第58話 元勇者、今持てる全ての力で
暗殺者〈首切り〉ウェンズデイ──こと、エイナルは眼前の子どもに違和感を感じていた。
護衛のメイドが倒された時は絶望したような顔をしていたというのに、今はおかしなほどに平然としているのだ。
(……このような状況に慣れているのか? いや、気が狂ったか?)
可愛らしい笑みを見せる少女。
殺気をぶつけているというのに、気にも留めてない。
逆に「ボクね、頼みがあるんだけど」などという提案を受け、エイナルは形の良い柳眉を下げた。
圧倒的な実力差がわかっているのか、いないのか。わけのわからない弱者からの提案。
強者は余裕を持った表情で答えた。
「まさか、殺さないでくれって頼みか?」
「違うよ」
少女の表情には諦めの感情は見えず、それどころか勝機を見いだしたかのように口元が若干緩んでいる。
「ボクってさ召喚師なんだよ。だから、召喚し終えるまで待ってて欲しいの」
「……そういえばスライムを連れているな。そうか、召喚師か……いいぞ。好きな魔物を出せば良い。──俺はその全てを殺してやる!」
銀髪の子供は小躍りしそうな雰囲気で足を踏み鳴らす。
◇
使令秘法。
つまりちょっと変わったボクの召喚魔法は、召喚が最大の攻撃手段ではあるけれど、召喚が最大の弱点でもある。
召喚の手順を説明すると、
まず呼び出すモノをイメージする。
足下からじわりじわりと黒が広がる。
キーワードとしての言葉を唱える。
そうしてようやく黒の中から、呼び出されたモノが這い出てくる。
つまり、召喚には少し時間がかかる。といっても数秒だ。
しかし相手が強敵、あるいは複数であった場合、数秒など待ってくれるはずがない。
(ふふふっ……)
ボクは心の中で悪役のように笑った。もしかすると顔にも出ているかも知れない。
「あ、そうだ。その剣って魔剣だよね?」
「ほう、気づいたか。だが卑怯だ、などと言うなよ?」
「もちろん。ま、そっちも卑怯だ、なんて言うなよ?」
足下の地面が黒く変わり、広がった。
それは宵闇よりも暗く、絶望かのように深い黒の色。それは死の色───。
「ストーンドラゴン、召喚!」
ストーンドラゴンが現れた。
岩の鱗をした巨体が主を守るかのように寄り添う。
「ケイハス、召喚!」
ケイハスが二頭現れた。
屈強なツノブタは主の左右に別れて、今にも敵に突進しようと前足で土を掻いている。
「タイヴァス、召喚!」
タイヴァスが現れた。
青い光沢のある羽が空高く舞い上がる。
「な、なんだと……?」
男の表情が唖然としたものに変わっていく。
「アーメイジャ、召喚!」
アーメイジャが五体現れた。
艶のある甲殻を身にまとう蟻人らは主の周りを囲み、護衛する。
「レンオアム、召喚!」
レンオアムが現れた。
錆色の大蛇は主に敵対する眼前の敵を噛み殺さんと、とぐろを巻いている。
「バジリスク、召喚!」
バジリスクが現れた。
黒き飛竜はそこにいるのが当然かの如く、主の背にマントのようにしがみつくと肩越しに敵を見据える。
「イナガミ──召喚ッ!」
黒の中から純白が浮き出るかのように現れた。
『フォオオオオオオオオオオオオオン!!』
全ての敵をひれ伏させるかのような一声。
それが開戦の烽となった。
暗殺者の男は一直線に進み、レンオアムの噛みつきをかわすと同時に首を刎ねる。
そこに左右のケイハスが突進したが一頭は蹴り飛ばされ、もう一頭は首を刎ねられた。
男に回避の隙を与えず、タイヴァスが上空から降下する。
しかし見えざる刃で両断されると黒い霧となって地面に吸い込まれた。
「──ッ!?」
ハッと前を見ると、目の前のアーメイジャが首を刎ねられている。
暗殺者の剣がこちらに迫った。
だが、それを残りの四体のアーメイジャが己が身を盾にして防ぎ、剣は眼前で止まる。
「なっ!?」
その絶対の忠誠心を前に、男の顔には焦りが見えた。動きが止まる。
刹那にも満たない一瞬を見逃さず、バジリスクが少女の肩に頭を乗せて炎を吐いた。
「──あり得ん!!」
炎もろとも一閃とする上段からの刃の煌めき。
それはまたしても、少女の目の前で止まった。
ストーンドラゴンが身を、文字通り盾にして守ったのだ。
岩の甲殻は深々と傷を負っているが斬撃を防いでいる。
『フォン!』
それはまるで落雷かのような声。
怨敵を噛み砕かんとする一噛み。
男は左腕を盾にして上方からの攻撃を防いだ。
「バケモノめ!!」
噛みつかれている自らの腕を躊躇なく切断すると、男は後方に飛び退く。
どうやったのかはわからないが、出血は止まっていた。
「チッ……なんだそいつらは! 隷属の首輪で強制されているわけでもないのに、なぜ自ら命を捨てる? それになんだ、その白い化け物は……それは、お前のような小娘に使役できるモノではない!!」
「小娘だと? ……失礼な、ボクは男だ! それに、イナガミはボクの大切な仲間だぞ」
イナガミはボクに頭を擦り付けた。
よろめくボクを見て、暗殺者は残された剣を持つ腕で自らの顔を隠す。
「人知を越えたバケモノを人界で使役するお前は! ……本当に人間なのか? このような異質なチカラは──生かしてはおけない。生かしてはおけない生かしてはおけない生かしてはおけないっ!!」
痛みに歯を食い縛る男が呪詛のような言葉を発した時、イナガミの身体から滲み出るように霧が出て、周囲の全てを包み込んだ。
(やっぱり、あの時の霧はイナガミがやってたのか)
などと思いながら、ボクは走った。
召喚しているモノたちの大半が斬り殺されたのだ。守ってくれるものがいなければ、自身で逃げるしかない。
霧に隠れるように走りながら、殺されたモノたちを補充するかのように唱える。
「召喚召喚召喚召喚召喚!!」
死したモノたちが再び戦場に現れた。
一歩先すら見えず、今見えている方向が右か左かもわからない霧の中で、斬ろうと斬ろうと再び現れるモノたち。
暗殺者は次第に傷を負っていく。
「どこだ! どこにいる! どこだぁあああああああ!!」
叫びが白の中から響く。
ボクはタイヴァスに乗り、数百メートル上空から死したモノたちを何度も召喚し続けた。
白でなにも見えないが、上空からでも直下の大地が黒くなるのがわかった。
(なんかなぁ……)
正直、この勝ち方はどうかと思う。
でもあいつはミッコとユッカを傷つけ、傭兵さんたちを殺し、ティエラをも殺そうとする。
許すことは出来ない。
勝ち方なんて選べるほどには、ボクは強くない。
悪役のような戦い方でも、勝ちは勝ちだ。
「召喚召喚召喚──ん?」
下を見ると叫び声が聞こえなくなっていた。使令たちも既に殺されてはいない。
どうやら戦闘が終わったようだ。




