第70話 元勇者、脅される
ボクはパーティーから逃走した。
理由は先ほど述べた通り。求婚されるから、だ。
それも黒髪の少女に求婚して断られたあとでボクに戻ってきたりするから、たちが悪い。
逃げたくもなる。
「貴族ってめんどくさいよね。名前や家柄、家の格なんて……ボクは覚えられないよ」
『ピィ、ピッピェピェッ!』
「……あ、あぁ~、ソーセージがほしいの?」
『ピェッ』
逃走先、誰もいないと思っていた裏庭には先客の姿があった。
花を見ている黒髪の少女とお墓の前で祈っている男性だ。
その光景はまるで絵画の一部であるかのように美しく、足を踏み入れてはいけないような雰囲気がある。
ボクはテーブルにたくさん持ってきたソーセージやパン、果物などを置いた。
(あの娘もこっちに来てたのか)
ボクと共に求婚されていた黒髪の少女もこちらに気づいたのだろう、やって来ると、さも当然のように隣の席に座る。
黒髪碧眼の美女は整った顔立ちだった。年の頃は十六、七歳。
ボクよりも頭ひとつ身長が高く、スタイルがいい。
そんな彼女はボクの方をジーと見ていた。
「あなた、ルーファン侯の妹ね? 私はアールネ・イデスタム子爵よ。アールネさんと呼びなさい」
「あ、はい。こんにちは、アールネさん。ボクはレインです」
「さっき言ってたけど、私のことが好きなの?」
「まぁ美人だし、どちらかというと」
「そう、私は性別なんて気にしないわ。だから」
「!?」
少女は皿の上のソーセージをひとつ取ると口に運ぶ。
パリッという音が聞こえた。
「──いえ、ここでするべき話ではないわね」
「えっと、イデスタム家って有名なんですか?」
「……北部人じゃ知らないのも仕方ないか。イデスタム家はオルベリア王国南部でもっとも高名な名家であり、強大な騎士団、金蛇騎士団を保有しているの。赤狼騎士団と並び立つと称される実力なのよ? あとは商会にも力を入れていて、ルカ商会よりも格上。だから私を怒らせないことね」
自慢しているというわけではなく、ただ事実をありのまま言っているのがわかった。
本当に、凄い名家のご令嬢なのだろう。
「こらこらアールネ。脅すのは駄目だよ?」
アールネの言葉に割って入ったのは、もう一人の人物だった。
おじさんはここに座っていいかい? と、聞いたのでボクは頷く。
「君がレインだね?」
「そうです。こんにちは」
「あぁ、こんにちは。君は美味しそうなものをたくさん持っているね。一緒に食べてもいいかい?」
「沢山あるのでどうぞ! えっと、あなたは誰ですか?」
「僕はイーヴァルという」
「イーヴァル? なんか戦場で聞いたことがあるような……」
『ピィ~』
自らの名前をイーヴァルと名乗った優しそうなおじさんはソーセージをかじると感慨深そうに頬張っている。
ソーセージが好きな人に悪人はいない。どうやらこの人は善人らしい。
おじさんはソラのことを知っているのか、鳴いても驚かなかった。
「聞いていた通りだ。それで、君は……ルカ・ルーファンが転生した人物、ということで間違いないのかい?」
「はい。まぁ証明は難しいんですが」
イーヴァルは一度、目を伏せた。そして正面を見る。
少女の紫色の瞳には、嘘は見えない。
と、
「ねぇイーヴァルさま。私、このスライムが欲しいです」
少女の声が聞こえる。
イーヴァルは渋面を刻んだ。
「アールネ、君は少しわがままが過ぎるよ? ……レイン。ティエラが君を信じているということは転生も真実なのだろう。君のおかげでご両親の遺品も見つかったと聞いている。君も詐欺師には見えないし、きっとすべてが神のご意志、なんだろうね」
おじさんの顔はなぜか申しわけなさそうで、少し悲しそうに見えた。
アールネはソラをツンツンとつついている。
三人と一匹でしばらく雑談をしていると、慌てたようにティエラが駆け寄ってきた。
「兄さん! こんな所にいたんですね。拐われたのかと思いましたよ……!」
「ボクを拐う人なんていないよ」
「いえいえ、兄さんの美貌を見た貴族がこぞって……あれ? えっ? イーヴァルさま!?」
驚いたような声をあげるティエラを見て、イーヴァルは軽く手をあげて謝った。
「すまないね、レイン。ちゃんと名乗ってなかったのを謝罪しよう。私はイーヴァル・オルベリアという。あそこの城に住んでいる者だよ」
彼が指差したのは街の中心にある城だ。
「はぁ、そうですか」
「ふふっ、本当に面白い娘だ。お墓にも手を合わせられたし、レインにも会えた。では私はそろそろ失礼するとしよう」
「イーヴァルさま。よろしいですか?」
彼の後ろには、いつの間にか魔法使いが立っていた。
現れた彼は、会釈するとイーヴァルの言葉を待つ。
「うむ。聡明で才能豊かな娘たちに会えたのだ。満足したぞ。ルーファン侯、よきパーティーであった。さらばだ」
その言葉を最後に、彼らは一瞬で消えた。まるで蝋燭の火を消したように。
残されたのは三人の少女と一匹のスライム。……いや二人の少女と一人の少年と一匹のスライムだけである。
と、
「レイン。ソラを譲って欲しい」
アールネがまっすぐにこちらを見た。
「ソラはボクの相棒だから、ダメだよ」
「……戦争したいのか?」
「せん、そう?」
『ピィ!?』
「譲ってくれないなら、軍団と商会を使って圧力をかける」
「えぇ……」
『ピェェ……』
「イデスタム子爵。お父上に言いつけますよ?」
「ッ……わかった。では金貨百枚で買い取──」
「お嬢さま、駄々をこねないで下さい」
声の方向に振り向くと老騎士が立っていた。その騎士によってアールネさんは連れていかれる。
聡明だし才能もあるのだろうが、少しわがままなようだ。
箱入り娘であろう彼女は、涙目で「ごきげんよう!」と去り際に貴族の誇りを魅せている。
(侮れないなぁ)
「イデスタムのじゃじゃ馬娘。……侮れませんね」
「だね。名家って感じの綺麗な娘だった」
「……兄さん。あ、イーヴァルさまと、なにを話していたんです?」
「世間話とか?」
「流石は兄さん。恐れ知らずですね」
ティエラは肩を落とした。
イーヴァル・オルベリア公爵は現国王の弟らしく、若いときは戦場で一番槍をおこなうなどの武勇と勇気の持ち主であったのだとか。
そんな勇ましい彼も大戦後から急に大人しくなり、今はベルンの発展のために尽力している。
ティエラにも優しくしてくれていて、侯爵となったときにベルンに屋敷を用意したのも彼らしい。
(あー! そういえば戦場で会ったことがあるなぁ。雰囲気が全然違うから、気づかなかった)
過去を思い出していると、ティエラはボクの手を引っ張った。
「主役が不在ではパーティーになりませんし、行きましょう。兄さん」
「ボク、政略結婚なんて嫌だから、求婚されても断るよ?」
「それで構いません。むしろ兄さんに求婚などすれば……その家を全力で潰します。私と兄さんを分断させてこんな策略を使うとは、ベルンの貴族もなかなか策略家揃いですね」
優しい微笑みに怒気の込められた目のティエラは、ボクと腕を組むと嬉しそうに笑う。
それから婚約希望者たちはティエラの笑みに恐怖を覚えて近寄って来なかった。
ボクも愛想笑いを振り撒きながらなんとかやり過ごし、とうとうパーティーも終わりを迎える。
「ティエラさま、レインさん。また会いましょう」
「うん。またね、オリガ!」
「いつでも、いらしてくださいね」
客がすべて帰ったあとは片付けが始まる。
メイドさんたちは始まりと同じで大忙しだ。
パーティーというのは貴族の力を誇示する場らしい。
ルーファン家は兵力を持たないので、だからこそ財を見せつけるために豪華絢爛な食事と一流の音楽隊を呼んだ。
ナメられたらおしまいなのが、貴族という階級なのだろう。
二人で話しているとカティたちがやってくる。
「ごちそーさま! 感謝するよ」
「旨かったぜ! ここの料理メチャクチャうめーのな」
「こんなに美味しいの、初めて食べました。感謝します。レイン、ルーファン侯」
山ほど平らげた彼女らは満足げだった。
「そーだ。なんか頼み、あ! 殺して欲しいやつがいたら言ってくれ。今ならひとりだけ、無料で殺ってやるよ」
「私は今後一切、あなたたちを雇うことなどありません」
「そうかよ。まーいいけどさぁ」
「──ボクは三人に頼みたいことがあるんだけど」
三人組とティエラは驚いた顔でこちらを見ている。
カティも冗談で言っていたのだろう。その、思いもしない返答を受けてあんぐりと口を開けた。
そんな彼らもハッと我にかえると再び言葉を紡ぐ。
「いいぜ! レイン、誰を殺して欲しいんだ?」




