第61話 元勇者、目覚める
(レベルが4だというミッコ、そして3のユッカ。つまりレベルが正しければ、ボクはミッコには勝てない)
エイナルのレベルは不明だが、エイナルはミッコとユッカの二人を相手にしても傷すら負わなかった。
つまりエイナルのレベルは二人よりも高いということだ。
(でも待てよ、ボクはエイナルを倒したぞ?)
レベル、などというものは、もしかすると正しくないのかも知れない。
または強さはレベルでは測れない。──いや、それだと存在意義がないのだが。
「んーー」
たとえば、ボクがこのダイニングルームでエイナルと戦っていたらどうだろう。
豪邸であるからこそ広いが、それでも室内。テーブルや椅子は障害物になってしまう。
(出せるのはせいぜいケイハス、アーメイジャ、バジリスク、レンオアムくらいかな?)
きょろきょろと周囲を見てわかる。きっと狭くてまともに動けない。
そうなると戦闘において重要なのは、相性だということになる。
同じ剣で戦えば、ボクはミッコとユッカには勝てない。しかしミッコとユッカの二人はイナガミには勝てない。
話を最初に戻し、ここでエイナルと戦っていれば、どうなるだろうか?
イナガミ以外でエイナルを倒せる魔物は、ボクの使令の中にはいない。
つまり殺される。
(今後のためにも──人間くらいの大きさで、強い魔物を倒しておきたい)
腕を組んでうーんと悩むボクを二人は心配そうに見つめた。
「「大丈夫ですか? ベッドへお連れしましょうか?」」
「いやいや、ちょっと考えごとをしてただけ」
「「……守れない私たちが一緒の部屋にいては」」
二人のメイドは視線を落とす。スカートの裾を握っている姿は悲しげだった。
「「不快、でしょうか……?」」
別にそんなこと思ってないんですけど。
どうやら勘違いしているらしい。
「ボクは二人を……ま、家族みたいに思っているから安心して。それより二人にもんだーい!」
「「……は、はい! なんでしょう?」」
明るく顔を輝かせた二人は視線を上げた。
「大きさは人間くらいでとっても強い魔物。それも魔境とか伝説の谷みたいな行きにくい場所じゃなくて、この近辺にいる強いヤツ、な~んだ!」
二人は表情を一転させてなぞなぞに悩んだ。
腕を組んで瞳を閉じ、眉間には僅かにシワが寄っている。
そしてハッと気づいたように、
「コボルトですか?」
とミッコが言った。
「いえ、それでは弱すぎる」
ユッカが即座に否定する。
「ケイハス……は大きいし、弱いですね」
「バジリスクでしょうか?」
「あ! ケイハス、アーメイジャ、バジリスク、レンオアム以外でお願い!」
うーんと更に悩む二人のメイド。
そしてもう降参だと言わんばかりに「ヒントをお願いします」と言われたのだった。
ボク自身、答えなんて知らない。
「えっと、可愛いのもいる。かな?」
「……やはりコボルトでは?」
「ミッコ……正気ですか?」
『ピェッ……』
そんなとき、慌ただしい足音が聞こえた。
足音の主は扉を勢いよく開く。
見ると、美しい女の子が息を切らせて立っていた。目尻には涙を浮かべている。
「兄さん! 起きたんですね……良かったです。とっても、とっても心配したんですよ?」
妹の後ろにはカイネが立っていた。寡黙な彼の口元も優しげにゆるんでいる。
兄妹は次第に引き寄せられる磁石のように抱擁を──する直前、ティエラの胸に抱かれている剣の特徴的な柄頭が目に入った。
「それ百々切丸? あ、おはよう」
「もう、今はお昼ですよ。……兄さん」
ティエラの頬を涙が伝って流れる。でも、その顔は優しげに笑っていた。
それからは、ボクのためだけではない……はずの、豪華なごちそうがどんどんとテーブルに出てくる。
テーブルを埋め尽くさんばかりの料理の数々。
唖然としているボクに、ティエラは百々切丸を手渡した。
魔剣は黒くなめらかで美しい鞘に納められている。
「これ、兄さんが勝ち取った剣なのですよね? 鞘が壊れていたので鍛冶屋に鞘を作って貰ってて……兄さんが目覚めたのと同じ日に完成するなんて、運命的です」
「運命かぁ。ま、なんというか、くれたから貰ったんだけど」
『ピッピッピッ』
ボクの記憶にはないが、この世界──あるいはオルベリア王国──には勝った相手の武器を所有する、という文化があるらしい。
「レインどの」
笑みを全面に出しているティエラの横、静かに立っていたカイネが一歩前に出て頭を下げる。
「我が弟子を助けていただき、感謝しております。そしてその剣は魔剣ですね? あの男は一体、何者ですか?」
「あーっと、名前はエイナルだって言ってたよ。カティたちの仲間にエリクっていたでしょ? 彼の兄だったらしくてさ、それでボクに復讐に来たんだって言ってた。……だから……ミッコとユッカを巻き込んでごめんなさい」
ボクが頭を下げようとするのを、カイネは制止した。
「いえ、我々の不手際です。守るべき者を守れなかったのですから、敵が何者かは関係ありません」
カイネは実直だ。
それゆえに食事時にしてはいささか空気が悪い。そもそも死人の話をしつつご飯なんて、お通夜か。
ボクは横に立っているミッコとユッカをさりげなくつつく。
腰辺りを──つつく。若干のセクハラ。もはや普通にセクハラ。それでも意味はわかってくれたようで。
「「師匠! レインさまが私たちに問題を出して下さったのですが、私たちにはわかりません」」
どうかご教授をお願いします、と頼む二人。
カイネがこちらをチラリと見たので頷くと、彼は「言ってみなさい」と言った。
そして二人が説明を終えると、彼女らの師は目を瞑り、少し考えている。
「──ストリゴイ、ですか?」
カイネはそう言った。
しかし、
(なんだそれ、錦鯉の親戚か?)
きっと魚類系モンスターには違いないと思うけれど、ボクには思い出せない。
一方で「なるほど!」と、その手があったかと言わんばかりの二人。
ティエラも知っている様子だ。
『ピッピッ、ピーピピッ』
「……ボク、ストリゴイの記憶がないみたい」
『ピェ……!?』
「ではミッコ、ユッカ。説明してみなさい」
カイネの要請を受けて、二人はとても嬉しそうに頷いた。
「「ストリゴイとは───」」
ストリゴイ、つまりは吸血鬼。
洞窟や森の中の忘れ去られた小屋などに住まい、通りがかった人を襲って血を啜る人外。
炎のような赤い髪と深海のような青の瞳をしているが、見た目は人間と変わらないらしい。
だが、並外れて美しい女性の姿なのだという。
ほぼほぼ不死身に近く、完全に殺すには『首を切断する』か『心臓に杭を打って殺し続ける』しかない。
しかしその青い瞳は魔眼であり、人間であれば、一目で魅了されて操られてしまう。
非常に厄介な存在。
「「──で、あってますか?」」
ボクは優しげに頷く。
さも答えを知っていたかのように。
「正解だよ。ふっ、本当は二人を試していたんだ。カイネの弟子は優秀だね!」
「感謝します、レインどの」
「「流石ですー!!」」
ボク、全く知らなかった。
「それで、ストリゴイってこの辺りにいるの?」
「以前聞いた話では確か──コボルトを支配し、女王として君臨している個体が西の山にいる、と」
「なるほど」
お礼を言うと「滅相もございません」とカイネ。
そんなとき、ボクのお腹がきゅー、と悲鳴をあげた。
「兄さん、たくさん食べてください! 今の兄さんには栄養が必要ですから!」
ティエラはボクが眠っているあいだに魔力切れに関する書物を調べていたらしい。
曰く、魔力切れとは、精神の疲弊なのだという。
魂が、心が、精神が、動かなくなってしまった状態なのだとか。
そうなれば直接肉体には影響がないものの、昏睡してしまう。昏睡すれば食事が出来ないので、
「そのまま死んでしまう魔法使いも、いるそうです」
ボクはゾッとした。
「食べ物や飲み物にも魔力が含まれているそうです。だからこそ食べて飲んで、魔力を取り込めば回復する……のだとか。さぁ兄さん! 全部食べてください!!」
テーブルを埋め尽くす大量の料理は──どうやらすべて、ボクの物だったようだ。




