第77話 元勇者、圧倒的
魂縛を完了した際に聞こえるテッテーンという音が、いまだに頭のなかで鳴り響いている。
体力も限界に近い。
後方にはボク同様に疲れはてているコボルトたちが見えた。
「──コボルト、全召喚!!」
追いかけるコボルトたちの目の前に現れたのは、死んだはずの仲間たちだった。
死した者がよみがえる。それも自分たちに武器を向けて。
異様な事態を目の当たりにしたコボルトたちの目には戸惑いと動揺、そして恐怖が浮かんでいる。
鋼色の鎧をまとった数十のコボルトが少女を護衛するべく動いた。
「はぁはぁ……はぁ、ボクかソラがトドメをささないと、魂縛出来ないと思うから相手は殺さないでね。ソラ、まだやれる?」
『ゲルァ!』
「んじゃ、みんな──任せた!」
疲労困憊のコボルト対、致命傷の与えられないソチラスと真新しい武具を身にまとったコボルト軍団。
その戦いは一方的で戦闘、などではなかった。
しかしそれでも勝負は勝負であり、真剣である。命のやり取りをおこなっているのだ。
戦いは一瞬にも思えるたったの十数秒で決着がつき、倒れた彼らにトドメをさし終えると九十体ものコボルトが魂縛されていた。
そのあとは疲れを癒すために休憩しようと思ったのだが、流石に約九十体のコボルトが無惨にも亡くなっている場所で休憩出来るような肝は座っていない。
洞窟を少し奥に進んで、腰をかけられそうな岩を見つけた。
「コボルトたち、悪いけど通路の前後に立って誰も通さないで」
『『『ガルッ』』』
コボルトたちは一直線な通路の前後に立って封鎖を開始する。
ボクはようやく安心して腰をおろした。
「ソチラス撤退。ソラ、召喚」
ソチラスはドラゴンほどではないが、それでも魔力を消費するし消耗もする。
この先にいるであろうストリゴイ戦までは出来るだけ、消耗は避けたかった。
リュックから食料を取り出すと、今作ったばかりのような温かさと焼きたての匂いがする。
その非常識なまでの日常さに戦闘が終わったのだとあらためて実感し、肩の力を抜いて──かじりつく。
「つっかれた~」
『ピィピィ!』
「ソラは元気だねぇ~」
ボクとソラが食事をしていると、洞窟内に声が響いた。
それは昨日、警告してきた強大な力の持ち主であり、この洞窟の主であろうストリゴイの声である。
「我が配下に、なにをした? 貴様は死霊術師か? いや……死体があるのに同一の個体が存在するだと? わからん。それにその妙な気配はまさか───」
「んーもぅ! 食事中だから黙って!!」
矢継ぎ早に質問されたが、正直迷惑だ。
食事は大切にしたい。大戦中の食事を思い出せば思い出すほどに……。
『ピッピッピッ』
そんな聞こえていたのかすらわからない抗議は、聞き入れて貰えたらしい。
洞窟内には静寂と小鳥のようなさえずりだけがある。
ボクは食事を再開した。
蜂蜜酒を飲み、肉を喰らい、果物も食べた。
まるで洞窟内ではないかのような贅沢に満足すると「んー」と背伸びをする。
「戦力としては、コボルト軍団だけでもいいと思う。どうする、帰る?」
『ピィピィ!』
「ストリゴイと戦う?」
『ピィ~!』
「……よし。ま、当初の目的だもんね。行こっか」
コボルト軍団は狭い洞窟の通路では、せっかくの数が意味をなさない。
彼らを撤退させると、ボクはどんどん先へと進んで行った。
ライラさんが行くなと言っていた通路に入り、下っている坂を二分ほど進むと、行き止まりにたどり着く。
「うーん、なんというか」
洞窟の果てには金属製の二枚扉があった。
頑強そうな門扉には精緻な細工も施されていて、見ているだけでも優雅さを感じさせる。
明らかに洞窟内には場違いだ。
「……魔王城に行ったときを思い出す。玉座の間の扉も、こんなだったよね」
『ピィ』
「──!?」
『ピ、ピィ? ピッピピ……ピィ?』
動揺しているソラを頭の上に乗せると、深呼吸した。
こんなアクシデントで心を乱されていては戦えない。
「よし、気を取り直して──行くよ!」
『ピィ!』
ボクは扉を押し開けて中に入る。
そこには乳白色の鍾乳石をくりぬいたかのような空間があった。
最奥に湖を有する広大な空間の中央には──玉座。
そしてそこに慇懃な態度で座るのは、炎のような赤髪の女性。
大胆な黒いドレスをまとった女性は足を組んで、まるで見下ろすかのような視線を侵入者に向けた。
門扉を開けて入ってきたのは死霊術師──と思われる少女だった。
はっと驚くような銀髪の上には、王冠を載せたスライムのようなものが乗っている。
笑えない。
「よく来たな、小娘よ。そのような矮小さでよくも我が配下を殺したものだ。だがしかし、扉を開けた時点でお前の命運は尽きた。もはや逃しはせぬ。──これより、我が精鋭と戦って貰う。その者らに勝って力を示せ! さすれば、私……自らが……ん?」
銀髪の少女はまるでスライムと話しているようなそぶりを見せた。
慌てているのは、実力の差を知ったからだろう。
でも、
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
『ピィーーーーーーーーーーーーーーーーー!?』
まるで雑踏の中で古くからの知己を見つけたような、そんな驚いた声を──二人はあげたのだった。




