化物め!」」
ぶんぶんと頭を振るとヨウカはボクを下ろしてくれた。
しかし、
「メイドさん。あなたたちも私と、遊びたいの?」
剣を構えているミッコとユッカにヨウカは近づいていく。
二人は眦に涙を溜めて剣を構える。
「──〈黒姫〉どの、私の弟子が失礼した」
一瞬で双方のあいだに現れたカイネを見て、ヨウカは鼻を鳴らした。
「強いですね、人間。でも私がこんな小娘たち相手に本気になるとでも?」
「貴殿の爪から、殺意を感じましたので」
ヨウカはわざとらしく「ふんっ」と言うとボクの元までやって来た。
見事なプロポーションをした彼女と小さなボクでは身長差がある、乳房が頭の上に乗せられた。
「主さまぁ~、あいつ何者です?」
「……えっと、カイネだよ」
「カイネ……あぁ、あの」
自然と首筋が危ない気がしたのでヨウカを撤退させる。「ちょっとなんで気づいたんですか」なんて声が一瞬聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。
しかし今回の特訓には、大きな成果があった。
ソチラスは強くても過信してはいけないこと。
百々切丸の力も同様に過信し過ぎてはいけないこと。
もちろん後者はヨウカが魔剣としての能力を知っていたから、というのもあるのだろう。
「はぁ、負けた負けた。ソラ召喚!」
『ピィ?』
「お互いに本気じゃなかったけどさ、負けちゃったね」
『ピゥ……』
疲れたこともあって一度お風呂に入り、再度服を着替える。
今度は妹に買ってもらった新しい装備だ。
投げナイフくらいは買ってもいいかも知れない。
部屋に戻って支度をする。
リュックにいつもの服とドレス──ティエラがもしものときはドレスを着て、どこかの貴族の屋敷に駆け込むように、と言ったので──を入れて、金貨を小さな巾着に十枚ほど入れたものを一番奥に入れた。
(魔法が使えるから、替えの服がいらないのは楽でいいなぁ)
どろどろになっていた前世を思い出して苦笑うと、ソラが楽しそうに笑った。
そしてアーカーシャの剣をベルトの背中側に、狩猟刀を腰の左側に。
百々切丸の鞘に紐を通して背負うと、とりあえずの準備は完了した。
玄関まで降りると三人組が来ている。
暗殺者だと知らなければ、普通の黒装束の男女。
いや、明らかに堅気ではない雰囲気を醸し出している。
これは武装している冒険者とは明らかに違う、空気、と言えばいいのだろうか? 近寄りがたさがあった。
「じゃあちょっと旅、してくるね」
「兄さん、オルベリアの風習を覚えていますか?」
「いや、さっぱり」
「では、えっと……狩猟刀を私にいただけませんか? 戦地に向かう者が家族にナイフを渡して双方の無事を祈る、というものなんですけど……」
「あ、うん。じゃあ」
狩猟刀を渡すと、ティエラをそれを抱き締める。
目の回りが赤くなっていた。きっとつい先ほどまで泣いていたのだろう。
「兄さん! 必ず帰って来て下さい。絶対に絶対に……帰って来てくれると、約束して貰えますか?」
「うん。約束する」
『ピィ~!』
「わかりました。ソラも兄さんを頼みます。──では妹として、家族として、兄の言葉を信じます! でも、出来るなら雪の降る前には帰って来て貰えると嬉しい……です」
「なにかあるの?」
「今は言えませんが、兄さんへのプレゼントを用意する予定です。受け取ってくれなくても構いません。それでも、兄さんが帰って来てくれるなら、それ以上の嬉しいことはない、です……」
「わかった。絶対に戻ってくるから安心して! プレゼントも楽しみにしてるよ」
そうしてボクはティエラとカイネ、ミッコとユッカや屋敷の人たちに見送られながら屋敷を出ていく。
この章はここで終わりです。
よろしければこれからもよろしくお願いします(。・ω・。)ゞ




