第69話 元勇者、求婚される
オリガとの会話を終えて席を立つと、ボクは一瞬で囲まれた。
「レインさま。こちらをどうですか?」
「肉などという野蛮な物より、果物をどうぞ」
「いえ、お魚はいかがですか?」
若い貴族たちが手に持つ皿を差し出してくる。
これ、うちの料理だよね、などと思いながら差し出されてくる料理を断ると、
「それでは我々の面目がたちません!」
「母も見ているのです。頼みます、私の皿を!」
「いえ! 私の皿をお受け取りください!」
なんて言ってくる。
貴族が面目が出してくると断りにくい。
厄介な話だが、名誉というものは貴族にとっては最も、と言っていいほど大事な要素であるからだ。
彼らは身につけた装飾品で財力を、従者の屈強さで武力を。
世間話の中にも混ざっている自分が相手よりも勝っているという権力を──彼らは着飾っている。
つまり主催者の妹──本当は男の娘──であり本日の主役、ボクが断ってしまうと、相手は真っ裸にさせられたようなもの、なのだろう。
だが、ボクは相手が誰だかわからない。
力関係も上下関係もわからない。
ここで誰かの皿を受け取ると、取り返しがつかない。
ボクが固まって動きを止めていると、なにも出来ない息子たちを見かねたのか、ご婦人方がやって来た。
「レインさん。食事より先にお話しませんこと?」
「あ、はい。そうですね」
「うふふ、その青いのはなんですか?」
「スライムのソラって言います」
『ピィ!』
「あら、スライム……」
「鳴くスライムなど初めて見ましたわ。さすがはルーファン家ですのねぇ」
「それに青いドレスに似合って美しいですわ」
「えぇ。ペットでさえ珍しい珍品ですのね」
『………』
「あ、あははー」
「それよりも、レインさんはどなたがお好みですか?」
「え?」
「ここには多くのご子息が集まっておりますが、どなたがお好みなのです?」
「あの子などいかがですか? 実は私の息子なのですよ?」
気がついたときには遅かった。これは戦争なのだ。
誰も彼もがボクと自身の子供を婚姻させようとしている。
(うわ、これ求婚なのか……)
と気づいたときには本当に、本当に、遅かった。
あの子が当家の子息です。私の息子はあの子です。
優しい子です。強い子です。聡明な子です。剣術ガー魔法ガー弓術ガー。
音楽の才能ガー。絵画ガー。彫刻ガーと、いろいろ特技を言ってこられても困る。
最初は遠巻きに見ていた彼ら彼女らまでが参戦し、ボクは混乱に飲み込まれた。
「あのー……困ります。ボク、今は結婚を考えていません。それでもタイプだけでしたら……えっとそこの女の子が可愛いと思います」
騒がしい声は静まり、文字通り言葉が消えた。
離れた場所でおこなっているティエラたちの商談の声が聞こえるほどの静寂であったが、そんな中で彼らはボクが指差した方向を見ている。
その先には──いたはずのオリガがいない──艶のある長い黒髪をした同い年くらいの少女がいたのだった。
「誰だ……?」
「どこの令嬢かしら?」
「なんで女を選んだんだ?」
と、辺りがざわついた。
誰もあの女の子のことは知らないらしく、どこの家の者かもわからない様子。
それでも女だと思われているボクが女の子を選んだことで、冗談だと思ったらしい。
また何度目かのご子息の紹介へと戻ってしまった。
「レインさま! 当家の次男は八才です!」
「まぁ無礼な。嫡男ではなく次男とは」
「騒がしい方々ですわねぇ、私の息子は良い子なのですよ? とても優しく聡明で──」
終わりなく永遠に続くかと思われた言葉の戦争は、突如として笑い声で終戦を迎える。
皆が声の方向を見た。
「馬鹿者どもが! 小娘が一番、物事をわかっておるわ!」
周りの貴族たちは狼狽えている。
人々をかき分けて出てくる者たちは二人。
一人はティエラ。もう一人は高笑いをあげた男である。
(なんか見たことあるおっさんだなぁ)
思い返せば、〈六侯〉が集まっていたときに見た男だ。名前は確かボクと似た名前の……。
「お前たちより農民出の小娘の方が、見る目はあるようだぞ? あの娘はオルベリア南部を統べるイデスタム家の令嬢だ」
おっさんの名前は忘れたが、今日一番のざわつきが起こった。
黒髪の彼女はこちらの騒ぎをチラリと見ると、食事を再開している。
それはまるでこちらに一切の興味がないと言わんばかりの目であったが、周りの貴族たちは節操もなく、あちらに向かって行く。
(ボクに求婚してたの、忘れたのかな……)
失笑気味に息をはいていると案の定、突撃していった者たちは全員玉砕していた。
「兄、我が妹はとても美しい。私は商人なので対等な取引が好きです。みなさま程度ののご子息で釣り合うとでも?」
「ふっ……ルーファン侯は農民出の妹に、いたくご執心のようだな」
周りを威圧しているティエラに向かって、おっさんが嫌みったらしく言った。
ティエラはぎろりと睨んでいる。
「あら? 過去より現在が大事なのでは? レイン子爵は、今は貴族ですよ? それ以外、関係ないと思いますけど?」
ゴゴゴゴッ! と音が聞こえそうなほどに怒っているティエラを見て、おっさんが楽しそうに笑う。
「見てくれが良くても所詮は農民出であろう? それともルカ商会では、見てくれだけの商品を取り扱っているのかな?」
農民、と強調している言葉。
そもそもボクは覚えている限りでは、農民になったことなど無いのだが。
どうやら書面の上ではボクは農民だったらしい。
「……兄さんの名前を冠するルカ商会を、侮辱するのか?」
ティエラはそれを強調して馬鹿にしている男に対して、低い声で応じた。
声はともかく笑顔は明らかに作り笑いで、口角がピクピクと動いていて殺気も出ている。
「あら、レインハルト侯とルーファン侯が話しておられるわ」
「仲がよろしいのねぇ」
どうやら周囲の人々には、これが仲が良いように見えるらしい。
ご婦人方にはきっとボクとは違う世界が見えている。
だが、おっさんの名前を思い出せた。レインハルト侯爵。ボクはレイン。
しかしそんなことはどうでも良いことであった。
ティエラもレインハルトも、いささか頭に血が登りすぎている。
「昔のことばかりを気にするのは老人くらいでしょう。ご隠居なされたのですか? レインハルト老侯」
「な、なにを! 小娘とはいえ今の発言は捨て置けん!」
「私も兄と妹を侮辱されて許せるほどには、善人ではない!」
一触即発の事態を、他の貴族たちは微笑ましく眺めた。
「──ティエラもレインハルトも、老人の話をしているようじゃが、呼んだかの?」
ホッホッホッ、とわざとらしく笑いながらじいさんがやって来た。
一触即発だった二人も、周りの貴族たちも、老人に対して頭を下げている。
その光景を見て、皆から一目おかれているのがわかった。
「ウンゲルン侯、あの……」
「まったく、ウンゲルンどの。お人が悪いですぞ」
「いやはや二人が怒っている風に見えたのでな。君はレインだね? わしはウンゲルン侯爵だ。以前にも会議で会ったであろう? よろしくのぅ」
「よろしくお願いします」
ボクが挨拶するのを確認したあと、レインハルトが「ではあちらで話しましょう」とウンゲルンを連れていった。
ティエラは追いかけるように二人についていく。
ボクもついていこうと一歩踏み出したとき、声をかけられた。
「君は、あの戦いを見て来たのだろう? 勇気は認めるが、これからは姉君に迷惑をかけないようにしたまえよ」
武人風の貴族が冷めた目でこちらを一瞥すると、去っていく。
「ゲープハルト侯に気に入られたね。あの人、嫌いな人には話しかけないから。あっ、僕も侯爵なんだよ」
なぜか次々と侯爵がやってくる。
そんな二人を見送ると、最後の一人がやって来た。
「みな、風のようですな。レインどの、私はウルマス侯爵です。先ほどの優男、もとい彼は〈六侯〉の一人でオットー侯爵と言います。これでベルンの侯爵全員と挨拶をなされましたね」
貴金属をキラキラと輝かせるスキンヘッドの男がニヤニヤと笑いかけてくる。
見た目は成金だというのに言葉は親切そうであった。
「あ、よろしくお願いします」
「えぇよろしく。それにしてもあなたたち姉妹を見てわかりました。うわさは所詮、うわさなんですね。ティエラどのは本当にあなたを好いているようだし、国王陛下はきっとその愛を信じたのでしょう」
スキンヘッドのおっさんはそれだけを言うと去っていった。
嵐のようにやって来た〈六侯〉が去ると、ボクの周りには静けさが戻っている。




