第71話 元勇者、ピクニック
ボクとソラ、そしてカティたちの三人は山を登っていた。
昨日のパーティーが終わったあとで、ボクは彼女ら三人にある者の殺害を依頼したのだ。
ある者とは──西の山に住まうという魔物ストリゴイ、である。
今日は早朝から山を登っている。
まさか西の山がこれほどまでに険しいとは思わなかった。
「あー、しんどっ。まだ半分も来てねぇじゃん」
「そもそも魔物の討伐なんて、俺らの専門じゃねぇってのに」
「ウェンズデ……レインの頼みじゃなかったら帰ってるわ」
数分おきに愚痴が出ている彼らを先頭に、ボクは山を登る。
(疲れた……。来なきゃよかった……)
思い出したのは昨日の光景だ。
三人に同行を頼むと、「暗殺ならともかく、魔物退治とか、そもそもやる気が出ないんだけど」なんて彼女らは言っていた。
「パーティーのあいだ、いっぱい食べたんでしょ?」
最強の殺し文句を受けて、観念したように了承したカティたちは、今では玉の汗を流しながら懸命に山を登っている。
交易都市ベルンは海に面している大都市だ。
北と東には森と平原があり、南側には海が、西側には反り立つ刀身のような山岳地帯があった。
たった今、レインたちが登っているのは西の山々の中でも最も高い山である。
樹木がほとんど生えていない山肌には人間よりも大きな岩が無数に散らばっている。
そもそも、この山肌を登るものは誰もいなかった。
なにしろ登山道は別にあるのだ。
では、なぜボクたちがこんなルートを通っているか? それは今から半時ほど前にさかのぼる。
◆
「すいません。この道を通りたいんですが」
早朝。
正規のルートを進んで山の麓にたどり着いたボクたちは、関所のような場所で止められた。
突如として山中に砦が出てきたようではあったが、その実、そこには門しかない。
封鎖している門の櫓の上から「誰か来たぞー」の声。
しばらくすると門の脇の小さな出入口から数名の兵士が出てきた。
「なんだ冒険者か。等級は……はぁ? 銀等級ごときが、なに用だ?」
兵士たちは忘れてきたのか腰に剣を帯びていない。
一方、
「おいコラおっさん。この娘はルーファン侯爵の妹だ。なんだその口の聞き方は?」
「テメーら兵士ごときが、なんて態度だ。あぁ?」
「ちょっと、勝手に名前使わない方が良いんじゃないかしら」
三人の暗殺者は言っている言葉は違えども武器に手をかけている。
ボクはうなだれるようにして三人を制止すると、彼から説明を受けた。
「この先は危険なんだ。もしも、まぁルーファン侯に妹君がいるなど聞いたことがないが、それでももしも君が妹だとして。……そうだな、それでも通せない」
「この先になにがあるんですか?」
「山にはコボルトの巣穴があるんだ。それが少し変わったコボルトたちでな? むやみやたらと近づいて、争うわけにもいかんだろう?」
ということで、至極まっとうな意見と忠告を受けてボクたちは道を引き返した。
そんなときに、
「山なんだから登れば良いじゃん」
なんてことをカティが言ったのだ。
それが、今思えば辞めとけば良かったと思う、登山の始まりとなった。
三人組の中でもカーチャは険しい岩や段差も軽業師のように登っていく。
ボクの身長よりも、はるかに大きな岩などを越えるときは上から引っ張りあげてくれた。
そうしてもはや朝のものではない青々とした空の下で、ボクとソラ、それから三人の暗殺者たちは山を登り続けたのだった。
「はぁ……もう帰らないか?」
「だな、あたしも疲れたわ」
「ちょっとあんたら」
「カティがこっちから行こうって言ったんじゃん!」
『ピィ!』
「こんなだと思わないって普通」
「クソみたいな道だわな。道すらねーんだが」
「ここで帰っても意味がないでしょ? もうすぐ目的地かも知れないのに」
「帰るんなら、カティがボクをおんぶしてよね?」
「えー、やだよ」
「俺がおんぶしてやろうか?」
「どうせされるなら女の子が良い」
「……」
しかしこんな山に、ストリゴイが住まうという洞窟が本当にあるのだろうか?
これでいなかったらと考えると……凄く恐ろしい。戦うのも、恐ろしい。
ため息をひとつはいて振り向くと、ベルンが一望出来た。
美しい街の中心には城がある。放射状に広がる通りには馬車が動いているのがわずかに見えて、港には他国から来た商船が無数に見える。
「もう少しだといいなぁ。がんばろ」
『ピィ!』
大きな岩が多かった中腹の難所を越えると、それから先は比較的に登りやすい。
「ねー、あったわよー」
どうやら先行していたカーチャがコボルトの巣穴を見つけたようだ。
ボクたちも向かうと洞窟のような、先の見えない横向きの穴が見える。
入り口には一本の木の杭が刺さってあり、その先端には明らかに人間のものであろう頭蓋骨が刺さっていた。
(なにこれ……)
入れば殺す、という意味だとはわかるわけだが、だからといって今さら帰れない。
それに三人の強さは身をもって知っている。
ボクはソラを頭の上に置いた。
「三人とも、先導お願いね」
「んー」
先導してくれている彼らの背中を見ながら進む、ボク。
これこそ後衛って感じの本来の魔法使いだろう。
ただ、ボクがたいまつを持たせれているのはどういうことなんだろうか。煌々と光る炎に照らされている後衛とは、一体。
「ねぇソラ」
『ピィ?』
「これ常識的に考えて、最初に狙われるのってボクだよね」
『ピッピッピッ』
「笑ってる場合じゃないって」
洞窟内部は枝分かれしていた。かなり複雑ではあるが、狭くて通れないってほどの通路はない。
洞窟内は清潔であり、時おり落書きなどもある。
砕いた鉱石を指につけて描いたであろう下手ではあるが頑張っているような絵で、耳の生えた人型が書かれていた。
(ミッカはコボルトが可愛いって言ってたけど、こういう意味か。確かにケモ耳の魔物なら可愛いよね)
洞窟は奥に進むにつれて逆に明るくなっていく。
ストリゴイやコボルトが生活しているのだから当然といえば当然だったが、光るキノコなどが植えられている。
たいまつがなくても大丈夫な、暗さ。
だがそれは敵も同じ、侵入して数分すると侵入に気づいた彼らの怒りの声が聞こえた。