第78話 元勇者、懐かしい相手に出会う
玉座に座っている彼女には見覚えがあった。
勇者だったころにも、何度か見たことがある。
炎のような赤色の長髪。
深海のように濃い青色の瞳。
魔王の配下の中でも最強との呼び声高い、
「よ、よよよよよよヨウカァ!?」
〈黒姫〉ヨウカは三騎士のひとりだ。
そして三騎士の唯一の生き残り。
絶対にボクを恨んでる人物、でもある。
他の三騎士だって七人がかりでようやく倒してきた。
直接ヨウカとは戦ったことがないけれど、さすがに相手が悪い。
(やっばい。ど、どうしよう……)
ボクは狼狽しながら頭を抱えた。
ヨウカは攻撃してくる、なんてこともなく玉座に座ってこちらを見ている。
「ソラ、昔の部下でしょ? なんとかしてよ!」
『ピィ!? ピィピィ、ピィュ』
否定している嘘つきスライムとボクは小声で揉めていた。
一方のヨウカは恐れ知らずの少女に興味をひかれていた。
名前を知っているのだから〈黒姫〉であることは知っているのだろう、と。
しかし逃げず、戦わず、よもやスライムなどと喧嘩しているのは一体なんだろうか。
(この私を前にして、余裕があるのか? それとも頭が弱い? いいえ、百体近いコボルトを殺して来たのだから、前者に違いない)
ヨウカは蛇の牙を思わせる犬歯を見せて笑った。
楽しくて笑ったのではなく、美味しそうな食事が出来ると判断して。
「お前、騒ぐのをやめなさい。ここに来た理由を教えて」
銀髪の少女は嫌そうな顔をした。
「ボク、わかんない。気がついたらここにいたの」
『ピィ!?』
「ま、ママ~どこ~……」
「ふざけているの?」
「……あの、ひとつだけお聞きしたい。勇者レステンシアをどう思ってますか?」
「勇者……? くくっ勇者、か。あやつは不倶戴天の怨敵だ。そうだな、この場にいれば、まずは両足の腱を引き裂いて両腕を砕く。そしてなぶり尽くしてやる! いや、魅惑してやるのもいい。自ら懇願させ、子孫を残せぬように■■を潰させてやるのだ。そして■■■を喰わせて───」
「あばばばばばばばばばば」
ボクは涙をぽろぽろと流した。……なんとしてでも逃げなくては!
ヨウカが想像上のレステンシアに凄まじい拷問を与えている隙に、扉に向かって走り──「ぎゃん!」と転んだ。
上体を起こして足元を見ると、空色の物体がいる。
「う、裏切ったな!」
『ピッピッピッ……ピェ~』
「──そもそも、逃がすわけがないでしょう?」
門扉の前、そこには一瞬前には玉座に座っていたはずの──美女が立っていた。
絹のようにきめ細かい白い肌、その両の手が脇下に伸びる。
少女は目線まで持ち上げられた。
「さぁ、話なさい」
濃い青色の瞳が紫色を覗き込む。
「あなたが、ここに来た理由は?」
「ス、ストリゴイを殺すため……」
虚ろな目で少女は語った。
「ふふっ、私を殺せるとでも?」
「はい」
「……あなたの名前は?」
「レイン・ルーファン」
「ルーファン……あぁ、ベルンの女侯爵の関係者ね。で? そんな貴族さまが私を殺せる理由は?」
「ボクが元勇者だから──って、言っちゃったぁぁあああああああああああ?!」
ヨウカは自身の魔眼が破れたことに一瞬、気づかなかった。
しかし眼前の少女の懊悩とした表情、そして瞳には光が戻っている。
「元、勇者……?」
「あ、あぁ……ち、違います。ただの農民です。迷子になっただけです」
「私は不確定な要素が嫌い。だからどんな戦闘も、綿密な計画を練ってから戦う。それでも勇者レステンシアは、私の策を何度も何度も……破った」
美しい魔物は悲しげな表情を顔に貼り付けた。次第に涙すら流して少女を抱き締める。
「……あんなことを言いましたが、それは騎士としての言葉。よからぬこととはわかっていても、個人的にはお慕い申し上げておりました。ミカゲ亡き今、私は寄辺のない身。お助けくださいませんか、勇者さまなのでしょう?」
「その、えと……ボクは──」
美しい女は抱き締めた少女の向こう、そこで口を開けていた。
おおよそ人ではあり得ない鋭い牙が『その言葉』を待つ。
「ボクは……勇」
『──ピィ!』
言葉が遮られた瞬間、牙は首筋に当てられていた。
一筋の赤が流れる。
「スライム。お前は、なにを言っている。そんなことがあるわけないだろう」
『ピィピィ! ピッ? ピィピィピィッポ!!』
ボクはいつの間にか手を離されていた。お尻から地面に落ちると、そのままの体勢で後方に下がっていく。
ソラとストリゴイは一通り口論すると一切喋らなくなった。
まるで時間が止まっているかのように動かない。
それでも停止されたわけではないのだろう、時おりストリゴイの黒いドレスが揺れている。
「……わかりました。そうですか、へぇ奇跡的ですね! とでも言っておきますか。それにしても」
ヨウカはレインを見た。
「あの勇者が、こんなパッパラパーになるなんて。これほど愉快なことは生まれてはじめてかも知れない。あはははははっ」
美しい魔物は笑い声を響かせる。
見た目と同じく美しい声は、ほんとうにほんとうにほんとーーーうに、嬉しそうな声だった。




