第81話 元勇者、戦利品
交易都市ベルンは再度、恐怖に包まれた。
人々の目には恐れの色がある。
そうしていつもは華々しい歌を奏でる吟遊詩人ですら、酒場においてうなだれていた。
店主に一曲頼まれても、まるで楽器の音色すら曇っているように。
客たちも吟遊詩人に興味を示さない。
「──亡国の荒ぶる神は、偉大なる魔法使いによって倒された」
いつもは豪快に食べ、飲み、酒と喧騒と嘔吐の臭いを充満させる酒場でさえも、暗鬱としていた。
吟遊詩人は歌を続ける。
「ベルンは救われた」
「しかしそれは嵐のように、やって来る」
ウェンズデイはイジェルド連邦の暗殺者の中でも、最も有名なひとり。
帝国の第三軍団と戦って皆殺した。
ひとりで城を陥落させた。
剣をひとたび振るえば千里先の首が跳ぶ。
殺した王族の数、十。
殺した将の数、百。
殺した兵の数、千。
これから殺す者、万人。
「ウェンズデイ。おぉウェンズデイよ、今宵は何人の命を奪うのか。朝焼けにいくつの首級を晒すのか──」
人々は怒るでもなく、悲しむでもなく、その歌を聞いた。
そんな中で、
「なぁ、言ってるぜ? 何人殺すんだ?」
壁に短槍を立て掛けて、骨付き肉にかじりついている少女が問う。
一方の銀髪の子どもは鼻で笑った。
卓上には、この店で提供できる限りの豪華な食事が並べられている。
数々の料理の中央には、皿に乗った空色があった。
「……裏切りスライムめ」
『ピィピィ!』
ボクとソラは山でライラ一行に出会い、そこで犯人は「ウェンズデイ」だと言ってしまった。
彼女たちはボクに洞窟の入り口で待つように言うと、洞窟の奥へと進んでいった。
ライラ一行が門扉を開けて中を確認する。
そこには強大な力を持っていたであろう魔物が横たわっており、なおかつ首が切断されていた。
ストリゴイを殺すには『頭部の破壊』『首の切断』『心臓に杭を打って数年間、土に埋める』などの方法がある。
ボクに出来ること、というと二番目しかなかったのだ。
結果、
「ストリゴイが抵抗も出来ずに、一太刀で首を斬られている」
「遺体であっても……これほどの魔力を持っているなんて……」
「切断面を見たか? 人の首ですら、あれほど綺麗には斬れないぞ」
「間違いない。これはウェンズデイの仕業だ」
とライラ一行は逃げるように洞窟を出る。
そのあとは彼女らが財宝の輸送を手伝ってくれたこともあり、暗くなる前にはベルンに到着したのだった。
一緒に運んでくれたお礼にと半分を彼女らに渡し、ボクはルカ商会で品物を売ることにした。
ボクが商会でなにかをやっている。それを聞いたティエラは急いでやって来ると壇上に立つ。
それからはオークション形式の落札、なんていうことがはじまったのだ。
商会の主人たるティエラに顔を覚えて貰おうと、若手重鎮の差はなく無数の商人たちが品物を落札していく。
そうして最終的にはすべての品が売れて、ボクの取り分は金貨五百枚となった。
「──というかさ。確かにボクには臨時収入があったけど、奢るなんて、言ってないよ?」
暗殺者たちの腕が止まる。
屋敷に遊びにきた彼女らに連れられて、酒場に来たのはともかく。
そもそも仮にも上司的な立場だというボクに奢らせようとは、どういった了見だろう。
「おい、いくら持ってきてる?」
「俺は金を持たん主義だ」
「そんな主義いらないわよ。私は銀貨数枚はあるけど……」
三人が「逃げるか」なんて言い出したので、ボクは肩を落とす。
「いいよ、ボクが出すから」
『ピィ?』
「ソラの分は出さないけど」
『ピェ~~~』
翌日。
朝帰り──カティたちに付き合わされた──したので怒られた。
そんなボクはティエラと一緒に馬車に乗っている。
馭者はいつも通りカイネが。しかしミッコとユッカは乗っていない。
彼女たちは怪我が治ったので修行中なんだとか。
「兄さん、ソラと喧嘩したんですか?」
『ピィ……』
「本当に怖かったんだからね!」
『ピピュピェ?』
「ごめんね? じゃない! そもそも洞窟に入ったときから相手が誰か、気づいてたくせに!」
『ピッピッピッ』
「あー! 笑ったな!?」
「……兄さん、洞窟にいたストリゴイは、その」
「ボクが倒したよ。まぁ倒したっていうか……倒させてくれたんだけど」
「そ、そうだったんですね! ……巷ではウェンズデイが出たとか言っていますが、どこの誰がこんなうわさを流したんでしょう……」
街を不必要に騒がせた責任をとらせないと。
ティエラがそう言ったので、ボクは視線を反らした。
『ピピピッ』
「……えっと、これどこに向かってるの?」
「それは──」
ティエラが説明しようと口を開いたとき、馬車は一軒のお店の前に止まった。
ガラス張りのショーウィンドウからは魔石灯の光が見える。
「ここですよ兄さん! さ、行きましょう」
ティエラに手を引かれて中に入ると、
──チリンチリン
軽快な鐘の音が響いて来客を伝える。
店主はカウンターに突っ伏していたが、勢いよく顔をあげた。
「いらっしゃい」
可愛らしい声を聞いてティエラはカウンターに近づく。
ボクとソラは店内の異質さに目を見開いた。
おそらく雑貨屋なのだろう、多種多様な物が陳列されているのだが店舗の窓といい、明らかに周辺の店との品揃えが違う。
グラスひとつとってもいびつな物などなく、美しい色彩は王族が使いそうな逸品だ。
しかし値段は、
(──やっす?!)
庶民でも購入可能なお手頃価格。
ぬいぐるみなども、ボクの記憶にわずかにある異世界の物と、一切の遜色がなかった。
「久しぶりですね。ユハ」
「最近忙しそうだったよね、どうなったの?」
「いろいろありましたけど……っと、まずは挨拶を。兄さん、こちらは私の親友で錬金術師のユハ。ユハ、こちらは兄さんです」
ボクよりも小さそうな少女は「どうも~」と手を振った。
水色の髪は今まで見たことがない。目の下の濃い隈も同様に。
「よろしく。こっちはソラだよ」
『ピィ~』
「ティエラってお兄ちゃんいたんだぁ」
ソラが鳴いても驚かない少女は優しげに微笑んだ。
「さて、挨拶も済みましたし……アレの準備は出来てますか?」
「もちろん。でも、ちょっと待ってて」
そういうと、ユハはカーテンを閉めはじめた。
入り口の扉から顔を出して左右を確認したあと、鍵を閉める。
そうして少し危険な雰囲気を発し、
「お客さま、合言葉はご存じですか?」
聞かれたティエラは悪い役人みたいに笑うと、頷いた。
「では、人生とは──何色ですか?」
「薄鈍色です」
まるで悪役のような、あるいは違法なものを取引する際の合言葉や慎重さまで見せると、やはり二人は少し危ない雰囲気で笑いあった。
「さぁ、こちらです。お客さま」
ユハはカウンター奥の扉に進む。
鍵穴が十個ほどついているが、そのうちのひとつだけに鍵を差し込むと、扉が開いた。
「くっふふ、兄さん、行きましょう」
「う、うん……」
ティエラの背中を追いかけて部屋に入ると──なんてことはない、武具が陳列されているだけであった。
ボクは苦笑う。
「なんか二人がこそこそしてるから、違法な薬でも買うんだと思ったよ」
二人はさっと目線を反らした。
「いや、まぁ、その……そういう物も置いてるんだけどね」
「えぇ……」
「薬、というか、この部屋のすべてが違法な品ですよ。兄さん」
「 」
ボクは絶句した。




