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【非公開】元勇者、異世界をゆく  作者: 千夜みぞれ
第一章 元勇者、異世界をゆく!
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第6話 元勇者、スライムと戦う

 ミッケ村は、ヴィオレッティ共和国の首都レティアの玄関口とも言える村である。

 旅人や冒険者、商人などが通常の村に比べれば多すぎるほどに出入りし、ゆえに年中、宿屋は繁盛(はんじょう)している。

 そんな常時書き入れ時であるはずなのに、一部屋を半月以上も貸してくれている。それに食事や治療費まで。

 代金も持っていない、ボクに。


「みんな──優しい。そんな彼らが困ってるのに、元勇者が見てみぬふりなんて……出来るわけないよね」


 独りごちながら村を出ると、すぐ側に森があった。

 ミッラが見つけてくれた時もボクは迷子になっていたんだし、当然と言えば当然だけど深い森だ。

 中に入ると、同じような風景が延々と続いている。

 

「それにしてもまいったなぁ。森の中での捜索、経験ないや……。フローレアがいればなぁ」


 今日、何度目かの独り言。

 勇者だった頃は、旅の初日にオーリンとユーアの二人と出会っていた。

 相手がスライムとはいえ、一人での戦闘は恐怖──では無いけれど、なんだかもやもやする。

 で、村の外に出てから十分ほどが経過した。


(しっかし見つからない。スライムってこんなにいないもの、なのかな……?)


 緑の森の中に青色があれば目立つはず。でも、どこにも見えない。

 しばらく進み「一度村に帰って場所を聞こうかな」、そんなことを言い始めた時だった。

 地面が盛り上がっている場所の頂上に、()()が見えたのは。


(──いた! スライムだ!)


 丸くてぷよぷよとした生き物が見える。

 しかし勇者だった頃に聞いたような青色ではなく、空色だ。

 そんな半透明の物体はこちらを見ているのか見ていないのか、頂上に(たたず)んでいる。


(……あれの、どこに苦戦するんだろう?)


 翼も鱗も、無い。魔法だって使えないだろう。

 鋼鉄を引き裂く爪も、素早く移動する屈強な手脚も無い。

 それでも、見た目に騙されてはいけないのは知っている。

 過去、勇者だった時に、痩せ細って幸の薄そうな魔族の美女に出会ったことがある。彼女は殺さないでくれと懇願し、ボクらは同意した。

 そんな彼女を残して去っていくとき、背中を見せたボクたちは襲われたのだ。

 あれは──大きくて醜悪な怪物だった。


(ま、流石にスライムは変身なんてしないだろうけど)


 だが、油断する気もない。

 ボクは一気に距離を詰めると、短剣を振り下ろ──


 スライムはバックステップで攻撃をかわした。

 そしてカウンター攻撃。スライムは飛び跳ねる!


 勢いよく跳ねたそれ(・・)はボクの腹に直撃した。

 まるで突然殴られたかのような、衝撃的な一撃。

 ボクの体は宙に浮き、


「ぐえー」


 そんな叫び声を出しつつ吹っ飛ぶ。

 ドサッと地面に落ちると、青く美しい空が見えた。


(痛い……。ちょっと待て、しばし待て。考えろボク。いや、スライムって弱いって話じゃなかったか……?)


 全身に鈍い痛みを感じながら起きあがると、スライムを確認する。

 いる。それもまったく同じ場所に。


「うわ……剣、無くなっちゃった」


 唯一の武器は衝撃的な空中浮遊の際にどこかに落としたようで、辺りを見たが見当たらない。

 仕方がないので別の武器はと周囲を確認すると、良い感じの木の棒が横に落ちていた。

 ボクは右手で棒をぎゅっと握りしめる。


「スライムめ……!」


 ムッとしつつ起きあがって足を進める。

 すると、何かの鳴き声が聞こえた。


『ピッピッ……ピィーーーイ!』


 それはまるで笑っているかのような。


「えっ?」


 合図を待っていたかのように、がさごそと辺りの茂みから音が聞こえた。

 次の瞬間には茂みや切り株の陰から無数の青いモノが出てくる。

 ──それらは、スライムだった。


「ま、待って! 卑怯者ッ!!」


 数十匹のスライムたちがボクを取り囲んでいる。

 そして先程の笛のような、あるいは小鳥のような鳴き声が、最初に見つけたスライムのモノなのだと気づいた時には──すべてが遅かった。

 

『ピィ!』

「や、やめ……ぎゃーーーーーーーーーーー!?」


 無数の青が前から後ろから、右から左から、上や下からも跳んで──避けられる筈がない──次第に体が宙に浮き、やがて弾き出された。

 無重力空間のようにゆっくりと、しかし確実に飛んでいく。


 ──ぼふん


 と、落ち葉の山へと尻から落下した。

 落ちる場所が悪ければ結構な重症だったろう。

 前を見る。あのスライムは最初の場所から動いてすら、いない。


「ツラい……でも──」


 最弱の魔物(スライム)が追撃もせず、こちらが立つのを見ている。


(逃げる? あり得ない。あり得るはずがない……!)


 ボクは立ち上がった。(まなじり)には涙をためて。


「あいにくだったな、スライム。ボクはお前なんかより、もっともーっと強い人と戦ったことがある。……いや、引き分けだったんだけど。……とにかく!!」


 〈武具を司る魔王〉ミカゲ。彼女に勝ったボクが!

 スライムごときに負けてしまうなんて、彼女にも仲間たちにも申し訳がなさ過ぎる!!


「──元勇者の実力、見せてやんよ」


 スライムがぽよんと震えた。

 先ほど持っていた木の棒は、スライム(ボス)の近くに落ちている。


「──ッ!」


 ボクはまっすぐに突っ込んだ。


『ピィ』


 子分であろうスライムたちが先程と同じく、前方後方左右上下から突っ込んで来る。

 ボクはただただ真っ直ぐに進んだ。


(──ッ! 負けるもんか!!)


 攻撃を受けて確信する。

 同じような見た目と数に惑わされたが、彼らの攻撃はボスのそれと比べると、あまり痛くないのだ。

 それに一度見ている。攻撃されるのがわかっていれば──ガード出来る。


「くらえッ!」


 ボススライムの間近に到着したと同時に、ブーツのつま先で地面を蹴りあげる。

 茶色の土はパラパラとパウダースノーのように舞い降り、スライムはきな粉のような土を被った。

 ボクはその隙に木の棒を拾う。


「ふはははっ! 勝てば良かろうなのだああああああああ!」


 振り上げた木の棒を降り下ろした。


 ──ばちゅっ


 見事な音と感触。


「──あれ?」


 そこにはスライムがいた。

 渾身の一撃を当てたというのに表面が少し飛び散っただけの、スライムが。


『ピィ!』


 スライムが鳴いた。

 すると、沢山いたスライムは一斉にどこかへと去っていく。

 優しい微風(そよかぜ)が吹いた時には、この場にいるのは尻餅をついているボクと、スライム一匹だけ、だった。

 ずきり、と手が痛む。

 どうやら木くずが手のひらに刺さっているようだ。


『ピピィ?』


 手を見ていると、スライムが跳ねた。

 ハッと気づいた時には右手が飲み込まれて、


「ギャー食べられるぅーー!!」


 スライムに飲み込まれた手を引き抜こうとするも、抜けない。振っても振っても離れない。

 しばらくすると、スライムが自ら離れた。

 おそるおそる右手を見る。

 そこには傷すら残っていなかった。


『ピィ?』

「あっ……あの、伝わってるかどうか分からないけど、ありがとう。助かったよ」

『ピィ!』


(こ、これは一体……。まさか、返事してるの?)


「はい、なら一回。いいえ、なら二回鳴いて欲しいんだけど、良い?」

『ピィ!』

「君はスライム」

『ピィ』

「ボクはスライム」

『ピィピィ』

「今は雨」

『ピィピィ』

「明日は雨」

『……』


(ワォ! スライムは知的生命体だった!!)


 それからボクとスライムは戦いをやめた。お礼を言って世間話なんかをしてみたり。

 勇者だった頃の話をすると、彼だか彼女だかわからないスライムは、とても喜んだ。

 そして更に色々話して──。


「あー、もう昼休みが終わっちゃうし帰るよ。悪さはやめた方が良いよ? 冒険者が村に来てるし」

『ピィ~ピィピィピィ』

「ごめん、なに言ってるのかわからない」

『……』


 静かになったスライムは落ちている木の枝を飲み込むようにして掴むと、まるで鉛筆のように地面に何かを書き始めた。


「うわっ……字まで書けるんだ……」

『ピィ!』

「なになに……ワタシヲタタケ……なんで?」

『ピィ』


 スライムはそれ以上、なにも答えなかった。

 元よりスライムを倒しに来たのだ。ボクは困惑しつつも棒を握る。


「えっと……叩けば良いん、だよね?」

『ピィ』

「強く?」

『ピィ!』


 スライムは出来るだけ薄くなろうと潰れるように広がる。それでも真ん中の核のような部分だけは盛り上がっていた。

 まるで目玉焼きである。

 ボクは木の棒を大きく振り上げて、一気に下ろす。


 ──バチュッ


 と言う音が辺りに響いた。

 スライムはゼリー状から液体になって地面のシミへと変わる。

 どうやら、死んでしまった様だ。 


(なんで、こんなこと……?)


 ──テッテーン


 突然、自然界には風変わりな音が脳内に響く。

 きょろきょろと辺りを見ていると、目の前に手紙がひらひらと落ちてきた。

 明らかに怪しい。ボクは木の枝でそれをつついて──安全を確認。


「神からの助言……? さぁ、そのスライムはお前の配下となった。魔法使いよ、その言葉を唱えるのだ」


 やたらと芝居がかった言葉が書かれている手紙を読み終えると、手紙は青い炎で燃え盛り、灰となってしまった。

 そして『その言葉』なんていうモノは書かれてもいない。

 だが、言葉(キーワード)は言われなくても理解(わか)っている。いや理解った。

 まず深呼吸して。


「──スライム、召喚!」


 言葉を発した瞬間、足下(あしもと)の地面が真っ黒になり円形に広がった。

 そして──その中から、空色の丸いぷよぷよが現れる。


「あっ!!」

『ピィ!!』


 スライムはボクの胸に飛び込んだ。

 ボクはそんなスライムを抱きしめると、村への帰路につく。

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