第82話 元勇者、錬金術師ユハに出会う
交易都市ベルンは交易──つまり商売の街である。
誰が『なに』を売ってもいい。
しかし売り手個人が値段をつける行為は平均的な価格の暴落に繋がってしまう。
そこでベルンの商人たちは、たったひとつの取り決めを結んだ。
それは──『売り手は組合に属すこと』である。
「つまりですね、武具を売りたければ鍛冶師連盟に登録しなければならない。連盟の会館で査定をして貰い、その価格での販売が許可される」
「魔法が付加されている、魔法道具や魔剣、付呪の品は魔術師会が……まぁベルンでそういった品を売るには魔法学校の許可がいるんだよねぇ」
少女たちの言葉を聞いたうえで前を見た。
一見してかなりの高品質だとわかる武具がある。
あきらかに魔法が付加されている物体がある。
部屋に入るには合言葉が必要。表の店は鍵どころか、カーテンまで閉められている。
ティエラは違法なものだと言っていた。
「……これ全部、許可されてない品?」
「えへへ」
「えへへ」
えへへ、ではない。まさか妹が犯罪者だったとは。
「来たからには買うんだろうけど。だ、大丈夫なの?」
「たとえばこの剣を見てください」
ティエラは両刃の剣を持った。
刀身にはうっすらと光が帯びている。
「これを正規の店で売るには、鍛冶師と魔法使い系列の両団体に査定料と団体所属料、販売店への委託費用、商会への申請料金。あとはもろもろを払わないといけない。そうなると、ここでの売値は金貨百枚ですけど、きっと金貨二百枚くらいになると思います」
「でも製作者が受け取る料金は大差ないんだよね。それ、ちなみに私が造ったんだけどさ。さっきも言ってたけど、ちゃんとしたお店で売るには鑑定や査定して貰わないと売れないの。でも専門家が調べるんだよ? 技術を盗まれちゃうじゃ~ん」
ユハの店はそういった『同業者に技術を盗まれたくない人』や『内緒でこづかい稼ぎしたい人』、『適正価格で欲しい人に売りたい人』などが品物を持ってくるらしい。
高位の錬金術師であるユハは自身が魔法学校や魔術師会に属していないため、ベルンでの商売が出来なかった。
そこで雑貨屋として小物を売りながら、裏ではそういった品をさばいているらしい。
団体に属したくない者は、実のところ多い。
ボクだって魔法を使うが魔術師会には属していないのだ。
「でも結局、非合法な品なんだね」
「「えへへ」」
『ピピピェ』
ベルンにおいて、こういった団体組織の目に触れていない品物は、盗品と同じ扱いになる。
発覚すれば没収されてしまうわけだが、そこは慎重に取引をしているらしい。
売る相手は紹介制であるし、合言葉も必要。
買った側も売った側も喋らない。
それほどまでに慎重になるのはこの部屋に置かれた品が、どれも一級品だから、である。
「さて、例のアレは要望通りに出来ましたか?」
「もちろん。私が造ったんだから品質は保証するよ!」
ユハが小さな木箱を持ってきた。
それを丸机に置くと、ボクたちにも座るように促す。
木箱から出てきたのは──、
「えっ……なにそれ?」
薄くヒラヒラとした物だ。
「タイツだけど?」
ユハが持っているのは黒い布である。
全身を覆いそうなタイツは着れば首元まで包み込むだろう。
ティエラは目を輝かせていた。
「さ、兄さん。着てください!」
「──って、ボクの!?」
部屋の奥にある更衣室でボクは着替えることになった。
伸縮性のあるタイツであるからこそ、首の部分を伸ばして足から中に入れる。
そうして首までぴったりと収まると、カーテンの向こうから声が聞こえた。
「どうかな~」
「ぴったりだけど……ぎゃー!?」
カーテンを開けられたボクはとっさに股間を押さえた。さすがに恥ずかしい。
「兄さん、似合ってますよ!」
「……タイツって非合法な品なの?」
「えいっ」
ギィッなどと言う金属音がタイツから聞こえた。
見ると、ユハが短剣をボクの太もも辺りに刺している。もちろん刺さってはいないが。
「……」
「すごいでしょ? これ鋼鉄製の鎖帷子並の硬度があるの! 軽くて伸びて水洗いができて、ぴったりと身体を守ってくれる! もう~さいっこう傑作なのさぁ」
確かにこれほどの物はあまり見たことがない。
フローレアが似たものを持っていた気がするけれど。
「でも、これ……上に着るものとかって無いの?」
「はい。ありません」
「うん。ないよ」
「……」
「じょ、冗談ですよ兄さん! 悲しい顔をしないでください。えっと、ここにある品を選んでください! 私からのプレゼントです!」
◆
ティエラはレインがイジェルド連邦に行くことを知っていた。
パーティーに来ていた三人組に聞き出していたのだ。
ゆえに危惧している。
なにせ暗殺を国が認め、暗殺者を育成しているような国なのだから当然だ。
兄の装備は革製の胸当てしかない。
そこで一級品の装備を買うために親友であるユハを頼った。
彼女は徹夜して要望の品を仕上げてくれた。
目の隈が痛々しい。
(ありがとう……ユハ)
値は張るが、ベルンで買えるものであれば最高の品だと思う。
「兄さん、似合ってますよ」
レインは魔法が付加されているタイツの上に、胸甲をつけている。
股間が恥ずかしい──そんなことはない──ということで、巡礼者用の白い長衣を選んでいた。
(兄さん。男らしいのがいいと言っていましたが、それでは美しい女性巡礼者にしか見えませんよ)
とは妹は語らない。
優しげに眺めるだけだ。
「これで、どうかな?」
黒のタイツの上に胸甲をつけ、長衣の腰布にはいつものベルトが。
上半身には肩と背を隠すようにフード付きの短いローブを羽織っている。
妹であるティエラには古いおとぎ話にある、神のために戦う神官戦士団かのように見えたが、それがすごく似合っていたので何度も頭を上下に振った。
「完璧です! 完璧ですよ、兄さん! では兄さんは馬車で待っていてください」
そうしてティエラは元の服をリュックに入れ、部屋を出ていった兄を見送り──水色の髪をした少女に振り向いた。
「ユハ、どうでしたか?」
「似合ってたよ」
「そうではなく……いえ、ありがとうございます」
「ふふっ、まぁ確かに凄い魔力を感じたよ。ティエラが言ってた通り、〈魔導6杖〉に気に入られてるのかもね」
「……そう、ですか」
「なぁに心配いらないよ。あの人ら、変人だけど気に入ったものは壊さないから」
ティエラは長いまつ毛を伏せた。
「……わかりました。私は兄さんの無事を信じます。それで、代金の件ですけど」
「えっとねー、全部あわせて金貨千枚かな。──おっと値切りは無理だよ? 本当なら、もっと高いんだからね?」
「ふっ、手痛い出費ですが、兄さんのためなら喜んでお支払いしましょう!」




