第7話 元勇者、相棒と一緒
迷子にもならずに村まで戻れた。
通りをかけ足で進んでいると、すれ違う村人たちの顔が唖然としたものに変わっていく。
暴虐の限りを尽くした──実際はいたずら程度の──スライムが、大人しく腕の中にいるからだ。
数多の人々を寄せ付けなかったスライムだというのに、少女が捕まえた、なんて流石におかしいと思うのが当然である。
まぁボクは男の娘、らしいが。
「さて、どうしたもんか……」
宿屋『白うさぎ』の前に立ち、悩む。
料理も提供している宿屋にペットを、それも魔物を連れ込むなんていうのは流石に常識はずれだろう。
「おねえちゃん、なにしてるの?」
「えっ」
後ろからの声に振り向くと、そこにはミッラが立っていた。
スライムを見ると驚いた顔になり、次にニカーっと明るくなる。
「あースライムつかまえたの? すごーい!」
ミッラは目を輝かせている。早く入りなよ! と、そう言わんばかりの眼差しで。
(ええーい! 悩むより行動だ!)
扉を開けて中に入ると、こちらを見た数人の客が噴き出した。
そんな中でオッロさんが、
「お、お前スライム! なんでスライム持って帰って来たんだよぉ!」
と悲鳴じみた声で言う。
店内は笑い一色に。それでも真剣な面持ちの二人が静寂と共にこちらに近づいて来た。
帯剣している女冒険者たち、である。
「ねぇ、そのスライムどうしたの?」
「えっ……どう、とは?」
「そのスライムは狂暴で手がつけられないから、と……それこそレティアまで依頼が寄せられてたの」
黒髪の女冒険者がそう言った。
「スライムなんて、最初はバカな依頼だと思っていた。でも実際に村人に聞き込みをしたら」
茶髪の女冒険者はそう言うと怪訝な顔に変わる。
「村人では殺せない。衛兵すらスライムに逃げられた、と」
「もう一度聞くわ。そのスライムを、どうしたの?」
どう?
……どう?
殺したのが生き返りました。いや、今思えばどうなってるんだか。
拾った、なんて嘘は通じないだろう。
「倒したら……起きあがって、仲間になりたそうに……」
「あぁ──なんだ。あなた、調教師なのね!」
(……はい?)
「ま、ここじゃなんだし私らのテーブルにおいでよ」
「でもボク、昼休みが」
「──かまわない、もしかすると記憶につながるかも知れないんだ。話をするといい」
オッロさんの許可を得て、ボクは二人の向かいに座る。
彼女たちはテーブルに置いたスライムを見て、驚いていた。
「調教ってそういう里の生まれか、厳しい訓練を受けないと、出来ないよね?」
「うん。かなり高度な技術だし」
ボクは勇者だった頃に、テイマーを遠巻きに見たことがある。
戦場の彼らは繁殖させた魔物を一番槍として、消耗品扱いで突撃させていたのが印象的だった。
「ねぇ」
「あ、はい」
「どこかで習ったの?」
「あー……」
困惑しているとオッロさんが助け船を出してくれた。「その子は記憶喪失だから」と。
それを聞いた二人は目を見開いてこちらを見た。
「記憶喪失の人なんて初めて見たわ」
「本当にいるんだ……」
「い、一応記憶があるような無いような……感じです」
二人は目を見合わせる。
「あなたには才能がある。もしかしたら以前は調教師だったのかも」
「もしも調教師なら、冒険者組合に行くと良いよ。冒険者の中には調教師もいるから、君のことを知ってる人がいるかもね」
「……なるほど。あ、スライム討伐って……そのぉー」
彼女たちはスライムを討伐するために、この村に来たのだ。
ならばスライムを調教(?)したのは横取りに等しいだろう。
だが、
「ん? 別にいいよ。だってそのスライムはもう君のだし」
「そうそう。私たちは得したって感じだよ」
どうやら悪さをするスライムがいなくなった、ということで依頼は達成している……ようだ。
何もせずに報酬が入るんで~ってことだとか。
それからボクはぼろぼろだったので、今日は休んでいいと言われた。
部屋に戻って汚れを払い、そしてベッドに横になる。
なんだか眠い。想像以上に疲れた様だ。
「おやすみ」
『ピィ』
名前を付けてやらないとなぁー、そう思いながらボクは目を閉じる。
◇
白い光の中に女性が見えた。だが、顔は見えない。
一人……いや、小さな三人に向かって何かを言っている。
「あいつと共に生きたい。それくらいは叶えてくれるんだろ?」
「■■■」
「はぁ? 会えたら叩かれろって──なにそれ。……まぁいいや、感謝する。覚えとくよ」
──彼女はずっと待っていた。
何もすることがないから薬草を食べてみる。美味しい。
すると、なわばりだとか言って喧嘩を売られた。
無礼者め。
挑んでくる相手すべてに勝ち続けると、子分がたくさんに増えていた。
──でも、いつまで待っても。
子分が人間に襲われた。
人間は回復薬がどうとか言っていた。知ったことか。
何度もやってくる奴らを、何度もやっつけた。
このまま勢力を拡大して村に攻め込んでやろうか。
そんなことを考え始めていると、いきなり後ろから攻撃された。
とっさに反撃すると、相手は見たこともないほどに美しい少女だった。
──でも、いつまで待っても。
弱い少女を吹っ飛ばしたのに、懲りずにまた来た。
子分を使って絶対に勝てないのだと教え込む。
……それでも、また。
少女が何かを──言っている。
──あぁ、やっとか。
子分たちには山奥で自由に生きろと命令した。
自分はもう、ここには戻ってこないから、と。
今でもあの時の戦いを思い出す。
あぁ、あれは本当に──
◇
「──楽しかったなぁ」
『ピィ?』
目が覚めると、スライムが胸の上にいた。
ずっしりとした重量を感じる。ツラい。
「……おはよう」
『ピィ』
昨晩見た夢を思い出す。
あれは……なんだったのだろう。
「ねぇ君は、ミカゲさんなの?」
『……』
スライムは答えない。
夢はそうであったら、という願望なのかも知れない。
沈黙がしばし続いた。
結論として、言わないのだから聞くべきではない、とボクは判断した。
そうであったからといって、何も変わらないだろう。
いつか自分から教えてくれる日が来るのを、待つとしよう。
「君って名前はあるの?」
『ピィピィ!』
二回、つまり『いいえ』か。
ボクはスライムに名前を付けることにした。相棒に名前が無いのは不便だし、何より嫌だ。
改めて見ると表面がツヤツヤしていて中心の色が濃い
まるで晴れた青空の様な色と、丸いフォルム。
「なまえ……タマ?」
「ピィピィ」
「ぷよ」
『ピィピィ!』
「じゃー、おもち!」
『ピィピィ!!』
どれも即却下された。
そもそもオスなのかメスなのか、性別があるのかすら分からない。
(第一印象って大事だし……)
「ソラ?」
疑問気味に聞くと、悩んでいるのかスライムは小刻みに揺れている。
『……ピィ?』
疑問気味の提案に対し、疑問気味の回答。『いいえ』ではないのだからこれで良いのだろう。
ソラを抱き上げると、気づいたことがあった。
昨日無くしたはずの短剣がテーブルの上にあったのだ。
(うおぉ……)
ボクは短剣をテーブルに放置して朝食を食べに一階へと降りる。
オッロさんが手招きした。
「おはようございます。どうかしたんですか?」
「ほら、これ」
そう言って渡されたのは膨らんだ袋だ。
「……?」
「昨日来てた冒険者が言ってたろ、君には才能があるって。きっとご両親だって心配してるに決まってる」
「……いや、まぁ……」
「街に行けば、君を知ってる人がいるかも知れない。いなくても、才能をこんな村で埋もれさせるのはダメだ」
「……」
「ここに今まで働いてくれた分の給金が入っている」
「今から……行けって?」
「違う。今日はうちの宿、昼から休みなんだ。だから──」
それから村の人たちが『白うさぎ』に沢山やって来た。
まるでお祝いのように、皆が笑っている。
ボクは──ここにずっといたい思っている。ただ、ソラと戦った時の高揚感も、忘れられない。
結局夜になってもお客さんたちは帰らず、ボクの出発を祝ってくれたのだった。
次の日。
太陽がようやく顔を見せた頃、ボクは宿屋『白うさぎ』を出た。
オッロさんがくれたお金はリュックの中に。
短剣は腰につけた。
「困ったら、いつでも戻っておいで。でも君が家族の元に帰れるように祈っているよ」
「おねえちゃん……」
「泣かないで」
ボクはミッラの頭を撫でた。そして二人を見る。
「ボク、がんばります。いつか戻ってきますね!」
優しい父親と優しい幼子、二人との別れを済ませると、ボクは村から出発した。
行き先はヴィオレッティ共和国、その首都である──『レティア』だ。
「やっぱり別れってツラいよね」
『ピィ……ピィピィ?』
「なんて言ってるのかわからないけど、ソラがいるから寂しくはないよ」
『ピィ!』
朝日の優しい光と温かさを体いっぱいに浴びて、二人は歩みを進めた──。